暴風エリナ
首都隣、とある都市にて。
小鳥を救った俺たち。彼女の心が癒えるまでは、ハーレムについて隠しておこう。そう思って行動していたし、これまではうまくいきそうだった。
だが、その目論見は彼女の出現で破綻してしまう。
エリナ。
この直情的で危険ワードばかりの少女を、一体どのようにごまかせばいいのだろうか? 無理に決まってる。でもやらなきゃならない!
困惑する小鳥。そしてさらに輪をかけて混乱する俺たち。
そんな状況を理解していないエリナは、無駄に元気よく体を動かしている。手をあげたり足を振ったり、何の意味もないオーバーリアクションだ。
「あれ、あれあれあれ、小鳥さんだ!」
お前は今まで何を見ていたんだ、と突っ込みたい衝動にかられた。彼女は小鳥とそれほど接点はなかったものの、それでもクラスメイトだから顔は知っているし多少話もしていた。俺との情事よりももっと再開を喜ぶべきだろ……。
「わーい! 懐かしいな! もとに戻ったんだ! あたしのこと覚えてるよね? うれしいなうれしいなうれしいな!」
エリナは小鳥の周囲を激しく走り回っている。彼女なりの喜びの表現なのかもしれないが、傍から見ていれば意味不明だ。さっきまで黒いオーラ出してた小鳥も、何が何だかわからずおろおろとしている。
彼女なりにクラスメイトとの再会を喜んでいるのかもしれないが、少しは気を使ってほしい。
ぐるぐるぐるっと三十周ぐらいしたのちに、エリナはやっと走るのをやめた。小鳥の両手を握ると、ぶんぶんと上下に振り回す、握手の高速再生を見ているかのようだ。
悪意がないためか、小鳥の顔にも笑みが戻ってきた。
が、逆にエリナは何かを感じ取ったらしく、彼女に顔を近づけながら鼻をひくつかせている。
「あー、匠君のザー〇ンの匂いがする! ずるいずるいずるーい! あたしも匠君のザー〇ン欲しい! 欲しい欲しい!」
やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
お、お前! なんてこと言うんだ! 無言で何となく察するとか、後で問い詰めるとかいろいろやり方があるだろ!
カフェでコーヒー飲んでる一般客が吹き出しぞ!
「え……」
小鳥は再び固まってしまった。エリナの超嗅覚によって発覚してしまった真実。確かに俺たちはつい昨日体を重ねたばかりだったのだから。
「は……はははは……は、小鳥、分かってると思うけどエリナは頭がおかしいんだ。あまり言葉を信用しないほうがいい」
「…………」
う……。
こ……これは。小鳥からまた例のプレッシャーを感じる。
「なんで匂いがわかるのぉ? 嗅いだことあるの?」
「匠君のザー〇ン大好き!」
「こ……小鳥」
「…………」
ゴゴゴゴゴ、と威圧感の増していく小鳥。その視線の先にはエリナ……ではなく俺がいる。
お……オワタ。俺の人生オワタ。
まずい。まずいまずいまずい。どうにかしないと。
しかしこれまで先送りにしていたことを急に解決できるはずもなく、俺はただ口をパクパクとさせたまま呆けていることしかできなかった。
万事休す、ともはや最悪の事態を想像しかけていた俺だったが、急に小鳥の圧迫感がなくなっていくのを感じた。
「こ、小鳥?」
「エリナさん、匠君のこと好きなんだねぇ。かわいそうだよ。あんなエッチな言葉で気を引こうとして、見てて痛々しい」
なんだか知らないが勝手に小鳥が勘違いしてくれた!
そうだ。小鳥は俺のことが好きなのだ。大抵のことはごまかせばなんとかなる! もっと自信をもつんだ!
小鳥には悪いが、もう少し時間をくれ。あとで落ち着いたらちゃんと説明するから……。
などとエリナの件で少し安心できていた俺だったが……。
「勇者殿!」
不意に、声をかけられてしまった。
大き目の馬車から一人の商人が降りてきた。荷台に毛皮が大量に積まれているところを見る限り、おそらくは商人なのだろう。
まずい! この商人の顔、首都で見たことあるぞ!
「奥様のご懐妊、これで三人でございますな。おめでとうございます!」
ぎ……ぎやあああああああああああ!
実はこれまで何度か声を掛けられそうになったことはあった。首都から一週間といっても、全く人の往来がないわけではない。旅人や行商人の中には、俺の顔を見たことがある者もいたはずだ。
しかし今の俺は小鳥とデート中。あまり人と顔を合わせないように気を使っていたし、もし声をかけてきそうな人間がいたら一紗たちが止めてくれていた。
誰にも邪魔されず二人っきりでデートしたい、ということで適当にごまかしていたのだ。
だが今、あまりの事態に一紗たちは固まってしまっていた。とてもではないが救援を期待できる状況ではない。
そして、エリナというアナウンス機が、俺の存在を声高らかに主張してしまった結果だった。
「さん……にん……?」
「あばばばばば、なっなーに言ってるのかな? ひひひ、人達じゃないかな」
「近々結婚されるようで、必ずわたくしめもお祝いに参ります。このカズール商会を是非ごひいきにっ!」
ご贔屓じゃねーよおおおおおおおおおおっ! 空気よめ空気を!お前のところ絶対使わないぞ!
「結婚?」
「こ、小鳥! 違うんだ! 『結婚』って単語はこの世界で『友情』って意味なんだ! 驚いたかもしれないがこれは事実で……」
「妊娠は?」
「あぅ……」
無理、無理なんです。もう……言い訳なんてできません。
小鳥は無言のままドス黒いオーラを増殖させている。完全に怒っている……のか?
この様子だと魔剣ベーゼの呪いが復活してい……みたいな話はなさそうだが、別の意味でヤバイ。俺の命が危ない。
「た、匠はエリナさんとエッチしてて、子供が三人でもうすぐ結婚式で、私は愛人でしかも三人目?」
「こ、小鳥、落ち着いてくれ」
「……はぅ」
青い顔をした小鳥が、地面に倒れこむ。
「……(ブクブクブクブク)」
小鳥が泡を吹いて気絶してしまった。
…………。
やはりベーゼの支配は完全に脱したみたいだ。この様子を見る限り、もう彼女が闇にのまれる心配はないと思う。
あとは、俺とクラスメイト達の関係を……どうやって説明すればいいだろうか?
\(^o^)/




