ここに教会を建てますわ
亞里亞が俺の屋敷に来た。
それ自体はごく自然な流れであり、俺も特に思うところはない。
問題はそのしばらく後。魔族残党の件で少し屋敷を留守にしていて、戻ってきた時の話だ。
「なんだこれ?」
俺はその建物を見上げていた。
勇者の屋敷、その隣。鈴菜の研究室とは少し離れた位置に建てられたそこは、俺の敷地から完全に離れた別の土地だ。
教会が、立っていた。
いわゆる宗教施設という奴だ。屋根の上に掲げられた十字っぽいマークは、アスキス教における信仰の意思表示に似ている。
天高くとがったアーチは、中世ヨーロッパのゴシック様式を彷彿とさせる。それほど広い建物ではないものの、なかなか立派だと思う。
目立つ建物だ。でもだからと言って俺に無断でとは言えない。
勇者の屋敷は俺の物だが、この周辺まで俺の領地というわけじゃない。この国には領主や貴族なんていないからな。だから屋敷の近くに何を建てられても止めることはできない。
うーむ。
俺は神なんていないと思っているが、その考えを人に押し付けようとは思っていない。だから亞里亞がお祈りしてても変な戒律を守っていたとしても、文句を言うつもりはなかった。
しかし彼女は一度宗教で傷ついている。アスキス教の教皇は名ばかりの変態だった。もちろん悪いのは悪の聖職者たちであって宗教自体ではないのかもしれないが、だからといってあの宗教が無関係というわけではない。
仕方ない。
亞里亞を救いだしたのはこの俺。これも何かの縁だ。間違った道を歩もうとしている彼女を止めることもまた、俺の仕事だろう。
亞里亞をどのように説得しようか、と思いながら俺は教会の中に入った。
正面の大きな扉を開くと、そこは礼拝堂だった。
ステンドグラスに彩られた陽光が周囲を照らす、広い空間。正確に配置された椅子と台はいかにも教会といった感じである。
中にはすでに先客がいた。
「…………」
亞里亞、それに一緒に救出した少女たちが一心不乱にお祈りを捧げている。礼拝堂の奥には聖人の石像が……。
…………。
…………。
…………ん? あれ、この石像って。
おっ、俺の石像じゃん!
そこには聖アントニヌスでも教皇の石像でもなく、俺の石像が飾られていた。エリナに渡した奴とよく似ているが、下半身を露出させていないまともな奴だ。剣を高らかに掲げていかにも英雄といった感じ。
え? なにこれ? この教会俺が神様なの?
動揺している俺の様子に気がついたらしく、信者の一人が立ち上がった。
「神様!」
は?
「神様よ!」
「神様がいらしたわっ!」
「救いをっ!」
ドドドドド、と有名人に群がる野次馬のように駆け寄ってくる少女たちに、俺は揉みくしゃにされてしまった。
な、なんなんだこれは? 俺はアイドルか何かか? 攻撃されているわけではないんだが、あちこち触られてこそばゆいんだが……。
「お止めなさいっ!」
透き通った声が広い礼拝堂の中で響き渡り、俺に群がっていた少女たちは一斉に一歩退いた。
声を上げたのは聖女亞里亞。
身に着けた修道服は、〈グラン・カーニバル〉の時のそれとは違い清らかな出で立ち。ベールの隙間から漏れ出る金髪が、光に照らされキラキラと輝いている。
亞里亞、そして少女たちは俺から距離を取ると、跪いて両手を合わせた。目も瞑っている。
いや、止めてくれたのは嬉しいんだけどさ亞里亞。その話もしないでひたすら祈ってるのは止めてくれないかない。俺は普通の人間なんだけど。
「亞里亞、一体どういうことだ? なんで俺に祈ってるんだ? 悪いが全く理解できないんだが」
「……あの日、わたくしは匠様に救われました」
〈グラン・カーニバル〉によってひどい目に会いそうになっていた亞里亞を救ったのは俺だ。少しでも遅れていれば間に合わなかったかもしれない。まさに奇跡だった。
「わたくしの信じていた神は紛い物でした。あの悪人を師と慕っていたのは恥ずかしい限りですわ」
「まあ、その点は理解してくれて助かる」
「そしてわたくしは悟りました。匠様こそこの世の神であると」
「は?」
いや俺は神じゃない。俺が言うんだから間違いない。
「わたくしをお助けになったのはアスキスの神ではなく匠様。ならば匠様は人間の姿をしてわたくしの前に現れた神なのです」
「…………いや、俺は助けただけで」
「匠様は神様なのですわ。下々の者たちは全くそれを理解していません」
「亞里亞、頭は大丈夫か?」
「わたくしは悲しい。もっと匠様の偉大さをこの世界に広めなければなりませんわ。そのためにこの首都に教会を建設いたしました。今後はこの地を拠点に布教活動を活性化させ、もっと多くの人々に真の神が誰であるかを理解していただきますの」
目をキラキラと輝かせながら、恍惚の表情を浮かべる亞里亞。
こ、怖い。
なんだかストーカーにも似た狂気的なものを感じる。『匠様は偉大なりいいいいいっ!』とか言って爆弾持って突っ込んでいきそうな気配すらあった。
「女教皇亞里亞」
教会の外から一人の少女がやってきた。見覚えがある。確か神聖国で助け出した被害者の一人だったはずだ。
あと、女教皇ってなんだよ? いつからそんなに偉くなってしまったんだ亞里亞。……いや元々『聖女』で偉かったか。
「大統領様より中央広場の使用許可が出ました。今日一日中は問題なく使えます」
「よろしいですわ。共和国の皆様方に、神の偉大さを理解していただくよい機会ですの」
亞里亞は胸元の白い十字架を掲げた。
「この十字架は匠様の聖剣。白い色は光り輝くヴァイスの光を表していますわ。『世界に白き光を、匠様万歳』」
「「「「世界に白き光を、匠様万歳」」」」
…………もともとヴァイスは一紗の聖剣なんだけどな。いや、さらに元をただせば俺が貴族たちからもらったものだから、やっぱり俺の物?
亞里亞達は大急ぎで教会の外に出て行った。どうやら広場で信者を集めるつもりらしい。
「…………」
いやいやいや、ありえない。俺が神とかありえないわ。
亞里亞には悪いが、こんなアホみたいな宗教が流行るはずがない。きっと変人みたいな扱いをされて泣いちゃうんだろうけど、ここはしっかりと世間の辛さを理解して欲しい。そうすればきっと正気に戻り、宗教にのめりこむことを止めてくれるに違いない。
俺は亞里亞を抱いた。彼女のことを愛しているし、元気に健全になってほしい。
どうせ失敗するから放置。そして適当に失敗した後で慰めてあげよう。
この後、俺は盛大に後悔することとなる。
この時亞里亞を止めていれば、間に合ったかもしれない……。
ここからは魔剣ベーゼ編です。




