国王の協力
戦闘後、すぐに復興作業が始まった。
時々休憩を挟みながら、俺はがれきの処理をしつつ生存者の確認をしていた。聖剣使いや大魔法の使えるものは、こういった作業によく向いている。
つぐみは復興の指揮を取っている。俺がこの地区に配属されたのも、彼女の采配あってのことだ。大統領というだけあって、よくこの地区の構造を把握している。彼女に任せておけば間違いはないはずだ。
「よく……これだけの被害で済んだな」
俺は思わずそう呟いていた。
一部の防壁は破壊されてしまったが、都市の内部にそれほど被害は及んでいない。一部東側の無人地帯に巨人が吹き飛ばした氷や土の塊が飛んできて、建物が破壊されている程度だ。
俺はがれきを撤去しながら生存者を探しているが、今まで誰にも遭遇していない。それは避難がよく行われた結果だと思う。
まあ、まだ油断はできないが。
引き続き聖剣の力を行使しようとしていた俺だったが、ふと、背後から歩いてくる人間の気配に気が付いた。
「ゆ、勇者殿」
「アウグスティン陛下?」
マルクト王国国王、アウグスティン八世。
咲とともにこの地にとどまっているとは聞いていたが……。
「何か御用ですか、陛下?」
「……ゆ、勇者殿、余にも、何か……手伝えることはないだろうか?」
たどたどしい口調ではあるが、しかしはっきりとそう俺に告げてきた陛下。どうやら俺たちを手伝いに来てくれたらしい。
「……幸いにも被害は軽微でした。俺たちの力で何とかなりそうですので、陛下は城の迎賓館でくつろいでてください」
彼は客としてこの地にやってきた重鎮だ。このような労働にわざわざ携わる必然性は……ない。
「あ……あの巨人は元グラウス王国王族、フェリクス公爵だったと聞いている。元はといえば余の国で捕えていた囚人だ。余のこと、あるいは咲のことを恨んでいたはず。きっとこの先、いつか余の国が襲われていたに違いない」
「…………」
確かに、それはもっともな推論だった。奴は俺と同じぐらい、咲や国王のことを恨んでいるかもしれない。
俺は間接的にマルクト王国を助けたってことか。
もっとも、国家レベルでいえば公爵もまたこのグラウス共和国から出た錆。それを捕らえていてくれたマルクト王国は完全に被害者であり、国王が責任を感じる必要は全くないと思うのだが……。
「陛下は仕方ないわねぇ」
「咲か?」
フォーマルな(エロくない)ドレスを身に着けた咲がやってきた。周囲には兵士数人を引き連れている。
「下条君、この人に何か適当に仕事を与えてくれないかしら? わたくしが許すわ」
「み、皆が助け合っているのに、余だけが客人扱いされて休んでいるわけにはいかない。勇者殿、どっ……どうか自分の部下だと思って、余に仕事を与えてほしい」
「陛下……」
俺は感動してしまった。
なんていい人なんだ。どこかの教皇とは大違いの、心優しい君主。グラウスや神聖国のトップがこうだったなら、俺もかなり楽ができたはずなんだが……。
「余は勇者殿のように心優しい王になりたいのだ。あの日、咲を救ってくれたように……」
「わかりました、陛下。それでは……」
一応、俺はつぐみにこのあたりの兵士の指揮を任されている。その仕事の一部を国王に分け与えることは可能だ。
とはいえ……適性があるからなぁ。
力仕事……はできないだろうな。あまり筋肉がありそうには見えない。喋るのも苦手そうだから……ここは……。
「じゃああちらの兵士と一緒に遺失物の整理をしてもらえますか? 建物の中から出てきたものを、書類にまとめる作業です」
人命関係なく大して重要でもない仕事だけど、安全で簡単な内容のはず……。
やる気をなくすかも、と心配したが、国王は喜々として兵士たちの輪に入っていった。最初の説明を受ければ、あとは決められた区画のものを書き写すだけの単調な作業だ。
「うーん、これでよかったのか咲? 一国の国王にあんな仕事を押し付けて、申し訳ないと思うんだが……」
「わがままな陛下が悪いのよ。あの人は善人だから。こういうときに何かしていないと気が済まないのよ。全く役たたずでもねぇ」
ず、随分冷たい言い方をするな咲は。
「護衛の兵士たちも何人か手伝わせるわ」
「助かる」
咲は近くの控えていた兵士たちに声をかけ、そのうちの何人かを陛下のもとへ向かわせた。
都市内部の復興にはそれほど時間がかからないだろうな。
あとは、防壁か。
俺は遠くの防壁に目線を写した。
巨人の足は電気によって退けたが、その後の近接戦中何度か周辺に岩や木の塊が散ってしまった。その多くは防壁に当たり、表面がぼろぼろになっている。
「〈解放〉、聖剣フェルスっ!」
一紗の凛々しい声が、城壁の上から響いた。
魔法使いは地属性の魔法を使って防壁を修復。他、聖剣使いも土系の聖剣を使って同様のことをしている。
正直なところ強度に問題が出るのだが、そこは後日予算を裂いて本物に作り替える予定だから今は応急処置。
「うおおおおおおおおおっ!」
ところどころ無駄に飛び出てしまった岩は、エリナが聖剣を使って削っている。めっちゃすごい勢いだが、やり過ぎないように指導役の一紗が手綱を握ってほしい。
「待ってエリナっ! やめて! 元の防壁まで削ってるっ! ちょっと、バカ! 止めなさいっ!」
…………。
うーん、一紗。苦労しているな。そのまま頑張ってくれ。
俺は心の中で一紗を応援した。
「匠、問題は起きてないか?」
横から声をかけてきたのはつぐみだった。復興の指揮を執る彼女だから、進捗状況を確認しに来たのかもしれない。
「事前に避難が終わってたからな、今のところけが人は見つかってない。建物も全壊とかじゃなくて一部分が壊れてたり半壊してるレベルのものが多いから、大きな問題はないと思う」
「そうか、それはよかった」
「結婚式はどうするんだ?」
この状況だからやめるのか、それとも国民を元気づけるために行うのか。判断が難しいところだ。
国家レベルの話になってしまっている以上、俺の一存だけで決められることではない。
「戦勝記念を兼ねて盛大に行うつもりだ。一週間後か二週間後か……。都合の合わない来賓の方は何人か帰ってしまうかもしれないが……」
「盛大にか……、つつましくがいいんだけどな、俺」
「国民を元気づけるつもりで、勇者として協力してもらいたい。もちろん私たちの晴れ舞台にも協力してほしいが」
「わかってるって。今更逃げたりしないさ」
ここまできたら、やるしかないよな。
復興、と呼べるほどの作業もなく、がれきの撤去や城壁の応急処置は四日程度で完了した。
家をなくしたものはそれほど多くなかったが、それでも多少は出てしまった。彼らには母国の都合で帰ってしまった来賓たちの迎賓館が仮住まいとして与えられた。
一週間後、俺たちの合同結婚式兼戦勝記念祭りが開かれることとなった。




