小鳥の自殺
「…………」
目覚めると、そこは確かに戦場だった。
一紗が剣を振るっている。雫が矢を放って、りんごが魔法を使って……何の代わり映えもしない光景。
先ほどまで見ていたのは、夢だった。しかし白昼夢でも幻でもなく、小鳥の想いが起こした奇跡……なのだと思う。
「匠っ!」
一紗の鋭い声が飛んできた。見ると、彼女は小鳥のすさまじい斬撃を受けながら、時々視線をこちらに向けている。
「ぼさっとしないで! 死ぬわよ」
「ああ……すまん」
どうやら、俺だけがあの幻を見ていたらしい。こうして現実世界に戻ってきた今となっては、本当に夢だったのかと疑ってしまう。
〝ば……バカ野郎っ! 止めろ!〟
魔剣ベーゼ。
どうやら、この魔剣もまた小鳥の変化に気がついているらしい。小鳥が何かをしようとして、それを止めようとしている?
――私は……死ぬの。
あの夢の中で聞いた、彼女の決意を思い出す。
まさか……小鳥、お前。
不意に、小鳥が動きを止めた。
「……っ!」
一紗が警戒のため一歩引いた。りんご、雫もいったん攻撃を止めていぶかしむ。ベーゼの卑怯な戦術を予想しているのかもしれない。
次の瞬間、小鳥が魔剣ベーゼを逆手に持った。
「まさか……」
そしてそのまま、己の胸部へと突き刺した。
「小鳥いいいいいいいいいいいいいっ!」
小鳥が、自殺した。
ベーゼを伝って、おびただしい量の血が流れている。心臓か、あるいは近くの血管かを傷つけたその一撃は、誰がどう見ても致命傷。見開かれた小鳥の目からは、明らかに光が失われている。
嘘……だろ。
まさか、本当に、死ぬ……なんて。
あの夢は……本当だったんだ。
死んでも俺や一紗を守りたかったんだな。気持ちは分かるけど……こんな結果……誰も望んでなかった。
「嘘……でしょ、小鳥、小鳥……」
一紗は青い顔のまま地面へしゃがみ込んでしまった。彼女の綺麗な金髪がプルプルと揺れている。俺はかける言葉も見つからなかった。
「小鳥……」
弓を下した雫は、呆然としたまま項垂れている。悲しい末路は、彼女の気力を削いでしまったようだ。
「う……うぇ……うぇぇ……」
りんごは言葉にならない声を上げながら泣いていた。
誰もが、ショックを受けていた。もちろん、一紗たちだけではなく……俺も。
〝くそっ、くそっ、くそがっ!〟
魔剣ベーゼの悪態が聞こえる。
小鳥が意識を失っても、魔剣自体が死んだわけではない。こうして奴の耳障りな騒音を聞かなければならないことは、今の俺にとって苦痛でしかなかった。
〝お前ええええええええ! 聞こえてんだろ! この女を助けろ! いますぐ手当しろ! こいつ死ぬぞ! もう二分ももたねぇ!〟
無理だ……。この傷で……どうやって……。
〝そこの女が傷治せんだろ! なにぼさっとしてやがる!〟
……?
気が動転していて気がつかなかったが、確かに、乃蒼なら治すことができる。そうだ! 乃蒼なら小鳥を……。
いや……待て。
本当に、それでいいのか?
一紗たちはベーゼの声を聞けない。
そして親友の自殺という悲惨極まりない光景に、考える余裕すらなくなっているらしい。それは後ろで声を失っている乃蒼も同様だ。小鳥を救う最善の方法を思いつかない可能性が高い。
ここで俺がベーゼの助言を握りつぶせば、奴の運命は潰える。小鳥が願ったように魔剣の呪いは主を失い、俺と一紗が近づきさえしなければこの部屋に封印できる。
だがそれは小鳥の死を容認することと同義。なにか良い方法はないだろうか? 例えば、魔剣と彼女を引き離して、上手くあの子だけ治す……とか?
「…………」
小鳥からベーゼを離すことは不可能。両手で握ったその剣は、深々と彼女の心臓を貫いている。とても抜ける状態ではないし、余計なことをすれば俺や一紗が魔剣に魅入られてしまうかもしれない。さらには小鳥自身がその傷で死んでしまうかもしれない。
無理だ。
小鳥の意思を優先すれば、世界の平和が保たれる。俺たちはもはやベーゼに心を砕く必要はないのだ。それはとても素晴らしいことで、彼女を犠牲にして多くの人が救われる。
俺たちは涙を飲み込めばいい。それが勇者として、あるいは英雄としての正しいありさま。
彼女の意思を無駄にするな! 俺は……世界の平和を……。
「……できるかよ」
……できなかった。
一紗たちがこんなに悲しんでるのに、見捨てることなんてできない。俺はさっき小鳥と話をした。彼女は死ぬべき人間じゃない!
「乃蒼、今すぐ小鳥を治してくれ!」
決意した俺は、すぐに呆然としている乃蒼に声をかけた。
「聖剣ハイルングの力があれば、小鳥を治すことができる! 頼む!」
「う、うん」
許してくれ、小鳥。
俺はお前に……死んでほしくないんだ。
乃蒼はすぐさま小鳥の治療を始めた。
流血が少なくなった。魔剣ベーゼがゆっくりと動き出し、胸部から抜けていく。
小鳥の目に、光が戻ってきた。
「……分かってると思うがベーゼ、次に備えて乃蒼を傷つけるなよ」
もし小鳥が同じことを繰り返したとしても、乃蒼がいれば彼女の体を治すことができる。ベーゼがそれを理解すれば、彼女に危害を加えようとはしないだろう。
最善は尽くした。
「小鳥……良かった。小鳥は……死なないのね」
一紗が涙を拭った。
確かに、小鳥は救われたかもしれない。
でも、まだ……問題は何も解決していないんだ。
〝はっははははははははっ!〟
魔剣ベーゼが笑い声をあげた。目を覚ました小鳥はすぐさま例の黒い霧を放ち始め、狂ったように笑い始める。
「悔い改める気はないってことか?」
〝おうよ〟
まあ、そうなるよな。
〝だがよぉ、俺様も心底反省したぜ。いやマジでな〟
「口だけなんだろ。反省したなら小鳥を解放してくれ」
〝いやいや、そういう意味じゃねーよ。お前らは殺さねーでおいてやるっつーことよ。この女とは相性が悪ぃ。これ以上我が主様を怒らせたら、今度こそ俺様は終わっちまう〟
ベーゼも身の危険を感じたってことか。俺たちを傷つけることは、小鳥の反抗心を焚きつけることになるからな。
奴なりに、理性的な選択をしたということか。
だが――
「勝手に終わらせるなよ」
俺たちは……ここで終れない。
「俺たちが小鳥を救うんだ。お前は絶対、ここから逃がさない」
一紗たちも無言で武器を構えた。気持ちは一緒だ。
小鳥を……救いたい。
〝ちっ、あんまてめぇらとやりあいたくねーんだがな。ここで逃げ出すほど、俺様お人よしじゃーねーぜ!〟
ベーゼの黒い霧が増大する。
そして、戦いの第二ラウンドが始まった。




