あーん
レグルス迷宮を脱出した俺たちは、すぐに最寄りの町へと向かった。小鳥は元に戻り、迷宮に低レベルな魔族しかいなくなった今となっては、難しいことなど何もなかった。
魔剣ベーゼの危険性とその所在について、冒険者ギルドへ報告しておいた。今後はこの地域を介して、各方面へと警戒の電文が回っていく予定だ。あの迷宮に潜るのは冒険者ぐらいだから、そういう意味ではかなり効果的だと思う。
加えてこの件はあとでつぐみにも報告しておこう。国家レベルで対応してもらう方が、効果的に対策できるかもしれない。
さて、魔剣ベーゼに関してはこの辺でいいだろう。俺には差し迫って重要な緊急課題があるのだから。
ここはグラウス共和国北方、とある都市。
首都から歩いて一週間というこの場所は、州の都ということもあり人でにぎわっている。魔族がいなくなり平和を謳歌する人類は、華やかに日常生活を満喫している。
そんなとある都市のカフェで。
「匠君、あーん」
俺と小鳥はイチャイチャしていた。
小鳥がフォークですくったモンブランを俺が食べる。現代日本であれば死にたくなるような恥ずかしい光景だ。
「やだぁ、『あーん』だって! 私ったら何やってるんだろぉ。恥ずかしぃ、でも嬉しいな」
「…………」
小鳥がめっちゃ嬉しそうなので良しとしよう。
ちなみに一紗たちは隣のテーブルでコーヒーを飲んでいる。雫が少しイライラしているのを、りんごと一紗が宥めている状態だ。
「じー」
と、小鳥が何かを見ているのに気がついた。目線の先を追ってみると、そこには俺の食べかけシナモンケーキが。
「こ、小鳥もこれ食べるか」
「(こくこく)」
頷く小鳥。しかし彼女は上目遣いにこちらを見るだけで、ケーキにフォークを伸ばそうとしない。
それはまるで、俺に何かを強請っているかのような……。
…………あー。
「あ、あーん」
こうしろということね。
「やぁん、『あーん』だなんて匠君恥ずかしすぎるよ。でもでもぉ、大好きな恋人さんのお願いだから、私断れないなぁ」
いや、君が今目で訴えてきたからそうしたんだよ?
小鳥が俺のフォークに載っていたシナモンケーキを食べる。すると今度は反撃とばかりに小鳥が俺にモンブランを差し出す。互いのケーキを交互に食べ合っている、そんな状況だ。
こんなことするなら、最初から俺がモンブラン頼んで小鳥がシナモンケーキ頼めばよかったんじゃないのか? と文句を言うのは野暮と言うものだ。
こうして、俺は傍から見ていると恥ずかしくなるようなリア充っぽいことをしながら、時間を潰しているのだった。
パキ。
と陶器の割れる音が聞こえた。
隣の席でコーヒーカップを割ったのは、雫だった。
「うがー」
「しずしず、どーどーどー」
「気にしないで小鳥、匠。雫はちょっと疲れてるだけだから。空気読みなさいよ空気を!」
半笑いのりんご&一紗に抑えつけられる雫。いやそれどう見てもガチで怒ってるんだが、俺の事情を察して欲しい。
「……雫ちゃんも彼氏作ればいいのにねぇ」
小鳥……頼むからそれ本人の前で言わないでくれよ。
まあ、こうしてデートっぽいことをして時間を稼げるうちはいいさ。今はまだ。
さて、小鳥をどうするか?
このまま南下していけば、そのまま首都へ帰ってしまう。あの屋敷にはクラスの女子が十人も住んでいて、巨大ベッドもあるし妊婦もいるし時々一緒に風呂入ったりするし、とてもではないが隠すのは難しいと思う。
小鳥をあそこに近づけてはならない。行ったら死ぬ。
まずつぐみへの報告ということにして、官邸に連れて行く。その後彼女に事情を話してどこか別の建物を用意してもらおう。
……いや待てよ。それで本当に大丈夫なのか?
そもそも首都で俺のことを知らない人間はいない。俺が同郷の人間とハーレムを作ってるなんて格好の話のネタだ。
小鳥がそれを聞きつけたらどうなる? ジ・エンド。
しかし罪人でない小鳥を監禁しておくわけにはいかないし……。
むむ……むむむ……。
分からん!
俺はそれほど頭が良くないから、いいアイデアを思いつくはずもなく。先送りするしか思いつかないわけだが……。
「一紗」
会計を済ませた俺は、隣に立っていた一紗へ語り掛ける。
「俺たち、もう少しこの辺りでデートしたいからさ、先に首都へ戻ってくれないか? つぐみに報告しておいてくれ」
「そ、そうね! 小鳥も匠と二人っきりの方が嬉しいわよね」
「うーん、一紗ちゃん、本当にいいのぉ? 私たちも勇者なんだから、報告には一緒にいた方が……」
まじめな小鳥はこんなことを言い始めた。
「も、もちろんよ小鳥。小鳥はこれまであの魔剣に操られて苦しかったんでしょ? ここで遊んでたって誰も文句は言わないわ。あたしからつぐみにはちゃんと説明しておくから。こいつなら死ぬまでこき使っていいから、楽しんでいって」
と、俺を指さしながら言う一紗。
流石一紗。これなら俺たちが実はもう何度も体を重ねているとは感づかれないだろう。恋人相手に『こいつ』とか『こき使う』とは、見事な演技。
……ん? いや、一紗はもともとこんな感じか。演技でもなんでもなく、普段からこんな言い草だった……。
よし。
これで小鳥の件は一紗がつぐみに伝えてくれるだろう。後は万全の体制を整えた後、俺たち二人が首都に戻ればいい。
完璧な作戦……をつぐみと一紗が立ててくれることを期待する。
腕にしがみつく小鳥を意識しながら、俺は明日のデートプランを練っていた。
のだが……。
「……なっ!」
「……嘘っ!」
俺と一紗が、同時に声を上げた。
二人の視線の先、そこには……つぐみがいた。
つぐみだけじゃない、なぜかその後ろには亞里亞達まで。
「匠っ!」
つぐみが俺のことを呼んだ。
な、なぜ? どうしてここに?
混乱する俺たちは、返事をせずただ立ち呆けていることしかできなかった。




