愛は魔剣を超える
魔剣ベーゼを小鳥から分離し、勝利を確信した俺たち。
しかし魔剣を失ってもなお、小鳥は正気を取り戻すことはなかった。
「あっははははははははははははっ!」
笑う小鳥。これまでと何ら変わりのないその様子に、俺たちは失望を禁じえなかった。
「小鳥っ!」
一紗が小鳥を羽交い絞めにした。小鳥は暴れているが、彼女の力にはかなわないらしく……そこから抜け出すことはできなかった。
「…………」
一紗が、小鳥を抑えた。
冷静に考えてみれば、小鳥はその力を失った。どれだけ俺たちに反抗しても、時に攻撃的になったとしても……その力は微々たるもの。すでにベーゼは彼女の手元にない。魔剣のない彼女なんて、ただの人間だ。
力を失った小鳥を相手にするのは、俺たちにとって赤ん坊や子供を相手にするようなものだ。これまでの熾烈を極めた戦いに比べれば、とても安心できる。
「ことりぃ、まだなんだね」
りんごがしょんぼりとしている。今度こそと期待したのは、俺もりんごも同じだったということか。
ともあれ、冷静に考える時間ができたらしい。部屋の隅に転がっているベーゼの事も含めて、いろいろと考えておかないとな。
「どうする? 乃蒼の力は効かなかったみたいだけど……」
「このままっていうわけにはいかないわ。すぐに小鳥を連れて地上に戻りましょう」
「あの魔剣はどうする? あのまま別の魔剣使いが触れでもしたら……」
「立札でも立てとけば大丈夫よ。早く帰りましょうよ。小鳥を治す方法を考えましょう」
そうだな。
俺はあの夢の中で小鳥と会話した。そして彼女はそのあと自殺してまで自分の意思を貫き通そうとした。
心がなくなったわけじゃない。たとえこんな状態であったとしても、彼女の魂は生きているのだ。
ベーゼの件は気になるが、ここは一紗の言うとおりにしておこう。ここに何日も居座って監視するほど、俺たちも暇じゃない。
「とりあえずレグルス迷宮の外まで連れて行こう。この状態なら俺たちでもなんとかなりそうだな。一紗、抑えられそうか?」
「問題ないわ。疲れたら代わってね」
「男の俺がそんな体勢で押さえて付けていいのか?」
「何言ってんのよ。小鳥はあんたのこと好きなのよ? 抱きしめられたら嬉しいんじゃないの?」
「…………」
うーん、そんなものなのか?
あまりじろじろと見るのはあれだが、今の小鳥は結構きわどい見た目だ。ぼろぼろになった制服からは下着や太ももが露出してるし、失礼を承知で言うならエロい。正気に戻ったらきっと恥ずかしくなって体を隠そうとするに違いない。
今までは戦闘モードでそんな些細な事全く気にも留めていなかったが、冷静になってみると意外と気になるものだ。
俺はさりげなく目線を逸らしながら、適当に話をすることにした。
「そ、それよりさ。小鳥を元に戻す件はどうする? 自然に回復、ってわけにはいかないだろうからな」
「鈴菜に見せましょう。きっとなんとかしてくれるわ」
「……魔剣はゼオンが作ったものだ。ゼオンの手下だった魔族たちに話しを聞いてみよう」
「そうね、それに共和国にいる魔族たちにも――」
一紗が会話を中断した。
「あはははは」
小鳥が暴れ始めたからだ。
剣を持たず、それほど力を示さない小鳥は一紗によって易々と抑えられている。しかし大した力がなくても暴れていることには違いない。
参ったな、命や怪我の危険は全くないけど、これは面倒なことこの上ない。
「……だ、大丈夫よ。これくらい、さっきの戦いに比べれば……」
両手で抱き着くようにして、小鳥を抑え込んでいる一紗。確かに大丈夫そうに見えるが、だからといって負担がないわけではない。
「……小鳥、少しは落ち着いてくれよ」
見かねた俺は、彼女の助けになればと思いながら……そっと小鳥の肩を叩いた。
「……あんっ」
……え?
何、今の声?
