小鳥発見報告
グラウス共和国首都、大統領官邸にて。
平和な世の中を謳歌していたはずの俺だったが、今日、つぐみに呼ばれてこの場所へやってきていた。
ここで告げられることはたいてい衝撃的で、平和的ではないことだ。予想だにしない呼び出しに、緊張は高まるばかりだった。
「――草壁小鳥が見つかった」
開口一番に、つぐみがそう宣言した。
この場にいるのは俺、一紗、りんご、雫。いわゆる勇者パーティーだ。なるほど、小鳥の関係者である俺たちだからこそ……集められたというわけか。
「見つけたのは神聖国の人間だ。ゼオンがかけた莫大な懸賞金に釣られ、死に物狂いで探したようだ。噂では、ゼオンに脅されて枢機卿や司祭たちも駆り出されていたらしい。かなり大規模な捜索状況になってきている」
刀神ゼオン。
小鳥にこだわっていたゼオンは、懸賞金をかけて彼女の事を見つけ出そうとしていた。奴はもう死んでしまったが、探していた奴はそのことを知らなかったらしいな。
「複数の情報だ。確実性は高いと思う」
「俺たちが急行したころにはいなくなっているかもしれないけどな」
「額が額だけに報告数も多い。一日一件か二件の知らせが届いてくる。このペースなら匠が現地に向かうときも状況を知ることができるはずだ」
リアルタイムで逐一報告か。これなら確かに小鳥のところに到達できると思う。
まさかこんな形でゼオンが役に立つとはな、思ってもみなかった。
「それで、小鳥はどこにいるんだ?」
「レグルス迷宮だ」
レグルス迷宮。
かつて魔族たちの拠点として使われていた場所。しかしこの間の魔族大侵攻によって主要な魔族はほぼ地上に出ていき、今となっては知能の低い雑魚魔族しかいないという話だ。
「以前とは比べ物にならないほど魔族が弱くなっているらしい。だからこそ、こうして報告者が生きたまま帰ってきているわけだが」
「…………」
かつて迷宮で小鳥と出会った時の悲劇を思い出す。あれは災厄だった。俺たちの力ではどうすることもできない、そんな力の差を感じた。
今、確実に小鳥と会うことができる。彼女を助けることが俺の、そして彼女の友人である一紗たちの願い。
だが、事はそう単純ではない。
そもそも仮に小鳥を屈服させたとしてそのあとどうするんだ? 魔剣を叩き壊せば正気に戻るのだろうか? それとも首輪でもつけて監禁するのか?
……俺たちはどうすれがいい?
「あたし、考えたの」
それまでずっと考え込んでいた一紗が、声を上げた。
「乃蒼ちゃんの力を使えば小鳥を治せるんじゃないかしら?」
「……乃蒼の?」
……なるほど。
聖剣を人間に戻せるほどの巨大な力だ。ある種の呪いに近い魔剣ベーゼの戒めを解き放つことができるかもしれない。
「確かに、いけるかもしれないな。いやむしろ、できない方がおかしい」
「そうよね! そうに決まってるわ! だから早く小鳥を助けにいきましょうよ。このままじゃああの子が……あんまりよ」
友達を助けられるかもしれない、という思いからなのか、一紗が必死に声を上げている。
気持ちは俺も同じ。
けど……。
「俺だって小鳥を助けたい。けどさ……それじゃあ乃蒼が……」
「なによ?」
「乃蒼が、危険なんじゃないのか?」
結局のところ、小鳥を治すためには乃蒼と引き合わせなければならない。
乃蒼の聖剣、ハイルングの癒しは瞬間的なものではない。彼女の体から発生した緑色の風が体を覆い、効果を発揮していく。その間無防備な乃蒼を攻撃されれば……
俺たちでさえ大けがしたんだ。何の訓練も受けていないか弱い乃蒼の体は……耐えられないかもしれない。
「お前!」
突然、胸元に衝撃を覚えた。
雫だ。
雫が俺に頭突きをしてきたらしい。目線の下に彼女の銀髪ツインテールが見える。
睨みつける雫。普段俺をからかっているときとは違って、その顔は怒りに彩られている。
「なんてことを言うんだこの愚か者め! お前は小鳥のことが心配じゃないのか? 今も魔剣の呪いで血を浴びて戦っているんだぞ! あんまりじゃないか!」
「心配に決まってるんだろ。でもな、乃蒼を危険な目に合わせるなんて、俺には……」
「しずしず……」
りんごが目を伏せた。悲しい気持ちは彼女も一緒、ということだ。
「小鳥はお前が――」
「止めて雫」
と、一紗が雫を抑えつけた。
何かを言いかけた? 何を?
それは分からない。
けど、雫の友を思いやる気持ちは伝わった。
彼女が見せた優しさに、心がチクリと痛んだ。
「とにかく、こんなチャンス二度とないわ。次にあの子を見失ったら、もう二度と会えないかもしれない。あたしたち乃蒼ちゃんを死んでも守るから、だからお願いっ!」
一紗が俺に頭を下げてきた。
普段と違い一切の悪ふざけを捨てたその顔は、さっきの雫とよく似ている。
彼女の真剣さは十分に伝わっている。俺だって意地悪でこんなことをしているわけじゃないんだから。
「死んでもとか言うな。俺にとってはお前らだって乃蒼と同じぐらい大切なんだからな。全員で協力して小鳥を抑えよう」
「匠……」
「ふんっ、この馬鹿が。初めから素直にそう言ってればいいんだ。手を煩わせて……」
「たっくん、ありがとう」
三人が、思い思いの言葉を口にする。
「それに頭を下げるなら俺じゃなくて乃蒼にしてくれ。もちろん俺だって小鳥の事を助けたいから、可能な限り協力する」
俺だって、小鳥を助けたいんだから。
その後、俺たちは乃蒼にこの件を話した。
乃蒼は快く了承してくれた。多分こうなるだろうと予想していたが、思った通りだった。
自らの危険さを理解していないわけではないと思う。乃蒼は優しいからな。きっと自分が傷ついてでもとか思っているんだろうな。
俺たちが守らなきゃいけない。
そもそも小鳥が勇者パーティーとして活躍し、呪われるきっかけとなったのは俺が魔剣と聖剣を取り上げられたからだ。俺が悪いと言うのは言い過ぎだが、決して無関係の話じゃない。
乃蒼を守り、そして小鳥を救うため、命がけで……戦うんだ。




