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クラスの女子全員+俺だけの異世界召喚  作者: うなぎ
魔剣ベーゼ編

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復讐者


 元貴族、フェリクス公爵。

 呪いの魔剣、ベーゼ。

 

 かつて下条匠を苦しめ、そして倒された者同士が、レグルス迷宮で出会った。


「ふっ……」


 フェリクスは笑った。


「声が聞こえたので来てみれば、呪いの魔剣とは。私を取り込み新たな主とするつもりだったのかね? その手には乗らないさ」 


 フェリクスは魔剣ベーゼを知っている。

 かつて彼がまた王国にいたころ、下条匠経由で話だけは聞いていた。行方不明の異世界人など本音をいうとどうでもよかったが、彼の信頼度を稼ぐため親身になって動き回った。

 だからフェリクス公爵は知っている。呪いの魔剣であるベーゼの形状、そしてその災禍に見舞われた者の末路を……。


「人の理性を奪い、殺戮と暴虐に走らせる悪しき魔剣。ここに封印されているというなら、それが最も相応しい。誰にも触れず、誰にも触られず、ここで朽ち果てるがいい……」


 フェリクス公爵は踵を返し、この場を立ち去ろうとした。呪いの魔剣に用事などないのだ。むしろ何かの拍子に触れてしまっては危険だ。


〝……いいのかよぉ、ヒゲのおっさん〟


 ぴたり、とフェリクスは歩みを止めた。


「……何の話かね?」

〝チャンスを逃していいのかよ?〟

 

 フェリクスは首を傾げた。訳が分からない。何をもってチャンスというのか、ベーゼとの出会いに何の利点があるのか、全く心当たりがなかったのだ。


〝追われてんだろ?〟

「追われている? 私が? なぜそう考えたのかね?」

〝ここを見張ってた奴ら、ぶっ殺したんだろ?〟


 どうやら、扉の先でのひと悶着はこの部屋にも聞こえていたらしい。


〝まっとうな人間は人殺しなんてしねーよ。あの男たちに恨みがあったか、もしくはここにいることを知られたくなかった逃亡者か。ま、どちらにしろ褒められた理由じゃねーだろ?〟

「…………」


 フェリクスはひげを撫でながらその場に立ちすくんだ。かつてカイゼル髭として丁寧に整えられていた公爵の髭も、今となっては浮浪者のようにぼさぼさだ。正体を隠すためにはある程度有効だったかもしれないが、先ほど殺した男たちの反応を見る限りまだ十分ではないように思える。


「……確かに貴様の予想通り、私は追われる身だ。しかしそれがどうしたというのかね? 悪人同士で仲良くしようとでも? そんな義務がどこにある? 私は貴様の主となることにメリットを感じない。あきらめたまえ、口車には乗らない」

〝俺様なら、おっさんの恨んでる人間を殺せるぜ〟

「なんだと?」

〝追い詰められてこんなところに逃げ込んだ犯罪者だ。恨んでる人間の一人や二人、いんだろ? 俺様の力で、そいつをぶっ殺してやるよ〟


 瞬間、フェリクスの脳裏に様々な人物がよぎった。


 かつてその無能さから彼を散々苦しめた国王。

 己の欲望を優先させ、公爵の言葉を全く聞かない貴族たち。

 逃亡の窮地に至るきっかけを作ったヨーラン将軍。

 手のひらを反して軟禁・投獄を進めた阿澄咲。

 公爵を出し抜き知事として貴族たちの生殺与奪を掌握した時任春樹。

 共和国転覆計画をことごとく台無しにした下条匠。


 そして何より、そもそもの元凶であるあの女……。


「馬鹿も大概にしたまえ」


 フェリクス公爵は首を振って考えを吹き飛ばした。相手は悪しき魔剣、冷静さを欠いては騙されてしまうかもしれない。


「ここでこうして閉じ込められている魔剣に言われても、説得力が皆無だと言わざるを得ない。さしずめ誰かに……おそらくは下条匠に負けたということではないのかね? ならば私が貴様を手にしても全くの無駄だ。どうせまたあの勇者たちが駆けつけて殺される」

〝ヒャハハハハハハハハハハッ!〟


 ベーゼが笑う。


〝俺様とおっさんは最高の相性だ。こうして声が聞こえていることが何よりの証拠だぜ。〈同調者〉でもないのに声が聴けるなんざ、魂が似通ってる証拠よ〟

「……貴様と私が、似ている?」

〝あのいい子ちゃんのクソ女とは違う。おっさんには俺様を扱う才能があんだよ! あの下条匠とかいう勇者なんて目じゃねー。この国、いやこの世界を滅ぼせるだけの力がっ!〟

「…………」


 フェリクスは心を揺らした。

 もしかすると、本当にあの憎むべき者どもに復讐できるかもしれない。そう思うと少しだけ胸が高鳴り、興奮していく自分を感じた。


〝目ぇ覚ませやおっさん。俺様も、そしておっさんももう未来なんてねーんだ。だったらよぉ、枯れ死んじまう前に、このくそったれな世界にひと花咲かせてやろうぜっ!〟


 ベーゼは邪悪だ。だからこそ彼の非道な主張には、一定の真実がある。

 フェリクスは悩んだ。


 ここでベーゼを見捨てたらどうなる? おそらく魔族は投降した者を除きもう生きてはいない。ここで魔剣を見捨てれば、公爵は再び逃亡者となり追われる身。ベーゼは新たな冒険者たちに監視され、永遠に孤独を過ごすこととなるだろう。


 公爵も、そしてベーゼもまた追い詰められているのだ。


「……父は死んだ。兄は死んだ。仲間も死んだ。そして私の国は……もうなくなった」


 それは、ベーゼに向けた言葉か、はたまた自分に向けた言葉か。


「もう、この世界に私の居場所など……どこにもない。……貴様の言うとおりだ。確かに……私には未来などなかった」

 

 気が付けば、頬を伝う涙。

 もうとっくに、フェリクスの人生は終わっていたのだ。いつかは追っ手に殺され、未来永劫悪の王族として罵られるだけの末路。

 ならば……。


「……いいだろう呪われし魔剣よ。この体を貴様に明け渡そう。それで世界を滅ぼせるというのなら、その力を使いあの女に……復讐してくれ」


 ふらり、ふらりとフェリクスはベーゼに近づいて行った。すさまじく悪しきプレッシャーを感じる。これを掴んだら最後、おそらくはもう戻れない。


 魔剣フルスを投げ捨てたフェリクス公爵は、ゆっくりとその呪いの剣を……掴んだ。


「ぐううううううううあうあああああっ!」

 

 瞬間、フェリクス公爵の体を黒い霧が覆った。邪悪な波動が脳内に流れ込んでくる感覚。


〝――いくぜ兄弟! 俺とお前は復讐者、心は一つ! 世界を滅ぼし、あいつらも全員殺す! あとのことなんざしらねぇぜ!〟

 

 フェリクス公爵はベーゼを天に掲げた。

 理解していた。こうすればあの女を殺せる。復讐を果たせると。あとはただ、決めれた言葉を放ち……力を開放するそれだけ。


 その言葉は――そう。


「「――〈真解〉っ! 禍津日神ィィイィィィイィイイイッ!」」


 そこで、フェリクスは意識を失った。



 この日、旧アスキス神聖国の南方に巨大な黒い光が報告された。

 それはこの世界を滅ぼしかねない、大災厄の始まりでもあった。


ここで魔剣ベーゼ編は終わりです。

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