ベーゼの介入
俺たちは巨人に追いついた。
一度は、あきらめてしまっていた。もう無理だと、被害は回避できないと絶望していた。
でも防壁は破壊されなかった。つぐみは生きている。俺たちにとってそれだけで十分だった。
俺は巨人に剣を突き立てた。
一紗はグリューエンを駆使して巨人の腕を焼く。
エリナは巨人の背中を駆けあがり、剣で深い傷を負わせた。
雫は矢を射て、立ち上がろうとする巨人の足を定期的に破壊する。
そして――
「嘆きの凍獄っ!」
りんごは嘆きの凍獄を放つ。
今度は壁を作るためではない。一度越されてしまったものをまた作っても無駄だ。
かといって巨人に攻撃を加えるには、この魔法は弱すぎる。聖剣に及ばないその力では、せいぜい小さな傷をつける程度にとどまってしまうだろう。
りんごとその配下の魔法使いは、壁を作るときと同様に魔法を放った。すなわち木・土、岩などを出現させ、それを氷魔法で凍らせる方法である。
ただし生み出したのは敵の進行を防ぐための壁ではない。巨人が乗り越えてしまったそれを再び生み出しても無意味だ。
手首、足首、首元、指、胴体。巨人のあらゆる部位に張り付けたそれは、重りとなって巨人の体を拘束する。
足蹴りで氷の塊を破壊することは容易い。
あるいは氷の壁を飛び越えることもできなくもない。
だが、体にまとわりついた塊を振り払うことは難しい。俺たちの邪魔があるのだからなおさらだ。
「グオオオオオォォオオっ!」
巨人は暴れた、大いに暴れた。時々氷の重りが千切れるが、すぐにりんごたちが修復する。
この作業感は壁を生み出した時とあまり変わらない。要はフェリクス公爵を都市に侵入させなければいいわけだ。
都市までの距離はおおよそ400メートル。おそらくこの巨人が地面に倒れこんだだけで甚大な被害が出てしまうだろう。
まあ、倒れこんだらこちらの勝機であることは間違いない。二度と起き上がれないように、ボコボコにしてやるチャンスでもあるのだから。
避難が完了していることを信じたい。
幸いなことに巨人はつぐみ以外に目もくれない。というか奴の視点から見れば、俺たちの体など蟻以下だ。旗でも振ってなければ、目に留まることなどない。
俺たちはあらゆるタイプの攻撃を加えた。心なしか、巨人の抵抗が弱まっているように感じる。
これは……いけるのか?
ついにこいつのHP削りきって、倒せる領域までやってきたのか?
そんな希望を抱いていた俺のもとに、奇妙な声が聞こえてきた。
〝……相棒、頭に血が上ってんな〟
その声は忘れもしない。小鳥を苦しめ、俺たちを挑発した男……。
〝……少し俺様に代われや〟
「……ベーゼ」
魔剣ベーゼ。
巨人の源であり、フェリクス公爵に力を貸した悪しき魔剣。これまでずっと公爵の思うがままに行動させていたようだが、劣勢を察して介入してきたということか。
フェリクス公爵はしたたかに謀略を練る。しかし今の彼はそういった合理的な判断力を失い、恨みと暴力にその身をゆだねているように見える。まさしくベーゼの言う通り、『頭に血が上っている』状態だ。
こいつが冷静かつ残虐なベーゼに主導権を譲ったらどうなる? ろくなことにはならないはずだ。
「――〈白炎〉っ!」
俺は必殺の〈白炎〉を放った。こいつはかつてミゲルという高位の魔族を倒すためにヴァイスが与えてくれた技だ。
巨人は白い炎に包まれたが、すぐに体中の黒い霧を放出してその力を振り払った。全くの無傷だ。
「……よぅ」
「……っ!」
遅かったか。
口を開いた巨人の声は、これまでとは違いとても明瞭だった。
魔剣ベーゼの声。
これは俺が〈同調者〉としての力を使って聞いている言葉ではない。巨人の口から、ベーゼが声を発しているのだ。
「久しぶりだな、魔剣ベーゼ。まさかフェリクス公爵と一緒になってるとは思わなかったぞ」
偶然にも巨人の頭近くを飛んでいた俺は、奴の耳元に向かってそう叫んだ。
「おうよ……。俺様が見つけた最高の主だぜ」
こんな会話だけで、終わるはずがない。
ベーゼは何を始めるつもりだ?
「んじゃ、俺様流にやらせてもらうぜ。悪く思うなよ、勇者ども」
そう言って、巨人はその手を広げた。
その先には……小鳥。
「あ……」
翼を使い宙に浮いていた小鳥が、目を見開いた。借り物の聖剣が手から離れ、地面へと落ちていく。
「ああああああああああああああああああああああああああああぁああああああああああああああああぁあああああああああああああぁぁああああ」
小鳥は頭を抱えながら、叫び声をあげた。
「……小鳥っ!」
なんだ、何が起こった?
ま……まさか……。
「ヒッャハハハハハハッ! これだけ近けりゃ剣持ってる状態と大して変わらねーよ。おらおら、勇者ども早くその女を押さえつけねーと、またこの間みてぇに暴れだすぜっ!」
恐れていたことが起きてしまった。
すでに小鳥の周りには黒い霧が発生している。そう、彼女はまた戻ってしまったのだ。魔剣に操られていた……あの頃に。
「小鳥っ!」
俺は小鳥を抱きしめた。一紗も雫も彼女にしがみつく。しかし奇声を上げながら暴れまわる彼女は、一向に元に戻る気配はない。
こうなるかもしれないとは思っていた。でも、それでも絶体絶命のこの状況を切り開けるならと……賭けに出たんだ。
俺たちは賭けに負けたのだ。
「小鳥ぃっ! 頼む、元に戻ってくれっ!」
〝こいつや女どもは後回しだ、相棒。あのクソ大統領への復讐が一番だろうが。さっさとあの防壁を叩き潰すぞ〟
「…………」
こくり、と無言のまま頷く巨人。どうやらフェリクス公爵が返答したらしいが、先ほどまでの叫び声をあげていた姿とは全く違う。
魔剣ベーゼの介入を経て、冷静さを取り戻してしまったのか? だとしたらさらにまずい状況だ。
目の前の小鳥、その先の巨人フェリクス、そして彼に力を与えるベーゼ。
一難去ってまた一難。心臓がいくつあっても足りない……。




