煉獄葬送
――祟り神。
それは魔剣ベーゼが持つ必殺技の一つなのだろうか。
小鳥の周囲で増大していた黒い霧は、一点に集中して一つの形を取った。
黒い霧を纏った髑髏が、宙に浮いている。
いかにも死神といった見た目だ。手に持った鎌は魂を引き裂いてしまいそうなほどにおぞましく、そして呪いにふさわしい姿だった。
〝血反吐をぶちまけろや! 『煉獄葬送』っ!〟
宙に浮く黒い死神が、手に持った鎌を振り回した。
「〈白刃〉っ!」
俺は即座に聖剣による攻撃を放った。しかしその刃は髑髏に当たることなく、ただすり抜けていっただけ。黒い霧のように実態がないので、物理的に倒すことは不可能だったか。
とはいえ手をこまねいているわけにはいかないので、すぐさま二撃目を打とうとした俺だったが……。
「ごぶはっ!」
俺は血を吐いていた。
「な……」
苦しい。
胃と肺からこみあげてくる血は、留まることを知らない。ショックと貧血のせいで、俺は意識を失いかけていた。
俺だけじゃない、一紗も、りんごも、雫も……みんなみんな……血を吐いて地面に倒れていた。
まさかこれが、あの死神――祟り神の攻撃?
嘘……だろ。
俺たち、このまま全滅?
「匠君っ!」
うっすらとした意識の中、かすかに聞こえてきた……女神の声。
乃蒼だ。
「大丈夫?」
気がつけば、俺の体は元に戻っていた。
聖剣ハイルングとしての乃蒼の力は癒し。彼女の力によって、俺は絶体絶命の危機を回避した。
体が……癒されている。
「く……乃蒼……、すまん」
俺の無事を確認すると、乃蒼は隣で倒れている一紗に駆け寄った。俺と同じように、回復させるつもりらしい。
これは、ヤバかった。
乃蒼の癒しの力がなければ、俺たちは全滅していた。
魔剣ベーゼは黒い霧を使って攻撃してくるだけの存在ではない。こういった遠距離の――『呪い』みたいな技もあるということか。
先の攻撃は魔剣ベーゼとしても大技だったらしく、その反動のせいか小鳥は全く動いていない。無防備な俺たちや、それを回復しにきた乃蒼が全く攻撃されなかったのは助かった。今の俺には反撃なんてとても無理だからな。
俺は即座に〈白刃〉を放ったが、小鳥は最小の動作でこれを回避する。動けないわけではないらしい。
しばらくの攻防が続いた。
時間がたつにつれ一紗、りんご、雫が復帰し、一方でベーゼを扱う小鳥の動きも元に戻ってきた。
それにしても、まさかここまで追いつめられるとは……。
やはり、ベーゼはもともとそれなりの力をもつ魔剣だったということだ。主として不適格の小鳥であるからこそ、俺たちに付け入る隙ができただけ。
だがその拮抗もさっき崩れてしまった。それは魔剣ベーゼの告げ口。俺と一紗たちの関係を……奴らが見抜いたから。
ってことは、やっぱり……。
「なあ」
ルーチンワークに近い攻防を繰り返しながら、俺は一紗に話しかけた。
「小鳥って、俺のこと好きだったのか?」
他人に聞くようなことじゃない。そんなことは分かっている。だが彼女の感情がベーゼに利用されてしまうなら、戦う側の俺は知っておかなければならない。
はっとした表情をした一紗は、両手で魔剣を操りながらゆっくりと頷いた。
「そうよ。小鳥は、あんたのことが好きだったの」
今にして思えば、伏線のようなものがあった。
このレグルス迷宮で小鳥と出会ったあの日、真っ先に一紗たちが襲われたのに俺は生き残った。
俺だけが小鳥に襲われなかった。むしろ俺と出会えて彼女は嬉しそうにしていたぐらいだと思う。狂っているから行動も意味不明だとあの時は思っていたが、別の解釈もできる。
俺のことを好きだったから、俺だけを生かした?
小鳥は魔剣ベーゼによって操られているが、その支配は完全ではないらしい。むしろ十分な力を出せず、あの魔剣はもどかしく思っているようだ。俺が生きていたのは、彼女の意思にベーゼが気を使ったから?
「ねえ、それってやっぱり、あの剣が言ったのかしら?」
〈同調者〉としての俺の能力を知る一紗は、すぐに正解を予想したらしい。
「魔剣ベーゼが小鳥を煽るためにそう言ったんだ。あいつが本当のことを知ってたのか、そうでないかは分からないが……」
「サイテーよね」
「ああ、そうだな。魔剣は心悪しき者、とは聞いてたが、あのベーゼはひどすぎる。あれじゃあ小鳥が……」
「そうじゃないわ、あたしよ」
「…………?」
あたし?
一紗が最低?
「あたし、小鳥が匠のこと好きって知ってた。ううん、むしろその恋を応援してたりしてたわ。あの時のあたしには彼氏がいて……。でもあの日、あんたに抱かれてすべてが変わった。もう、あたしたちは戻れない」
そう、か。
いや、元はと言えば一紗を誘ったのは俺だ。彼女を悪いと言うのはお門違いだ。
それに――
「……謝罪も、罪滅ぼしも、全部後でいい。今は小鳥を助けることだけに集中しよう」
「そうね。そこからよね!」
未だ小鳥はベーゼから解放されていない。
〝おらああああっ、このアマ! 何ちんたらしてんだよ! 男が寝取られたんだぜ! 熱くなれよ! 絶望しろ!〟
魔剣ベーゼは小鳥を焚きつかせたいらしく、あの手この手で暴言を吐いている。しかし先ほどの件で耐性ができてしまったのだろうか、小鳥に大した反応は見られない。
聞くに堪えない暴言に、俺のいら立ちは増していくばかりだった。
大技を放たないとはいえ、小鳥は攻撃の手を緩めてはいない。尋常でない身体能力や闇の刃は今まで通りだ。俺たちは決して油断できる状況じゃない。
小鳥が跳躍した。そのまま剣を振り下ろすのは……俺のところか?
「くっ!」
俺はヴァイスでその剣を受け止めた。重力の力を得たその剣は重く、油断すれば競り負けてしまいそうだ。
もっと力を!
そう思い気合を入れていた俺だったが、すぐにその変化に気がついた。
ピタリ、と小鳥の動きが止まった。
剣を構えたまま、静止。俺に向かってくる圧力がすべて消失した形だ。
〝……こ、この女! なにしやがる!〟
焦るベーゼの声が聞こえた。
なんだ? 何が起こった?
不意に、光が生まれた。
黒い霧のようなベーゼの力に包み込まれていた小鳥であったが、彼女の胸のあたりから光が生まれた。
太陽のように強いその光は、瞬く間に広い部屋を真っ白に染め上げる。
なんだ、これは?
光り輝く世界の果てに、俺は一つの心を見つけた。
その時、俺は幻を見た。
それは、少女の恋の記憶。




