巨人の正体
突如苦しみだした小鳥。
彼女が告げたのは、あの巨人がベーゼであるという事実。
ベーゼ。
俺たちを、そして何より小鳥を苦しめた呪いの魔剣。今はレグルス迷宮のどこかの部屋に放置され、そこには誰も入らないよう冒険者を見張りとして配置していたはずだが……。
「小鳥っ!」
まさか、小鳥は……戻ろうとしているのか?
かつてベーゼに操られていた彼女に。
巨人が近づいてきたことによる影響?
「小鳥、大丈夫か? 自分をしっかり持て!」
俺は思わず小鳥を抱きしめた。うずくまる彼女はあまりに弱々しく、そのまま消えてしまいそうに思えたからだ。
「小鳥、あたしよあたし。わかる? 一紗よ」
「小鳥! 私だ! 雫だ! もうどこにもいかないでくれ」
「ことりぃ、お願い」
一紗、雫、りんごも同様に小鳥へと駆け寄る。友人である彼女たちもまた、俺と同じように小鳥の身を案じているのだ。
そして、そんな俺たちの声援を受けた小鳥は……。
「う……うん、みんな、大丈夫だよぉ」
「小鳥? 本当に大丈夫か? 強がらなくてもいいんだぞ」
「気持ち、悪いけど、意識がなくなるとか、体を乗っ取られるとか、そういうのじゃないと思うのぉ。だから、大丈夫」
「小鳥……」
「匠君ともうすぐ結婚で幸せいっぱいなんだもん。こんなところで負けられないし、負けたくもないよぉ」
苦しそうな様子に肝を冷やしたが、どうやら少し気持ち悪いだけだったらしい。少なくともベーゼに乗っ取られていた時のような兆候は見られない。
よくよく考えればベーゼには今、新たな犠牲者である宿主がいるのだ。あの魔剣が二人の人間を同時に操った記録は残っていないから、その点に関しては心配する必要はなかったのかもしれない。小鳥の気分がすぐれないことは……若干不安ではあるが。
ともかく、小鳥のおかげで重要な事実が分かった。
「……どうやら狙われてるのは俺みたいだな。あの呪いの魔剣に一番恨まれてるのは……間違いなく俺だと思う」
「あたしだって一緒に戦ったのよ? 恨まれるなら同じじゃないとおかしいわ」
と、一紗が反論する。確かにあの時、一紗も一緒に戦っていたが……。
「俺には〈同調者〉としての能力がある。聖剣・魔剣の声を聴ける力。あいつと会話して、あいつを倒したのは俺だ。一番に恨んでいるのは……俺だと思う」
小鳥から分離する少し前、悔しそうに嘆いていたベーゼの声を思い出す。下手をすればあの部屋で何十何百年も封印されてしまうかもしれなかったのだ。その恐怖は……並大抵のものではなかったと思う。
小鳥も恨まれている可能性があるが、どちらにしろ結果は変わりない。奴はここに来るのだ。俺たちに恨みを晴らす……そのために。
魔剣ベーゼの話をしていて思い出した。
あの魔剣のことは聖剣ヴァイスに聞くのが一番だ。
俺は聖剣ゲミュートの能力を発動させる。かつて聖剣ヴァイスが俺のために残した、感情を高ぶらせ聖剣と会話をするための剣だ。
「聞こえるかヴァイス? こっちに迫ってる巨人がベーゼって聞いたんだが、間違いないか? 何かわかることはあるか?」
〝私の弟――テオはこちらに迫っています。あの巨人はおそらく……新たな宿主とともにあるベーゼそのものです〟
そういえばベーゼは言ってたな。小鳥とは相性が悪いって。
他人の体を操っておいて相性が悪いとか悪くないとか、なんて傲慢な奴だ! ……なんて思っていたけど、こうして格の違いを目の当たりにすると、悪態つきたくなるベーゼの気持ちも分からなくもない。
「ベーゼが相性のいい主を見つけたってのは分かった。でもなんて巨人になってるんだ? 宿主が巨人だったってことか? それとも巨人に化ける必殺技でもあるのか?」
〝高度な技です。おそらくは……〈真解〉を使ったのではないかと〟
「〈真解〉?」
意外な単語に、俺は思わずそう聞き返してしまった。
「〈真解〉って聖剣の生命力と引き換えに力を引き出す奥義だろ? 下手をすれば死ぬかもしれないけど、周りにものすごい勢いで風とか光とかを発生させる技。効果は一瞬じゃなかったのか? なんであいつは巨人になったんだ?」
〝それは私にも分かりかねます。私が剣になって以降、あの子に一体何が起こったのか……〟
「…………」
ヴァイスでも詳しいところは分からないか。
まあ、どちらにしてもあれはベーゼの特別な必殺技という理解でいいのだろう。相性抜群の主と、心を一つにして命賭けの勝負に出たわけか。
馬鹿な奴だ。死んでも俺たちを殺したいのか?
「……ありがとう。明後日は戦いになると思うから、またいつもみたいに協力してくれ」
〝私はあなたの剣。そしてテオは私が倒すべき敵。あなたが私を使うのです。頼む必要などありません……〟
とりあえず、確認は取れた。
俺は剣と話すのをやめて、周囲のクラスメイトたちに向き直る。
「今、ヴァイスと話が終わったところだ。あの剣はベーゼで、〈真解〉を使って宿主とともに巨人になったらしい」
ヴァイスの声は〈同調者〉である俺にしか聞こえないが、俺の声は独り言のように周りに聞こえていたはずだ。いちいち説明しなおす必要なんてないかもしれないが、念のため情報を開示しておく。
「やはり戦うしかないということか?」
不安げなつぐみ。無理もない。このままいけば、この都市そのものが決戦の地になってしまうのだから。
「このままじゃあこの都市が蹂躙される。防壁の前で俺たちが迎え撃つしかないと思う……」
「そうか、可能な限り武器は用意しよう」
頷くつぐみ。
「防壁については僕が少しだけ改良してある。使うことにならなければいいが……」
不安げな鈴菜。
「戦だ! 戦だ! 正義の戦いだ!」
はしゃぐエリナ。
そして戦闘員、非戦闘員問わず決意を表明していく。
逃げ場などない。
俺たちは戦わなければならない。
戦って、勝って、平和を勝ち取って……そして今度こそ、結婚式を挙げるんだ。みんなに祝福してもらうんだ。




