小鳥を目指して
その日、俺たちは旅立った。
小鳥のいるレグルス迷宮は、この世界の地下にある広大な迷宮だ。世界各国に設置された転移門から中に入ることができる。
魔族がその転移門から地上に侵攻してきたように、俺たちもまたそこを使って内部へ侵入することができる。
どの転移門がどこに繋がっているかは、未だ分かっていないことが多い。しかし今回は捜索者からの報告があまりに多く、彼らがどの転移門からやってきたかを聞けば、おのずと目的の位置は定まってくる。
つぐみがまとめた情報をもとに、俺たちは目的の転移門を定めた。首都から一週間程度の場所だった。
地上での旅自体は何も起こらなかった。かつて魔族が荒らしまわったこの近辺には、あちこちに戦いの跡が残っている。しかし今となっては平和なもので、俺が剣を振るうことは一度としてなかった。
ホント、小鳥のことを除けば平和になった。彼女を助けることができれば、後顧の憂いなく結婚式を挙げられるわけだ。
俺たちは転移門近くの村へと泊まることになった。
夜。
のどかな農村。乃蒼を含めた俺たち五人は、一人一人別々の建物を与えられ……ゆっくりと休んでいる。つぐみがつけてくれた護衛の兵士たちが、周囲を警戒中だ。
窓の外から夜風になびく小麦を眺めつつ、俺は一人で物思いに耽っていた。
明日、小鳥と戦うことになるだろう。
かつて小鳥と戦った時、俺たちはぼろぼろに負けてしまった。反撃の機会すら与えられない、そんな一方的な戦いだった。
あんな無様な真似は許されない。俺はゼオンの剣を手に入れた。他の三人も強くなった。そして今回は回復役でもある乃蒼がいる。
万全の状況。
今回は俺の結婚相手、そして小鳥自身の命がかかっているのだから。抜かりはない。
ぼんやりと風景を眺めていると、ふと、後ろからドアをノックする音が聞こえた。
ドアを開けると、そこには一紗が立っていた。
水魔法を使ってシャワーを浴びていたらしく、その髪は少しだけ水に濡れていた。いつもツーサイドアップにまとめている長い金髪は、解いてストレートになっている。
「寝れないのか?」
「そうね……」
一紗が暗い面持ちのまま俺のベッドに座った。
「心配なのか? 小鳥とお前ら、仲が良さそうだったもんな」
「そうよ、あたしたちは仲が良かったの」
懐かしむように、一紗はうなずいた。
「一緒に話をして、ランチも買い物も、もちろん戦いもしてた。それなのにどうしてあの子だけあんなことに……って、ずっと申し訳なく思ってたわ」
「一紗は悪くないだろ」
「悪いのよ。あたしも、それに雫もりんごも……」
「……?」
「でも、それも今日までね。明日には、きっと小鳥を……」
不意に、一紗が抱き着いてきた。甘えるように、それでいて蠱惑的に俺の体を撫でまわす。
首元にキスをされて、俺は言いようのない高揚感に包まれた。
「か、一紗。明日は戦いだぞ!」
「こんな時だからよ。ねぇ、いいでしょ? あんただってさ、気持ちよくなりたいでしょ?」
あまりこういうことを言いたくはないが一紗は美少女だ。美しい金髪に、絵画の女神みたいに整った体形。こんな彼女に言い寄られて耐えられる男がいたとすれば、そいつはきっと歴史に名を残す偉大な聖職者に違いない。
俺? 俺は普通の一般人だ。
「一紗っ!」
「んあっ」
一紗が嬌声を上げた。
彼女の体に触れるたび、俺は自分が興奮していくのを感じた。さらなる高みを目指そうと、俺は荒い息の彼女をベッドに押し倒しそして――
ドン、とドアが開く音が聞こえた。
「お前、この大切な時に何をやっているんだ? 私は呆れて物が言えないぞ……」
銀髪ツインテールの美少女、雫が部屋に入ってきた。後ろにはりんごが控えている。
雫は、いわゆるジト目というやつで俺を見ている。俺たちの行為を快く思っていないらしい。
「……仲間外れにしてごめんな雫」
仕方ないので、俺は半裸のまま雫を抱きしめた。
「なっ……あっ……あぅ……」
最初は少しだけ抵抗しようとしていた雫だったが、俺が抱きしめるとすぐにその身を任せてきた。
唇を近づけ、軽くキスをする。すると雫が両手を俺の首元に回し、貪るように舌を使ってきた。
濃厚なキスだった。お互いの白い息が、まるで沸騰したヤカンのように周囲に漏れていた。
落ち着いてきたのでゆっくりと唇を離す。
とろん、と惚けた顔をしていた雫だったが、俺が見つめていることに気がつくとすぐに息をのみ、声を荒げた。
「……こ、このまま私が帰ったらお前は興奮しすぎて夜も眠れないだろうからな。そんなことになっては明日の戦闘に差し支える! わ、私は友のためならどれだけ辛い仕打ちも耐えてみせるからな!」
「……ふっ」
「何が可笑しいっ!」
いや、もう誰がどう見ても分かりきったことを聞かないで欲しい。そもそもこの前怪我を回復したとき、俺たちあんなに愛し合ったじゃないか。それはもう激しすぎて、声とか部屋の外まで響いていたらしい。
もうみんな知ってるんだよ雫。どれだけお前が俺に暴言を吐いても俺のことを愛していると。こうして相手をすると滅茶苦茶嬉しそうだと言うことを。
この前、子猫や鈴菜が笑ってたぞ。馬鹿にしているというよりは、微笑ましくかわいい子供を眺めているといった感じの笑顔だったが、もうお前の気持ちに気がついていない者は誰もいないんだ。
まあ、多分ホントに俺に対してイラついてるところはあるんだと思う。しかしそんなものは俺たちにとってあってないようなもの。もうこれ以上恥の上塗りをしないで素直に俺と仲良くすればいいのに、見ているこっちが恥ずかしくなるレベル。
「たっくん……。りんごも、しずしずと同じことして欲しい、かな」
りんごは押しが弱いから、俺が気を使ってやらないとならない。俺は左腕で雫を抱き寄せたまま、右腕でりんごを引き寄せ、キスをした。
「あ、こらこの馬鹿っ! 汚い手でりんごに触れるなっ!」
「そうやって俺のことを独占したいのか雫? 嫉妬丸出しは恥ずかしいぞ」
「な、ななななななな誰が嫉妬だこの愚か者め! お前が何を言ってるか分からないぞ! 帰る! 私はやっぱり一人で寝る!」
「しずしず、四人で仲良く、ね」
一瞬、雫が自分の建物に帰ろうとしていたが、りんごに腕を掴まれて諦めたようだった。
俺はりんごを含めた三人をベッドに引き寄せた。
「……明日、小鳥を助けような」
「うん」
俺たち四人はベッドの中で愛し合った。
少し、体力を削られてしまったことは否定できない。しかしこんな美少女たちに囲まれては、抑えられるものも抑えられない。
ここはストレスを発散して英気を養ったということにしておこう。




