旧貴族脱走計画
マルクト王国ラディッシュ州、エクパイト鉱山にて。
フェリクス公爵は深いため息をついた。
かつてグラウス王国を支配していた王族・貴族も、今となっては捕らわれの身。王家に連なる国王や公爵は軟禁状態。そしてかつて貴族と呼ばれていた男たちは鉱山で重労働を課せられている。
重労働、坑道の崩落、そして見せしめの処刑によって、貴族たちは当初の四分の一ほどに減っていた。
このままではまずい。手がないわけではないが……。
と思っていたフェリクス公爵であったが、事態の好転を告げる転機はすぐに訪れた。
「反乱、かね?」
時刻は夜。
フェリクスに与えられた刑務所の一等室。そこで、鉱山の労働から帰ってきた旧貴族――ユーフラテスは公爵に告げた。
反乱の用意がある、と。
近衛隊志望であった彼は、他の貴族たちと違いある程度肉体の鍛錬を行っていた。そのため鉱山の重労働にも耐えられたため、今日まで五体満足で生き残ることができていた。
「その通りです公爵様。慎重を要する作戦ですので、今日まで報告が遅れたことを謝罪いたします」
「それはよい、だが反乱とはどういったことかね? ここにいる貴族だけで戦うと? それとも援軍がどこかに?」
「今、世界は魔族たちの侵攻で混乱しています。グラウス王国、マルクト王国は戦乱の末魔族たちを駆逐。現在は神聖国を侵攻中の魔族を倒すため、すべての国が主力をそちらに向かせています。そして――」
「ふぇ、フェリクスよ」
突然、部屋の中に入ってきた小太りの男は、グラウス王国国王。
「すでに反抗作戦は成功したも同然。この余が各地の民たちに檄文を飛ばしたのでな」
「檄文?」
「偉大なる王家の血を引くこの余が声をかけたのだ。あまねく人民は感動に涙し、嬉々としてはせ参じてくれるであろう。これは革命だフェリクスよ! グラウスの真の支配者であるこの余が帰還し、マルクトの忌まわしき悪辣王妃に成敗を下すのだ!」
「…………」
フェリクス公爵は呆れてものが言えなかった。
グラウス王国から魔族を駆逐したのは誰だ? 我々ではない。大統領赤岩つぐみと、彼に手を貸す下条匠たちの活躍だろう。
ならば彼らは民にとって英雄であり有能な統治者なのだ。今更無能な国王からそんな手紙をもらったところで、笑いながら破り捨てられるのがオチだ。
国王がこの件に絡んでいることに激しく不安を覚えてフェリクスだったが、そばにいたユーフラテスがそっと耳打ちをしてきた。
「ご安心ください公爵様。檄文を書かせただけで他の事には手を触れさせていませんので……。もちろん手紙を送る相手は私たちが選別いたしました」
国王は無能だ。
だが王家の血筋は一定の利用価値がある。過去を懐かしむ者、心の中では奴隷を欲している者、女の台頭に迷惑している者。決して少ない数ではない。
だからこそ国王の一筆は有用。彼は文章や署名を書かせる分には、使える駒だ。
適当に自慢話をすると、国王は満足したらしい。上機嫌ですぐに部屋から出て行った。
ユーフラテスは彼が出ていく様子を見終えた後、すぐに公爵に向けて話を始めた。
「現状、我々だけでは国どころか一軍団を相手にすることすら難しいでしょう。ここは荒野のへき地です。百歩譲って援軍があったとしてもすぐに到着することは不可能」
「では……本当に我々だけで戦うと?」
「すでにこの地に駐留しているマルクト王国軍の一部に声をかけました。彼らは例の王妃の命令でこのへき地で監視役を押し付けられ、大変不満に思っているようです。我々の背後に援軍がいることを伝えたら、喜んで反乱への参加を確約してくれました」
「あるかどうかも分からない援軍を餌にとは、危ない綱渡りだね。しかしそうでもしなければこの状況は打破できないか。それで、ここを抜けたとして我々はどこへ向かうのかね?」
まさか国王の言うように王国解放などとは考えていないだろう。とフェリクスは理解している。
「脱走後は神聖国に向かいます。あの国は男尊女卑でかつての我々の国と相性がいい。悪いようにはならないでしょう。必要であれば形式的にでも改宗しますと進言すれば、さらに心象は良くなるかと……」
「…………」
アスキス神聖国とグラウス共和国は、それほど仲が良かったわけではない。神聖国に借りを作るのは、王国としてはマイナスの側面が大きい。
しかしもはやグラウス王国は滅んだ。国王はその件を認めたがらないが、フェリクスを含め他の貴族たちは何よりもそれを理解している。
滅んだ国の外交に頭を悩ませるほど、余裕などないのだ。
フェリクスは悩んだ。
危険な賭けだ。
他の貴族たちはともかく、自分たちは軟禁状態ではあるが普通の生活を約束されている。しかし反乱に加担すれば良くて獄中生活、悪くて死刑だ。
現状を維持するか。可能性を掴み取るか。
「こちらを……」
ユーフラテスは腰に下げていた剣を持ち上げ、フェリクス公爵に手渡した。
「これは……魔剣フルスか」
魔剣フルス。
かつてフェリクス公爵が所持していた魔剣である。危険という理由でこの刑務所では没収されていたのだ。
適正の低いフェリクスはそれほど魔剣を使えるわけではないものの、使えばその威力は絶大。数十人以上の兵士たちを戦闘不能にできるレベルの力。
「反乱に呼応した将軍殿より頂きました。決起の日は公爵様にも力添えしていただくことはできないかと……。どうか! あの無能王に代わり我らをお導きください!」
ユーフラテスは頭を下げた。身分、血筋、そして能力を鑑みてリーダーにふさわしい人間はフェリクスしかいないと判断したのだろう。
フェリクスはそんな彼の両手を握った。
「ここで座していても何も変わらない、か。ならばここはあの忌まわしき女傑のように、私が貴族を率いる旗振り役となろう」
「おお、公爵様! ご決断感謝いたします! この反乱、必ずや成功させてみせましょう!」
決起の日は、明日。
旧貴族の運命を決める戦いが、今、始まろうとしていた。
刀神編はこれとその次の話で終る予定です。




