ベーゼ分離
小鳥の自殺は防ぐことができた。
だがそれは、結果的にベーゼの命を救ったことにもなる。俺たちは再び戦いの中に身を投じることとなった。
復活した小鳥の強さは変わらず、俺たちも全力で戦っている。
〝ヒャハハハ、威勢は良かったが結果はこんなもんよ! てめえらは俺様を殺せねぇ。とっとと諦めたらどうなんだ? ええおい!〟
魔剣ベーゼは上機嫌だ。だが俺たちに諦めを促しているところを見ると、奴もまた攻めあぐねているのだろう。
先ほど俺たちを苦しめた『祟り神』のような大技は使われていない。あれは小鳥を煽って感情を高ぶらせる必要があったからな。また自殺なんてされたら困るだろうから、控えているのかもしれない。
自殺……。
小鳥は自殺しようした。自らの死を覚悟してこそのあの結果なのだろうが、それでも俺は悲しいことだと思う。
そもそも、小鳥がベーゼの動きを止めてくれさえすれば、俺たちに勝機はあったはずだ。なぜそれをせずに自ら死ぬことを選んだのか?
小鳥は罪の意識に耐えかねているんじゃないのか? 友を傷つけ、多くの人を殺してしまい、もう自分の居場所なんてないと思っているのかもしれない。だからこそ、死という結末を望んだ可能性がある?
ベーゼは小鳥のことを警戒していた。それは彼女の力をもってすれば、この状況を打破できるかもしれないということを示している。
気持ちで奇跡を起こせたんだ。なら正しいやり方で、小鳥自身を救うために力を示して欲しい。
「小鳥、聞こえてるか!」
俺は小鳥に語り掛けた。
魔剣ベーゼに操られている彼女ではあるが、自分の行いを認識していた。なら自分の今置かれている状況を理解し、俺の声が聞こえていてもおかしくないと思ったのだ。
「お前俺のことが好きなんだろ! その気持ちが奇跡を起こして、さっきはベーゼの支配から脱した」
〝……ちっ〟
「だったら踏ん張ってみてくれよ! 俺たちは小鳥を救いたいんだ! ほんの少しでいい! ベーゼに抵抗して、自殺じゃなくて……動きを止めてくれ! できる! 小鳥ならできる! だから頼む!」
〝はっ、んな都合のいい話なんかあるかよ! いいか女! てめぇは俺に操られる以外道なんてねーんだ! この男は寝取られた、てめぇは多くの人間を殺した。もう逃げられねぇんだよ!〟
「小鳥! そいつの言葉に耳を貸すな! 自分を犠牲にしなくたっていい! 俺たちと一緒に……戦ってくれ!」
叫びながらも、戦いは続く。
「帰ってきて、小鳥!」
「小鳥!」
「ことりぃっ!」
一紗たちも声を重ねる。
その想いが。
〝なっ……〟
再びの奇跡を生んだ。
硬直した小鳥の体は、攻撃と回避を一切拒否している。魔剣ベーゼの狼狽する声が、彼女の戦いを最もよく示していた。
いける!
「助かった、小鳥!」
この一瞬を、絶対に逃さない!
魔剣ベーゼは呪いの魔剣。
俺や一紗は魔剣の適性がある。だから魔剣ベーゼに魅入られ、小鳥のように操られてしまうかもしれない。あの魔剣と相性が良いなんてことはないと思うが、それでも二次被害は絶対にないようにしておきたい。
直接魔剣を手で弾いたりはできない。だが単純に攻撃するだけなら、その範疇ではない。
「小鳥、耐えろよ! 〈白刃〉っ!」
狙うのはベーゼじゃない。
ベーゼは強力な魔剣だ。これまで何度も聖剣を叩きつけてきたが、一向に壊れる気配がなかった。ブリューニングのような技があればどうにかなったかもしれないが、俺たちにそんなものはない。
だから俺は〈白刃〉を放った。
「終わりだ! ベーゼ!」
〝な……にっ!〟
狙いは、小鳥自身!
小鳥の、腕。
俺は、剣を持っていた小鳥の右手を切断した。
たとえ剣自体が強かったとしても、それを握っている腕は元をただせば少女のもの。〈白刃〉によって切り裂かれたそれは、勢いよく部屋の隅まで吹っ飛んでいった。
小鳥から発生していた黒い霧が弱まっていき、先ほどまで俺たち全員と互角に戦い合っていた威圧感、戦闘力は消失したように見える。もはや彼女の手にはベーゼがないのだ。恐ろしい技にも警戒しなくていい。
「乃蒼、小鳥を治してくれ」
「う、うん……」
乃蒼が小鳥に近寄り、治療を開始した。まだベーゼの影響が残っているかもしれないので、俺がそばに立って護衛のような仕事をしている。
乃蒼が能力を使っている。
小鳥の腕から出血が止まり、光に包まれたそこには……新しい腕ができていた。
剣を握ったままの腕が戻ってきたらどうしようかと思っていたが、どうやらその心配は杞憂だったらしい。
〝ちくしょう、ちくしょう……〟
魔剣ベーゼの声が聞こえる。もはや奴の力をもってしてもどうすることもできないらしく、その声は諦めの感情が強く出ていた。
〈同調者〉として何度も聖剣・魔剣の話を聞いてきた俺でなくとも知っている。魔剣はそれ自体では動けないのだ。呪いの魔剣であるベーゼもまた、その範疇に漏れていない。
小鳥の手から離れた奴は、もはやただの危険物。脅威ではあるが、近づかなければなんてことない。
ゆっくりと、小鳥が目を開いた。
「小鳥、大丈夫か?」
「小鳥!」
「小鳥!」
「ことりぃ」
目を開いた小鳥は、俺と一紗を見て……笑った。
「あっはははははははははは、血血血血肉肉肉っ!」
そこには、歪な笑みを浮かべて笑う……小鳥がいた。一紗の服にこびり付いていた血液を、手で触って舐めとっている。
「嘘……だろ?」
乃蒼は小鳥を治した。魔剣ベーゼは切り離した。それでも呪いに侵された彼女の心までは……治らなかったということか。
ベーゼはいなくなった。それは間違いない。
しかし、それと小鳥が戻ることはイコールではなかった。小鳥の洗脳は……未だ解かれていなかったのだ。
俺たちの受難は、まだ終わっていなかった。




