旧貴族殲滅戦
旧貴族、決起。
刑務所に囚われたすべての旧貴族たちが立ち上がった。
マルクト王国将軍との交渉はユーフラテスが行っていた。本来であれば夜も刑務所には見張りが立てられているが、今日は誰もいない。
始末したのか、何かを理由に遠ざけたのか、将軍と合流したのか。委細は知らないが、上手く手が打たれたということだろう。
「こちらです」
ユーフラテスの先導に従い、フェリクス公爵は歩き始める。彼らの後ろには国王を含む貴族全員がいた。スコップやつるはしで臨戦態勢を取っている。
「まずはこの丘を越え、砂漠を渡る必要があります。途中の湖で内通した将軍たちと合流し、我らの目的地に向かいましょう」
「ふむ」
フェリクス公爵は考えていた。果たして援軍はやってくるのか? 無能な国王をどうしようか?
そんな思考をぐるぐると回転させながら、公爵はとうとう丘の上までやってきた。
「な……」
眼下に広がるのは、かつてない絶望。
兵士がいた。
武器を構え、鈍重な鎧を身に着けた彼らは完全武装。
前列は剣、後列には弓兵と魔法兵。左右には重騎兵がランスを持って構えているという鉄壁の陣取りだ。
「これは……一体」
将軍とは湖の近くで合流するはずだった。それがなぜ、武装してこの場に布陣しているのだろうか?
フェリクスは失望した。裏切られる可能性は考慮していたが、ここまで完璧に完全に叩き潰されるのは最悪のパターンだ。
「ヨーラン将軍! これは一体どういうことですか! 反乱は、我々に力を貸してくださるのではなかったのですか?」
そう言ってユーフラテスが声をかけたのは、兵士たちの先頭に立ち馬に乗った男だった。
ぼさぼさの長髪を携えた、原始人のような男。縦にも横にも広い体つきをしている。
立ち位置と鎧から見るに、あの男がヨーラン将軍なのだろう。
「…………」
無言のままヨーランが手を振ると、兵士たちの一部が動き始めた。
旧貴族たちは警戒を強めた。戦闘開始の合図か、と思ったがそれはすぐに間違っていたことを悟る。兵士たちが抱えていたあるものを、砂漠の中に投げ飛ばしたのだ。
それは、魔族の死体だった。
「俺ぁ英雄になる男だった」
将軍、ヨーランが口を開いた。野蛮な姿から想像できる通り、野太い声だった。
「だがよぉ、てめぇらクソ貴族どものせいで、俺はこの地に縛られた。糞ったれの馬鹿どもの御守をしてるうちにな、もう戦争は終わったんだよ! グラウスもマルクトも、そしてついには神聖国も魔族から解放されたとよっ」
「なん……だと……」
これにはさすがのフェリクス公爵も驚いた。
魔族大侵攻の件はフェリクスも知っている。魔王が亡くなったと言えどもその脅威は絶大。必ず戦争は長期化し、多くの犠牲が出ると踏んでいたのだ。
それがまさか、人類が勝利してしまうなどとは。
「…………」
魔族の脅威こそ脱走計画の大前提。つまりこの作戦は……最初から破綻していたのだ。
しかもただ失敗するだけではなく、最悪の結末を呼び寄せてしまった。
「俺はてめぇら反乱軍を根絶やしにした功績により本国に返り咲く。魔族と結託して世界征服をたくらむ悪の罪人さんたちよぉ。ここがてめぇらの墓場だ!」
「では……この魔族の死体は……」
「てめぇらは魔族と結託して俺たちに反乱を起こした。俺たちゃ必死に抵抗して敵を皆殺しにした。なんせこんなに魔族の死体がありやがるんだもんな。動かぬ証拠、ってやつじゃねーのか?」
確かに、とフェリクスは納得した。
かつて魔族と同盟を結んでいたことが知られている貴族たちだ。前科がある以上、この証拠だけでも十分怪しまれてしまう。そもそも疑われていたからこそこのへき地に押し込められたわけで、言い訳の機会などあるはずもなかった。
さらにここにいる貴族たちが死ねば、死人に口なし。嘘も真実として罷り通り。
「ひ、ひぃいいいいいいいい! ど、どうなっているのだフェリクスよ!」
後ろに控えていた国王が泣き叫んだ。いかにこの男が無能といえど、兵士たちに睨まれたこの状況を理解できないはずがない。
「余の檄文は? 援軍は? なぜだ、なぜこんなことに! 貴様が無能だからだぞフェリクスよ! いや他の貴族たちも同罪よ同罪! 愚か者どもが余の足を引っ張りおって。余が計画していれば―――」
「黙れええええええっ!」
怒りに燃えるユーフラテスが、剣で国王の首を切った。
ごろん、と地面におちた国王の首は、砂がこびりついてすぐに目立たなくなってしまった。
旧グラウス王国国王、死亡。
かつての権勢は見る影もない、あっさりとした最後であった。
「少し短気だったねユーフラテス君。生かしておけばいい囮になったものを……」
「……申し訳ありません公爵様。どうしても……この男が許し難く」
「……気持ちは分かるさ。だがもうチェックメイトだよ。我々はもう、ただ頑張るしかない」
「……ですね」
マルクト王国第七軍団、正規兵五千人(聖剣・魔剣使いは三人)。
グラウス共和国旧貴族、計百人(負傷者けが人含む)。
もとより、結果の見えた戦い。
国王にも貴族にも容赦のない大虐殺が始まったのだった。
時間にして、一日。
それは戦にすらなっていなかった。
多くの者が逃げ惑った。追う者、追われる者の叫びが無毛の大地を木霊し、多くの血が流れた。
すでに兵士たちは立ち去り、血にまみれた貴族の死体が散乱する……その場所で。
「…………そろそろ、か」
フェリクス公爵が立ち上がった。
魔剣持ちの彼は奮戦したものの真っ先に狙われてしまった。数で押してくる敵に勝てるはずもなく、矢を受け剣で突き刺され、最終的には敗れ去ってしまった。
そのままでは失血死してしまっただろうが、彼には切り札があった。
再生薬。
かつて加藤達也によってもたらされた薬。まだ彼がこの地にいた頃、フェリクス公爵は再生薬を手にしていた。
もっとも、加藤は公爵のことをそれほど快く思っていなかったので、タダというわけにはいかなかった。人づてで莫大な報酬を支払い、それでやっと手に入った奇跡の宝だった。
むろん、この状況は再生薬一つでどうにかできるとは限らない。もし敵が公爵の死体を執拗に突き刺せば死んでただろうし、死体を持って帰ろうとしたとすればさらに厄介なことになっただろう。戦いだけ終えていなくなってくれたことは、公爵にとって僥倖だった。
命を拾えた。
「どこへ……向かうか」
神聖国が滅びた今となっては、公爵に向かうべきところなど存在しない。すべての国が、そして人々が敵なのである。むしろこのまま鉱山に引きこもっていた方が安全なのかもしれない。
しかしそれでも……。
「…………」
公爵は歩き始めた。あてなどどこにもない。ただここにいたくない、その気持ちだけが彼を動かしていた。
ここで刀神編は終わりです。
予想以上に長くなってしまいました。




