平和な未来へ
結婚式翌日、祭りが始まった。
共和国の記念日となるこの日は、前日の儀式的色合いが強い式典とは異なり、広く庶民が参加する国民的な祭りが行われる。大統領も勇者も主役ではなく、俺たちは特に何の予定も入っていない。
残念ながら近衛隊は治安維持の仕事に駆り出されている。つぐみも大統領としての仕事が復活したため、官邸にこもるようだ。
俺としては一人の市民として存分に祭りを楽しんでいきたい。
今日は乃蒼と一緒だった。
本当は一紗も誘うつもりだったのだが、あいつは寝ていて話にならなかった。もともと朝寝坊なところがある上、昨日の夜の激しい営みも重なり絶賛爆睡中だった。彼女に勇者PTが付いており、後で俺たちと合流するつもりだ。
「にぎやか……だね」
俺の腕にしがみついた乃蒼が、眼前の大通りを見ながらそう呟いた。
今回はパレードで神輿が通るとかそういった催しは存在しない。そのため道を開けておく必要がないため、通路は人でごった返していた。
通路の側、すなわち建物の近くには屋台が乱立し、商魂たくましい人々がものを売っている。
「ここはきっとまだましな方だぞ? 公園なんてきっと足の踏み場がなくなってるはずだ」
ここより先の中央公園では、演劇やら踊りやら歌やらいろいろとやっているらしい。中でも演劇は俺の活躍を主題とした内容らしいので、恥ずかしいから見に行かない予定だ。
ちなみに夜には花火が打ち上げられ、首都の空を彩る予定。
目の前には屋台が並んでいる。さすがにタコ焼きや金魚すくいなんてものはないが、いろいろな食べ物や工芸品が見て取れる。
ここで飲んだり食ったりして楽しもう、そう思っていたのだが……。
「乃蒼、何か食べたいものはあるか? 遠慮しなくていいぞ? 勇者としてもらった金が有り余ってるからな」
「ご、ごめんなさい匠君。私、朝食でお腹いっぱいで」
「…………」
ですよね。
乃蒼は少食だ。それで朝食をしっかり食べているのだから、この返答は予想できた。
そもそも一紗がいないのが悪い! あいつがいればもっといろいろと選択肢が増えるのに、俺一人だとこんなものだ。
次の予定を、と俺は周囲をきょろきょろと見渡した。
「あっ、あれは……」
大通りの隅、柱を背にしながら、座り込んでいるスキンヘッドの大男がいた。
ブリューニング。
つい先日、神輿の上で軽く手を振り合ったばかりだ。まさかこうして都合よく再開できるとは思ってなかった。
「ブリューニングさん、こんなところにいたのか?」
「君か」
座り込んでいたブリューニングは、顔だけをこちらに上げる。
立つとでかくて目立つからな、これぐらいがちょうどいいかもしれない。
「せっかくの祭りだから、少し俺も楽しもうと思ってね。このあたりをうろうろしてた」
ブリューニングは人型魔族だ。その背の高さを除けばそれほど人間と大差ない。
不当な差別を受ける可能性は低いと思う。祭りも十分楽しめるはずだ。
「ブリューニングさん、その腕! どうしたんだ?」
ブリューニングは、片腕がなくなっていた。
「……ああ、例の巨人にやられてな」
ブリューニングは俺たちと巨人が戦う前に、巨人と遭遇している。村人か誰かを守るために奮闘したけど、叶わなかったということか。
俺たちに敵の存在を通報してくれた功労者。彼のおかげで、この祭りが開かれているといっても過言ではない。
「……乃蒼」
「うん」
ここには乃蒼がいる。
ならばするべきことは決まっている。
乃蒼は聖剣ハイルングの力を起動させた。癒しをつかさどるその能力は、対象の回復、再生を行う。
なくなっていたはずのブリューニングの腕は、乃蒼の力によって見事再生した。
「こいつはすごいな、その子の力か?」
「ああ、ゼオンに聖剣にされてな」
「……そうか、それはすまない」
おっと、どうやら文句を言ったように思われてしまったらしい。
「別にブリューニングさんを責めてるつもりはないさ。確かにあいつは俺たちにひどいことをしたけど、この剣のおかげで救われた人間もいる。今更誰かに恨みをぶつけることなんてしない。もう終わったことだ」
「君がそう言うなら……」
さて、このままサヨナラしてもいいんだが……ここは……。
「ブリューニングさん。しばらく俺たちと一緒に周囲を散策しないか? 一紗たちが来るまで時間がある。その暇つぶしをしよう」
「そうだな、君さえよければ」
ブリューニングが頷いた。
かつて敵だった魔族と、こうして祭りを楽しむなんて……。
平和な時代だ。
敵がいなくなったこの世界で、俺たちは生きていく。
今日彼と過ごすことは、平和な未来への象徴なのかもしれない。
「パパー、ママー、あっち! あっち!」
ふと、子供の声がしたので振り向いた。
大通りを歩く男女。その足元には、幼稚園程度の幼い女の子が張り付いている。
「ははっ、止めないか。パパの服が破れちゃうよ」
「おもちゃなら何でも買ってあげるわよ。今日は勇者様の記念日だもの」
嬉しさに満面の笑みを浮かべる子供。
それを慈しむ父と母。
「…………」
俺は、その親子を見ながら思った。
俺にも、あんな時代があったのだろうかと。
この異世界と元の世界は、時間の流れが違う。といってもすでに元の世界では一か月以上経過しているはずで、そうなれば俺は行方不明者扱い。手がかりも何もない、発見は絶望的な存在。
あの人たちが子供のことを大切に思っているように、そして俺が自分の子供たちに夢をはせるように……、俺たちの両親も……俺のことを心配して。
「どうしたんだ?」
ブリューニングの声に、はっとして我に返る。
……無駄なことを考えても仕方ないな。
もう、俺たちが元の世界に帰る術なんてないんだ。それにあれだけこの世界で暮らすって言ってたじゃないか? 自分に子供ができたから心変わりするのか?
気の迷いは、忘れてしまおう。
「何でもないさ、次はどこに行く?」
「大通りの先に面白い見世物があった。珍しい動物を使って芸をするらしい。それを見に行かないか?」
「面白そうだな、案内してくれ」
暗くよどんだ霧を晴らすように、俺たちは光の照る大通りを駆けだしたのだった。




