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処刑式


 処刑が始まった。

 あの新しいブレスレットの式典があった時と同じ広場に、多くの人が集まっていた。

 警備をする兵士たち。

 処刑を決定したつぐみ。

 そして罰を受ける鈴菜。

 周囲には観衆の一般市民、元暴徒たち、そして俺がいる。この人数、もはやこれは見世物といっても過言ではないと思う。


 正直、いろいろな事が立て続けに起き過ぎて、俺は頭も体もついてきていなかった。あれほど乃蒼に会うことを楽しみにしていたのに、ついさっき5分程度話をしただけだ。それ以上のことは全くしていない。

 乃蒼にはこんな残酷な処刑を見せられるわけがないから、今日ここに彼女は来ていなかった。


「お集りの皆様」


 凛とした少女の声が周囲に響く。

 グラウス共和国大統領、赤岩つぐみ。

 マントと軍服っぽい黄色い紐で固めた身なりは、見る者を圧迫する効果がある。彼女の声色と相まって、その場に誰もが声を静めた。


「このたび我が国で起こった、〈プロモーター〉爆発事件。国家を揺るがす事件であり、多くの被害者を出してしまった。これは許されざる事故である。責任者の罪は故意でなくとも重いっ!」


 声を荒げるつぐみ。

 あまりいい気分じゃないはずなのに、よくこんなに自分を隠し通すことができるものだ。

 上に立つ人間ってのは、大変だな。

 

「我々は裁判を行い、以下の決定を下した。〈プロモーター〉作成の最高指導者である大丸鈴菜には、責任を取るため……もう片方の手首を切ってもらうっ!」


 歓声が上がった。

 元暴徒たちだ。

 まるで親の仇でも打ったかのように、声を荒げて喜びを示している。


 ああ……人は、何て醜いんだ。

 手首切られるんだぞ? 痛いし、苦しいし、何よりもう手が使えなくなるんだ。それを何よりも分かっているのは、同じように手首を失った被害者であるはずなのに……どうしてそこまで興奮できるのか?


「そして被害にあった皆様方には、細やかながら朗報がある」


 つぐみの演説は続く。

 

「厚生大臣の指揮下で、『被害者特別委員会』を新設する。この事故により手首を失った方々に、仕事の斡旋と必要な給付金を支給する。そして――」


 つぐみは例の体を再生させる薬瓶を取り出し、台の上に置いた。


「これはレグルス迷宮で、勇者一紗や匠が手に入れたものだ。使用回数は残り一回、体を再生させる魔具だ。事故にあわれた皆様方、どうか希望を失わないでいただきたい。この世界には夢があるっ! そしてさらなる迷宮の探索は、これ以上の成果をもたらしてくれる可能性もあるっ!」


 一個を取り合い暴動が起こるかと思ったが、意外にもそうはならなかった。

 警備の兵士。

 被害者の金銭保証。

 魔具への希望を提示。

 そしてそれを言い放ったつぐみの演説が、絶妙な混乱と希望を被害者たちに与えた。説得された、と言い換えてもいい。


 つまり、この賞罰大会は大成功だったということだ……。


「今後は国の支援と彼らの努力によって、さらなる被害者回復の道しるべを示したいっ」


 拍手が沸き起こった。

 つぐみはこういうことが上手いな。


 仲直りする前だったら、『保身のためになんてこと言うんだ!』なんて怒ってしまったかもしれない。

 でも俺はこの演説内容を知っている。これは本人の鈴菜も納得したことで、彼女の身を守るためでもある。

 俺には、何も言うことができなかった。


「それではこれより、罪人――大丸鈴菜の処刑を執り行うっ!」

 

 つぐみの声とともに、正面の壇上に一人の少女が歩いてきた。制服の上に白衣を身に着けた美人。

 鈴菜だ。

 あまり手入れの行き届いていない黒い髪は、彼女の目を完全に覆っており暗い雰囲気を醸し出している。

 そして彼女は今、その細い首を首輪によって繋がれている。近くにいる屈強な男がその鎖を持ち、彼女が逃げないようにしているらしい。

 その姿は……まるで重罪人。


 だが、これは予定調和の流れ。

 

