ダグラスとの再会
勇者の屋敷、庭にて。
「…………」
俺は口をあんぐりと開けて、目の前の『ソレ』を眺めていた。
神輿だ。
車輪付き、白馬数頭によって引かれるそれは三階建ての構造をしている。一階部分は上を支えるための平べったい土台、二、三階は中央部分に小さな城のような構造物が設計されており、上方部は柵に囲まれて人が立てるようになっている。
二階部分の壁には様々な宝石、貴金属がちりばめられている。この神輿を売っただけで勇者の屋敷丸ごと買えてしまいそうなほど、豪華だった。
壁の部分に掘られた剣のような彫刻は、聖剣ヴァイスと魔剣グリューエンだろうか? 俺っぽい人間が剣を掲げている姿や、この国の国旗、地に伏せる王と金色の男は……魔王? 俺たちのこれまでの活躍が壁画風に描かれているのだろうか?
合同結婚式の大まかな予定は、結婚式・披露宴・二次会・その後の祭り。最初の結婚式が始まる前に、ここから神輿に乗って官邸までの道のりを進んでいく。
要するに国民への晒しものだ。
で……でかい。そして豪華すぎる……。
勘弁してくれよ。何かの拍子にぶっ壊したら一生のもののトラウマになりそうだ。
「当日はグラウス共和国、アスキス神聖国、マルクト王国の国旗を掲げて進める予定だ。三国の平和と繁栄、そして各国を救った勇者に対する感謝を表している」
と、一緒に神輿を出迎えたつぐみが補足してくれる。
……もうどうにでもなれよ。
「屋敷と、それから官邸で記念写真を撮る予定だ」
「写真? 写真なんてあるのか?」
この異世界に似合わない単語を聞いて、俺は思わず聞き返してしまった。
「鈴菜が大学で作り出したものだ。現代のデジタルカメラやカラーフィルムには遠く及ばないが、モノクロでも線ははっきりしている」
へぇ、鈴菜が。
なんかこうものすごい魔法と機械をハイブリッドした超技術で写真を写せます、というのを期待したが拍子抜けだ。い、いや……その技術自体はとても素晴らしいものなんだが。
俺なんて写真がどうして写真になってるか知らないからな。紙に光を焼き付けてるのは何となくわかるが、日焼けみたいなもので繊細な映像を映し出すなんて……理解不能。鈴菜がここまでやってのけたということは、もちろん写真の仕組みを正しく理解してのことなんだと思う。この調子だと、いずれ現代日本に劣らないレベルのものを完成させそうな気もする。
「……元宮廷画家たちも何人か用意している。この祭りは彼らによって絵画として残され、後世まで称えられることとなるだろう」
「…………」
そ、そんなに称えなくてもいいですから。
「希望者にはウェディングドレスで肖像画を残してもらおう。後日屋敷で描くもよし、写真を参考に着色するもよし」
「当日はこの屋敷でウェディングドレスを着るのか?」
「そういう段取りになるな」
当然のことだが日程はつぐみに丸投げしてる。彼女のスケジュールに隙は無いと思う……。
いや、当事者としては隙だらけ自由時間だらけの日程を組んでほしいのだが……。希望するだけ無駄だろう。
「当日はヘアセット、メイク、着付け、それぞれこの屋敷と官邸に待機してもらっている。広い屋敷だから問題ないとは思うが、多少窮屈になってしまうかもしれない」
「それはまた……大所帯だな。食事や寝床は大丈夫なのか?」
「前日、当日の食事は使用人たちに作らせることにする。いつも料理を作っている乃蒼には休んでもらうつもりだから、匠から伝えてほしい」
まあ、そこまで乃蒼を働かせるわけにはいかないもんな。当日のために英気を養ってほしい。
「寝床に関しては何も問題ない。もともとこの屋敷は首都に近いから、準備の前日と本番当日だけこの屋敷に――」
言葉が止まった。
「……どうした? つぐみ」
突然会話をやめて、ぼんやりと空の上を眺め始めたつぐみ。
何事かと思い俺も視線を雲へと移す。
森の上を駆ける、大きなコウモリの姿が見えた。いや……あれは……。
「ダグラスさん」
魔族、ダグラス。
かつて悪魔王イグナートの配下として俺たちと戦い、そして和解した魔族。この度の結婚式では魔族代表として祝辞を送り、俺たちと魔族の友好を演出する予定。
今はダークストン州の復興に全力を注いでいるらしい。あまり詳しいことは聞いていないが、荒れ地同然の現地で随分よく働いているようだ。農業、商業、観光あらゆる側面で協力する彼の姿は、まるで都市を宣伝するPR大使。
ちなみに同じ和解魔族のブリューニングも呼びたかったのだが、それは叶わなかった。彼はアスキス神聖国の各地で復興に携わっている。ダークストン州で確実に連絡を取れるダグラスさんとは違って消息不明なのだ。
皮膜で覆われた翼をはためかせ、ダグラスが地面に降り立った。黒い執事服を身に着けた彼の姿は、遠くからでは黒いコウモリにしか見えない。
「久しぶりだなダグラスさん。元気にしてたか? 急に結婚だなんて話で呼び出して申し訳ないけど、祭りもあるからゆっくり楽しんで――」
「……二人とも、落ち着いて聞いてください」
と、ダグラスが言った。
結婚を祝う、といった感じの声色ではない。まるで何かを恐れるような、戸惑っているような……そんな微妙な表情だった。
俺は頭から冷や水を浴びせられたよう驚いた。結婚、祭りで緊張したり浮かれたり、そんな気持ちが一気に吹き飛んでしまったのだ。
「ど、どうしたんだダグラスさん。俺たちの結婚式を祝いに来たんじゃないのか? 何があった?」
俺の問いかけに、彼は少しだけ体を震わせながら……しかし務めて冷静に口を開いた。
「……北から恐ろしい巨人が迫っています。今すぐこの都市を放棄して逃げてください!」
は?
巨……人?
俺はこの日、初めてその脅威を知った。




