大量兵器の処理
多少の混乱はあったが、セントグレアムへの支援は順調に進みそうだ。
時間がたつにつれ、市民の中にも協力を申し出る者が出てきた。
だが戦いの規模がでかかっただけに、残った問題も煩雑で悩ましいものだった。
中央広場、仮設テントにて。
兵士たちに囲まれたその場所は、身分の高い者たちの会議室となっている。
つぐみ、咲、俺、そして数人の将軍や文官がその場にいる。
ちなみに咲はこの場にはいない。つい先日まで捕らわれていた彼女だから、本調子ではないのかもしれない。
会議を主導するつぐみは、効率よく的確に神聖国に対する処理を指示している。若干思想の偏りは見られるが、公平・公正であり異論をはさむ者は少ない。
アウグスティン八世はそのたどたどしい言動とは裏腹に、それなりに優秀な政治家らしい。つぐみの案に対して時々口を挟んでいる。
この場に咲がいないのは、彼を信頼してのことかもしれない。
「さて、皆様方」
会議を主導するのは、我らが大統領赤岩つぐみ。グラウス共和国の長である彼女は、もはや戦勝国と言っても差し支えないほどの立ち位置だ。
「一つ、はっきりさせておきたいことがある」
「だ……だっ大統領、それは?」
聞き取りにくい口調で問い返したのは、マルクト王国国王アウグスティン八世。咲に調教されて喜んでいるイメージしかなかったが、仕事はちゃんとやるタイプらしい。
「魔族が攻めてきたことは仕方ない。世界中でそうだったのだから、これは天災であり人類の課題だった。しかし神聖国はあまりに被害が甚大だった」
「この国の指導者、つまり教皇とか枢機卿たちのせいなんだよなつぐみ? いや……なんで駄目だったのかは俺もよく分からないけど」
「匠は覚えているか。ここに来る前に開いた会談のことだ」
外務大臣役の司祭と、三か国会談を開いた時の話だ。俺たちが破格の条件で援軍を出すと言ったのに、あの司祭は断った。
「あいつら、結局なんで援軍断ったんだ? 農村どころか都市だって攻撃されたのに……」
「……女だ」
つぐみは苦虫を潰したような顔をした。嫌悪感は隠しきれない、そんな気持ちがあふれ出ている。
「魔族が攻めてくれば土地には住めない。発生した難民のうち女は引き取りハーレム入りで、男は魔族たちと戦わせる。家族が死に身寄りのなくなった女性は、なおさら教皇に頼らざるを得ない。だからどんな卑猥な言葉を使ってでも媚びて……あの男を悦ばせなければならなかった」
「つまり……あの教皇は自分のハーレムを広げるために戦争を放置してたってことか? それで自分の命まで失ったんだから、自業自得だな……」
「もちろん、まさか首都まで攻め込まれるだろうとは思っていなかっただろうが」
やっぱり教皇はクズだったってことだな。まあ、最初に話した時から分かってたことだけど。
「この国は変わらなければならない。それが死んでいった者たちへの、せめてもの償いだ」
「…………俺も、今のままじゃあ良くないとは思う」
こくり、と頷く一同。今回の出来事に思うところがあるのだろう。
「この度、難民が大量に発生したのはアスキス教の旧態依然とした制度が原因! よって〈グラン・カーニバル〉やハーレム制度を支持する枢機卿・司祭・助祭は公職から永久に追放する」
と、つぐみが宣言した。
「全くもって同意する」
「右に同じ」
「……い、異論はない」
将軍、外交官、国王。異論を挟む者はいない。
まあ、ここにいるのは他国の重鎮や軍人のみ。決を取れば教団側を支持する人間は少ないだろう。
「次の議題に移る。そろそろ、この剣の処遇について考えなければ」
目の前には剣、剣、剣。
仮設テントの前には大量の剣が放置されている。
「……〈千刃翼〉か」
〈千刃翼〉とゼオンが呼んでいた聖剣・魔剣たち。
主を失って宙に浮遊することはできなくなったが、元の聖剣・魔剣たちがなくなってしまったわけではない。中央広場に乱雑に散らばっているそれは、適性さえあれば百人力の力を出せる強力な兵器。一般人が拾って帰っていっては事なので、兵士たちが厳重に管理している。
〈真解〉の一件で何十本か壊れてしまったが、まだ数は相当に多い。本当に千本あってもおかしくないほどだ。
いつまでも野ざらしにしておくわけにはいかないよな。倒したのは俺なんだから、積極的に提案してみてもいいだろうか?
