匠君は浮気なんてしないの
この都市で小鳥とデートをして時間を稼ぐ。
俺の考えた稚拙な計画は、早々に破綻してしまった。
つぐみたちがここに現れてしまったからだ。
俺は激しく混乱した。今、ここは首都から一週間程度かかる位置にある都市だ。ちょっとした用事で来られる距離じゃない。しかも四人そろってなんて……。
「ど、どうしてここに?」
「英雄を出迎えることは、国の指導者としても重要な仕事だ。魔剣に操られていた小鳥の帰還は、治安維持への重要なアピールにもなる」
と、いうことらしい。
冒険者ギルド経由で小鳥の話が伝わってしまったのだろうか? 彼女の帰還を歓迎してくれることについては嬉しいのだが、今はまずい。
「ミーナさんがまた女の子を……」
「にゃー、久しぶりに匠君にあえて嬉しいにゃ」
「紀元一年、唯一神匠様と女教皇わたくし、約一か月ぶりの奇跡の再会。この事件は聖書に載せましょう。ああ……天使たちが奏でる祝福のラッパが聞こえますわ」
いや亞里亞、嬉しそうなところ申し訳ないが天使なんてどこにもいない。幻聴幻覚もほどほどにして欲しい。
璃々、子猫、亞里亞、つぐみがここにいる。さすがに鈴菜は来てないか。
と、誰かを探している俺の様子を察したのか、つぐみが声をかけてきた。
「鈴菜はここには来ていない。彼女はお腹の子――」
「あああああああああああああっ!」
俺は叫んだ。
「鈴菜は来てない! 来てないのかー。悲しいな、研究忙しいんだよな! そうだよな!」
「……ん?」
妊娠なんて危険ワードを出さないで欲しい。届け俺の想い!
「と、ところでさ。小鳥は俺の力で助けたからもう大丈夫だ。魔剣ベーゼの呪いはなくなった。それでさ、俺たち付き合うことになったから」
「そーなのぉ」
俺の腕に抱き着く小鳥が、さらにその力を強める。
「匠?」
「魔剣を手放した時、小鳥の洗脳が解けなかったときは焦った。でも小鳥の俺に対する想いの力で、なんとかこの状態にもってこれたんだ。俺が恋人として傍にいる限り、二度と小鳥をあんな風にさせないっ! だからつぐみ、小鳥は病み上がりだからさ、いろいろと気を使って欲しい」
頼むつぐみ……察してくれ! 今の俺に言えるのはこれが限界だ!
「……赤岩さん、匠君と仲直りしたの?」
……おっと、小鳥の脳内時系列は俺が活躍する前で止まってるんだった。だから俺とつぐみは仲が悪くて、優と一紗は付き合ってて、当然俺は恋人なしの苦労人という認識。
つぐみもそのことを察したのだろうか、はっとした表情をしたあとすぐに小鳥に近づいた。
「匠とはもう仲直りした。彼は私を助け、そしてこの国を救った英雄だ。私も、そしてこの国の誰もが彼を尊敬している」
「国を救うなんて……匠君かっこよすぎるよぉ。こんな人が私の恋人なんてぇ、夢なら覚めないで」
体をくねくねと揺らしながら照れまくる小鳥。本当に申し訳ないがしばらく安心できるまで夢を見たままでいて欲しい。
「……匠から勇者の職業を取り上げなければ、小鳥は魔剣ベーゼの手に落ちることはなかっただろう。この件は私の責任でもある。この場を借りて謝っておきたい。すまなかった」
つぐみが頭を下げた。
俺はそこまで責任を感じる必要もないとは思うのだが、彼女にしてみれば謝らずにはいられない話だったらしい。今となってはすべて終わったことだが……。
「そ、そんな……赤岩さんは悪くないよぉ。私が不用意にあの剣を手に取らなきゃ、あんなことにはならなくて……」
「匠と恋人同士という話だが、いつからそういった関係に?」
「えー、聞きたいかなぁ、私たちの馴れ初めを。そうだよね、どーしてもって話なら、恥ずかしいけどお話しちゃおうかなぁ。あれはそう、宿泊研修で……」
そこからかよ! 戻りすぎだろ!
以降一時間弱に渡って、小鳥は語った。彼女がどれだけ俺のことを好きか、どれだけ元の世界で俺のことを見ていたか(軽くストーカー気味な気が……)、この世界で彼女の身に起こった不幸、そして俺に救われる幸運。
後半の俺はあまりにかっこよくそして聖人過ぎた。脚色が過ぎて亞里亞の話とそう差がないように感じるのは気のせいだろうか? 小鳥の中で俺は神か何かになっているのかもしれない。
ただ、彼女があまりに情熱的に自分の考えを語ったため、つぐみたちは完全に状況を察してしまったらしい。
要するに小鳥は俺の唯一の恋人だと思っているのだ。それは同じ関係であるつぐみや子猫にしてみれば、明らかに不自然な言動だ。
「…………」
あ……つぐみの冷たい目が俺に。
そしてそんな彼女を見ながら、何となく事情を察したらしい他の三人。
なんだか俺が悪者のようになっている気もするが、とりあえず今の状況は察してもらえたようだ。
「小鳥は羨ましいね。しかしこれからが大変だぞ」
「……?」
「匠と結婚したいという女性も多いと聞いている。この国ではつい先日まで一夫多妻制が当たり前だったからな。下手をすれば第二夫人、第三夫人が割り込んでくることも……」
男女平等を主張する大統領とは思えぬ大胆な発言は、もちろん俺と他の女子たちの関係を示唆している。
試すようなつぐみの発言を受けて、小鳥はそれまでの陽気な表情から一転して……眉を寄せて考え込むような仕草をした。
そして――ふたたびにっこりと笑った。
「匠君は私の恋人なのぉ。浮気なんてしないの」
「あ、あくまで仮定の話で」
「しないの」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
え、何今の?
例えるならラブコメ漫画で暴力系少女が嫉妬に怒り狂っているシーン。背中から謎の黒い波動が漏れててなんとなく威圧感がある、そんなコメディ調の一コマだ。
こ、小鳥さん背中からベーゼが漏れてますよ? あれおかしいな? あのゼオンを倒した俺が震えている……だと?
「ゆ、勇者二人の門出を心から祝福したい! 二人の関係を応援する!」
つぐみが日和った!
なんだかいろいろとまずいことになりかけている気がするが、つぐみたちの態度を見るに俺の考えは伝わったに違いない。
良かった、良かった。
鈴菜は屋敷で療養中。そしてここにいるのは子猫、亞里亞、璃々、つぐみ、乃蒼、一紗、りんご、雫。
うん、全員揃ってる。
何も問題はない。これで後はどうとでも言い訳を……。
―――――ス!
……ん?
おかしいな、どこからか幻聴が聞こえる? なんだろうこの声は? 思い出そうとすると、うっ、頭が……。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! セッ〇スうううううううううううううううううううっ!」
ぐっははあああああああああああっ!
い……いけない。こいつのことを忘れていた。
ドドドドドド、とすさまじい砂埃をまき散らしながらこちらへ爆走してくる金髪少女、俺の婚約者で頭のおかしい筆頭……エリナだった。
身代わりの石像使って封印したはずなのに……、まさかここまで災厄を届けに来るとは……。
「匠君とセッ〇スしたい! したいしたいしたーい!」
西崎エリナ、参上!
ど、どどどどどどどうしよう。もう言い訳なんかできないよ……この状況。
直球過ぎるんだよ……。