一紗がぎょっとした表情をしている。さっきの変な声とともに小鳥が暴れるのを止めたからだ。
「小鳥?」
俺はどうしていいか分からず、とりあえず彼女の肩に手を置いた。
「……ああんっ!」
別に俺の手がいやらしい手つきだったというわけではない。ごく自然な動作で触れただけのはずだ。なのに彼女から聞こえてくる声は、まるでAVの喘ぎ声みたいに色っぽい。
「こ、この愚か者め! 小鳥になにをするっ!」
雫の矢が俺と小鳥の間をすり抜けた。あ、危ないな。当たってたら死んでたぞ。
「お前は一紗やりんご、それにわ、わ、わた……しぃの婚約者なんだぞ! 少しは節度を保ったらどうなんだ! また新しい女を作るつもりか!」
なんて散々な言われよう。それじゃあまるで俺がどこかの変態教皇みたいじゃないか。
「待って、待って皆」
荒ぶる雫を止めたのは、一紗だった。
「小鳥がこんな反応したの、初めてよ。もしかして、治りかけてるんじゃないのかしら?」
……た、確かに。今までの行動とは全く違う、どちらかといえば人間らしい自然な反応だったと思う。
治ってる、というのは言い過ぎだけど、いい方向に傾いてるのは間違いない。暴れてるよりよっぽど健全だ。
「そうよ、小鳥あんたのこと好きだったから、きっと触られて嬉しかったのよ!」
「そ、そうなのか?」
そんなに俺のことが好きだったのか? いや、でも確かにあんな夢を見せたり、俺の声を聞いてベーゼを止めてくれたり、あれは愛情以外の何物でもないからな。
「もっとすれば小鳥が元に戻るんじゃないのかしら?」
「するって?」
「触るのよ! さっきみたいに」
「あ、ああ、やってみる」
急に触れと言われてもな。
と、とりあえず首筋をとか触ってみたり? あと手を握ったり肩を叩いたり? そんなんでいいのか?
「……あんっ、あっ、あっ、あっ、ああん!」
小鳥がすごい反応した!
「……はぁ、はぁ……はぁ、はぁ」
え……エロい。
すまない小鳥。変な声を出させてしまって申し訳ない。でもこれで彼女が治ってくれるというなら、俺は……。
「この馬鹿ああああああ!」
雫に殴られた。
痛い……。
「お前は小鳥になんてことするんだ! 意識がないのをいいことにセクハラ三昧なんて、人の風上にも置けない犬以下の存在! 恥を知れ!」
「いや……さ、触っただけだし。何も悪い事してないし」
「まだ言うか!」
「……待って雫」
激昂の雫を止めたのは一紗だった。
「小鳥を見て……」
俺の脚に縋りつく小鳥は、なんというか、その、エクスタシー状態? めっちゃ気持ちよさそうだった。
「小鳥は匠のことが好き。愛の力が、魔剣の支配を超えたのよ!」
拳を握って力説する一紗。
あ、愛の力はちょっと言い過ぎではないでしょうか……。
「ぐ……でも一紗、それは」
「もうっ、匠を好きなのは分かったら嫉妬もほどほどにして! あとで匠が同じことしてくれるから! それよりも今は小鳥を助けることが重要なの!」
「ししししっ嫉妬ではない! 私は……その……」
もごもごと言葉を濁す雫は、それ以上何も言わなくなってしまった。
なんだあいつ。俺ともっとペタペタ触れ合いたかったのか? 雫とはあまりそういうイメージがわかないんだけど、今度試してみようかな。
……と、今はそれより小鳥のことだ。
「匠、続きをお願い」
「小鳥が大人しくなってくれたのは助かったけどさ。一紗、俺はさっき散々触っただろ? これ以上何をすればいいんだ?」
「キス……とか?」
「え……」
キ……ス?
某サイトから見るこの小説のポイント上昇数と、週間ランキングにおけるこの小説のポイント数が合わない。
とずっと疑問に思っていたけど、ランキングの方はポイント減少分を計算してないのか?
つまりこの差分だけブクマ外されてポイント減ってるの?
……ぐぬぬ。