「みんなに配らないのか?」
「どうやって?」
つぐみがそう問い返してきた。
「えーっと、グラウス共和国とマルクト王国とアスキス神聖国の軍人。この三グループで等しく分け合うんだ。一つの国が独占するのは良くないだろう?」
「…………あまり得策とは言えないな。いまだ再建途上の神聖国に、果たしてこの剣を運用できるのかどうか……」
と、悩む仕草を見せたつぐみ。周囲の人々も同様に思案している。
俺も無い知恵絞ってあれこれと考えていたが、途中でつぐみが近づいてきた。
「……あまり大きな声では言えないが、軍人が味方とは限らないんだ。匠」
と、つぐみが耳打ちしてきた。
……なるほどな、これが政治家の考えなのか。頭良い奴らは違うよな。
俺なんて軍隊が強くなれば国が強くなっていいだろ、みたいなところで思考停止してるもんな。つぐみはクーデター時の事を考えてるわけだ。
「じゃあ商人に売ればいいんじゃないのか? コレクターとかが高く買ってくれるだろ?」
「……大きな武器は大きな戦争を生む。たとえばソ連崩壊、近年では中東・北アフリカで起こった『アラブの春』により、武器が流出してテロリストの手に渡った。国や軍隊が管理できていない武器ほど危険なものはない」
「…………」
アラブの春?
なんだろう、温かい響きの言葉だな。アラブの少年が砂漠に花を咲かせました というハートフルストーリーかな?
……いや、文脈的に物騒な話に違いない。言葉がそんなイメージだってだけだ。
要するに売らない方が良いと。
売るな、配るな。ならどうしろと? 壊すか? いやそれじゃあ中の人が死んでしまうし……。
「匠が持つべきだ」
突然のつぐみの発言に、俺は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたと思う。びっくりした。
「え? 俺?」
「ゼオンの使っていた魔具を使えば、一人でも管理できるはずだ。世界の平和を守るためにも、彼が管理すべきだと考えた。アウグスティン陛下はどう思われる?」
この会議において実質的につぐみに次ぐ発言力を持つアウグスティン八世。彼が良いといえば、この提案は通るはずだ。
「こ、この度の勇者様の働きには……感謝が絶えない。せせっ戦利品は勝者が持つべきだ。余の国との戦争に使わないと確約してもらえるのなら、こ……ちらとしても異存はない」
お……OKしちゃうのか。
「ゆっ勇者殿、咲の件は本当に感謝している。何か困ったことがあったら、よよっ余を頼ってくれてもいい。か……必ずや力になろう」
思ったより信頼されているのは、咲を助けたゆえの成果ということか。
頑張ったのは俺じゃなくてその聖剣・魔剣たちなんだけどな。居所を教えてくれたのはブリューニングだし……。
とはいえ、俺が管理しないとどう転んでも争いの種になりそうだ。平和な時代を目指すため、勇者として一肌脱ぐ必要があるわけだ。
「ま、まあ、そこまで言われるなら」
うう……責任重大だ。
結局、俺は魔具〈籠ノ鞘〉を使って千本近い聖剣・魔剣を所持することとなった。
正直なところ、数が多くて各能力も把握できていない状態だ。魔族だって倒したんだし、大きな戦いもないから使い道ないよな。
この剣が不必要。そんな時代を願ってやまない俺だった。