 そもそもこの見せしめは、鈴菜を罪人に見立てて執り行われる懲罰だ。彼女が惨めな扱いを受ければ受けるほど、被害にあった人たちの溜飲が下がる。

 そう、鈴菜から話を聞いていた。

 これは贖罪。

 鈴菜の身を守り、ひいては裏で糸を引くフェリクス公爵の姦計をくじくための……儀式なんだ。


 鈴菜が中央の台に座った。


 近くにいた屈強な一人の男は、備え付けられていた巨大な斧を掴み取った。どうやらこいつで、鈴菜の手首を切断するらしい。

 それはまるで、首を斬る処刑人のように。


「…………」


 やばい。

 なんなんだよこれ、どうしてこんなことになってるんだ? 鈴菜もつぐみも、悪趣味すぎるぞ。これじゃあホントに極悪人の処刑みたいじゃないか。

 

 俺は目を逸らしてしまいたかった。整えられた舞台がどんなものであれ、これから鈴菜の手首は切られてしまうのだ。

 麻酔とか用意してるのか? いや、この世界にそんなものがあるなんて話は聞いたことない。じゃあ痛いけど我慢するってことか? 水魔法で凍らせて……ああ、でもそんなことしてないよな。


 ぐるぐると頭の中でそんなことを考えていた俺は、ふと、鈴菜と目が合ってしまった。


 鈴菜は、笑っていた。

 目に涙を浮かべながら。


「……っ!」


 その涙を見て、俺は……。

 何かが……頭の中で弾けた。


 俺は、何をやってたんだ?

 つぐみや鈴菜と話をして、悪い意味で『説得』されてしまっていたのかもしれない。頭のいい奴等だ、きっと俺がこんな・・・ことをするかもしれないって気が付いてのたんだろうな。


 悪いなつぐみ、鈴菜。

 間違っているのはお前たちじゃない。あとで俺のことを……裁判にかけてくれてもいい。


 ――俺は間違えるっ!


「待ちなさい」


 一紗?


 今、まさに飛び跳ねるように駆け出そうとした俺を引き留めたのは、いつの間にか俺の後ろにいた一紗だった。俺の胸に、彼女の剣が当たっている。


「邪魔するのか? 俺はやるぞ……」

「あたしも行くわ」


 そう言って、一紗は駆け出そうとした……。

 が、すぐに息を上げ片膝をつく。


「無茶するな、病み上がりなんだろ? 俺に任せてろ」

「……、くやしいけど、そうするしかないみたいね」


 一紗は突然俺の胸元に当てていた剣を手放した。


 白い剣。聖剣ヴァイスだ。

 

「あたしだって、鈴菜いなかったら勇者やれてないし、感謝してるのよ。考えることは一緒。いけないなら……手伝わせて」

「一紗……」


 本当は自分が行きたいはずだ。

 だが、五体満足でない彼女が突っ込んでいってもどうなるか分からない。

 それに……この役は一紗よりも俺の方がふさわしい。


「気に入らない時は暴れてきなさい。あたしがウォーなんとか公爵蹴り飛ばしたみたいにね」

「たまには後先考えず突っ走るのもいいかもな……」


 俺は聖剣ヴァイスを掴み取った。まだ解放していないにも関わらず、身震いするような威圧を感じる。


「感謝する、これが終わったら鍋パーティーだ」

「ケーキも忘れずにね?」

「……行ってくる」


 俺は駆け出した。


 観衆たちのわき目を縫うように、端の通路へ。


「――解放リリース、聖剣ヴァイス」


 これが、聖剣ヴァイスか。


 隣で一紗の攻撃を見ている時とは違う、明らかな高揚感が俺を満たしていった。

 ふと、俺の目の前に少女が現れた。

 白い着物を着た、半透明の女の子だ。


〝よろしくね〟


 高位の聖剣・魔剣はその身に魂を宿す……と話を聞いたことがある。この白い聖女が聖剣ヴァイス自身ということか。

 いろいろ話をしたいところだが、今は時間がない。


「頼むぞ」

〝任せて〟

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 すべての人々が、声を張り上げる俺の方を向いた。執行人や鈴菜も、驚きのあまり固まっている。

 その、チャンス……。


「――〈白刃〉っ!」


 白い刃が、処刑人の斧を弾き飛ばした。


10/7一紗が行きたくても行けないような感じに修正。

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