小鳥のお願い
「ここ、は?」
目覚めると、そこは教室ではなかった。
陽光の差す森の中。耳をすませば鳥のさえずりが響き、自然の香りが鼻孔をくすぐる……そんな場所だ。
一体ここはどこだ?
見覚えがあるようなないような、と考えながらすぐに思い出した。
先ほどまで小鳥たちが話していた内容。小鳥の恋、一紗の毒舌、そして宿泊研修。
宿泊研修は山の中で行われた。あまり詳細を覚えていないが、確かこんな雰囲気の森が宿舎の近くにあったような気がする。思い出してみれば匂いもよく似ている。
つまり、これは小鳥の見た夢の続き。
「うう……ぅ」
と、森の奥で奇妙な声が聞こえる。
ゆっくりと近づいていくと、そこには一人の少女が座りこんでいた。
帽子のせいで顔が分かりにくかったが、小鳥だ。
苦痛に顔を歪めながら、足をさすっている。
怪我、したのか?
動物を追いかけてきたのか、それとも落とし物をしたのかは分からないが、小鳥はここまで走ってやってきたらしい。体勢を崩し転んで足を挫いた、といったところだろうか?
建物は近く、遭難したわけではない。しかし一人で歩くにはやや大変な距離であり、途方に暮れていたといったところだろうか。あまり大声で人を呼びつけるような性格でない彼女であるならなおさらだ。
不慣れな体勢で歩こうとしたため、小鳥は転んでしまった。
少し涙目になりながら立ち上がろうとした彼女に、手を伸ばした男がいた。
「大丈夫か?」
俺だった。
制服姿の俺は小鳥のそばまで駆け寄ると、足の状態を見てすぐさまその状況に気がついたらしい。
「立てるか?」
「う、うん」
そう言って、小鳥は立ち上がろうとした。しかし先ほどまで苦労していた彼女がそう簡単に立ち上がれるはずもなく、ふらついてしまう。
俺はそっと彼女の肩を抱いた。
「辛いなら、肩を貸すぞ」
「お、お願い……」
俺と小鳥は、二人三脚で道を歩き始めた。
小鳥の顔は真っ赤だった。しかしその表情を帽子で隠そうとしているため、肩を貸している俺は全く気がつかない。
「あり……がとぅ」
この後、俺は小鳥とともに宿舎まで戻った。
途中で先生を見つけたため、俺はすぐに彼女を引き渡した。その後は特に何事もなく、宿泊研修は終了したと思う。
これが、小鳥視点の思い出ということか。
うーん。
もちろん、この時の出来事は覚えている。惚れた惚れないとかの話ではなく、いいことして気分がよかったというその程度の思い出だ。
それがまさか、あの子が小鳥だったとはな。帽子で顔が隠れてて気がつかなかったが、言われてみれば確かに雰囲気が似ていたような気がする。
小鳥もそのことをちゃんと伝えてくれていれば、すぐに思い出せたのに。
まあ……彼女の性格を考えるなら仕方ないか。俺はそれほど多く話したことがあるわけではないが、一紗のように明るい印象受けなかったからな。
「――そう」
と、突然声が響いてきた。
いつの間にか、風に揺れていたはずの草木が静止し、鳥たちの鳴き声も止まっている。
まるでビデオを一時停止したかのようなこの光景は、先ほど教室の中で起こったことと一緒。
ただ一つ違う点があるとすれば、何一つ動きのない世界の中で……歩みを進めている少女が一人。
小鳥だ。
綺麗な身なりは現実世界の小鳥とは違う。しかし顔色が悪く見えるのは、リアルを反映してなのか?
「私は、下条君が好き」
「小鳥、小鳥なのか?」
「うん」
これまでの登場人物たちとは違い、俺のことをしっかりと認識している。彼女は回想世界の住人ではなく、小鳥自身だということか。
「ごめんなさい」
「……? 小鳥、どうしたんだ? 何を謝ってるんだ?」
「私のせいで、みんなが苦しんでる。一紗ちゃんも、りんごちゃんも、雫ちゃんも、それに下条君にまでぇ……。もう耐えられないよ、こんなの……」
小鳥は涙を流した。
操られている彼女では絶対に見せないようなその表情に、俺の心は強く打たれた。彼女を絶対に助けなければならない。
俺は小鳥の手を握った。
「小鳥は悪くない。悪いのはみんな魔剣ベーゼだ。あいつは小鳥のことを操って、汚い暴言を吐いて多くの人を苦しめた。小鳥は被害者なんだ。罪の意識何て……感じる必要はない」
「下条君は優しいねぇ。でも……私、もう……」
確かに、小鳥は多くの人を殺してしまったかもしれない。一紗や俺を傷つけてしまったかもしれない。
だが――
「つぐみは大統領だ、俺と一紗は勇者だ。小鳥の事を悪く言う奴がいれば必ず黙らせる。何も心配する必要はないんだ。あの魔剣さえなくなってしまえば、すべてが上手くいく」
「今日はね、下条君とお話したかったのぉ」
「ベーゼの力を退けて、俺をここに呼んだんだよな。この調子であいつのことを抑えられないか?」
「……下条君のことが好きだって、伝えたかった」
「……小鳥?」
「下条君、私は……死ぬの」
は?
「私が死ねば、魔剣ベーゼは主を失う。匠君と一紗ちゃんが近寄らなければ、もう誰も被害には会わない」
「こ、小鳥、何を言ってるんだ? 死ぬ?」
「この迷宮にあの呪われた剣を封印して。誰も近づけないようにして」
確かに、魔族がいなくなった今ならそれは可能かもしれない。でも小鳥が死ぬ? それ以外ベーゼを封印する方法がない?
「待ってくれ、乃蒼の力があれば小鳥を救えるかもしれないんだ。二十秒、いや十秒でもいい。何とかベーゼを抑えられないのか?」
「……無理。なんども抵抗したけど、駄目だったよぉ。今だってね、ホントの時間は一秒もたってないの」
実際の時間は一秒にも満たない? 精神だけで会話しているということか?
「だから匠君、お願いね。ベーゼに、触れな……いでぇ――」
そこで、夢は終わった。
俺は目を覚ました。




