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草壁小鳥

微グロかな

 少し気まずくなった雰囲気を忘れるかのように、俺たちは迷宮の奥へと進んだ。すると、すぐ目の前に大きな扉が現れた。

 あの大きな蜘蛛はこいつを守るための門番的存在だったのかもしれない。


「いい、よく覚えておきなさい」


 一紗が振り返った。


「力の強い魔族は、迷宮の中に領地を持ってるわ。人間で言うところの、貴族みたいな感じね。そんな奴らは、大抵でっかい扉のあるでっかい部屋にいるわ。そう、こんな感じのね」


 一紗はそう言って、目の前の巨大な扉を指さした。


 つまり、ここには強い魔族が潜んでいるということだ。このフロア、あるいは周囲一帯を支配できるぐらい強力な。


「俺は初めてだから分からないんだが、どのぐらい強いんだ? 負けたこととかあるのか?」

「負けたら死んでるわよ。でも強いわ。耐久度とか化物みたいで、一日中戦ってたこともある」


 うぉ……そんなレベルか。そういう強敵がいるから、一紗も地上に戻ってくるのが遅れるんだろうな。


「でもそういう奴ほど、使える魔具を持ってるのよ。少しは期待できるんじゃないかしら?」


 リスクを負わねばリターンを得られない。

 いよいよ覚悟を決める時が来たか。


 一紗は二本の剣、聖剣ヴァイスと魔剣グリューエンを構えた。

 りんごは杖を構えた。

 雫は矢を手に取り、弓を構えた。


「匠は後方からの援護をお願い。多少は魔法使えるんでしょ? 出しゃばらないでね?」

「自分の実力は分かってるさ。及ばずながら、援護に専念させてもらう」

「そそ、それでいいのよ。よろしくね」


 未だ見習いのような扱いではあるが、俺も立派なパーティーの一員だ。しっかりと役割は果たしていきたい。


 一紗が扉を蹴り飛ばし、俺たちは部屋の中になだれ込んだ。


 強力な魔族、奮戦する俺たち。激闘は何時間にも、十何時間にも及び、俺の体は疲労に悲鳴を上げる。

 もう無理かもしれない、そう思った時一紗の聖剣が敵を貫く。絶命した魔族は、大切にしていた宝物の魔具を俺たちに奪われ……。 

 

 そんな当たり前の光景を想像していた俺は――


「は?」


 すぐに、思考を止めてしまった。


 その一瞬、俺は何が起こったのか理解できなかった。

 最初に感じたのは、突風だった。まるで竜巻か何かのようなすさまじい風が、俺の左右を突き抜けていった。


 気が付けば、俺以外の全員が地面に倒れていた。


 一紗は肩から血を流していた。剣を持つ手が震えているが、それだけだ。一向に起き上がる気配はない。

 りんごは 口から血を流していた。胸のあたりで痛々しく折れている杖は、衝撃の大きさを物語っている。

 雫は扉に激しく体を打ち付けた。手が奇妙な方向に曲がっているのは、骨折しているからだと思う。


 次に俺は正面を見た。

 

「え……」


 広い部屋。

 そこにゴミか何かのように点々と転がっていたのは、魔族の死体だった。


 これまで、俺はずっとこう思っていた。

 すさまじい魔族の攻撃を受けた。ここにいる敵はかなり強い。一紗もりんごもやられた、どうすればいい?

 そんな混乱と警戒を含んだ思考だ。

 しかしここに五体満足で立っている魔族は、いない。いやむしろ死体の方が多いと言っていいだろう。


 彼らもまた、災厄・・の被害者。


 そして――


「あっははははははははは」


 そこに、一人の少女がいた。


 ボロボロの制服は、まるで浮浪者か何かのよう。燃えるように真っ赤に染まったストレートでセミロングの赤毛と、赤い瞳。ある種の狂気を孕んだその姿は、見る人が見れば美しいと褒めたたえるかもしれない。


 彼女の名前は草壁小鳥くさかべ ことり


 一紗の友人、俺の知り合い。本来であれば、迷宮へ潜る勇者パーティーの戦士・剣士格として活躍していたはずの女の子。


 彼女は一本の剣を振るい、笑いながら近くの魔族を解体していた。目を、耳を、腸を切り裂くその姿は常軌を逸している。


 おびただしい量の鮮血が噴き出した。

 その返り血は、彼女の綺麗な顔を汚していく。

 腸を引きずり出し、まるでロープか何かのようにぶんぶんと振り回している。そこに意味はない、理性もない。ただ、何となく興味が湧いたからそうした、ただその程度のこと。


 俺は寒気を隠せなかった。

 どんなスプラッタ映画よりも恐ろしく惨たらしい光景が、そこにあった。そしてそれを行っているのが俺の知り合いだというのだから、なおさら怖い。


「血、血血血血血血血血血肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉骨骨骨骨骨骨骨骨骨骨骨腸腸腸腸腸腸腸腸ううううううううううううううううっ!」


 小鳥がそう叫んだ。握った黒い剣を、まるでスコップか何かで穴を掘るように何度も何度も眼前の死体に振り下ろす。


 魔剣ベーゼ。


 これは端的に言えば呪いの剣だった。ある日、迷宮を探索していた一紗たちは、宝箱の中からこの剣を見つけた。そしてそれを装備することになったのは、二本の聖剣・魔剣を持つ一紗ではなく小鳥だった。


 彼女には魔剣の適性があった。しかし、この呪われた剣には適性も何も関係なかった。おそらく、俺や一紗がベーゼを握ったとしても、同じことが起こっただろう。


 小鳥は狂ってしまった。


 それは、劇的な変化だったらしい。それまで小鳥は普通に話をしていたはずなのに、急に高笑いを浮かべながら一紗たちに襲い掛かった。

 別に一紗が敵に見えたとか、そういう感じではないらしい。魔族、人間、動物を含めあらゆる者に攻撃を加える狂った狼のような存在。それが今の小鳥だ。


 狂気はそれだけではない。

 何が面白いのか、彼女は死体を解体する。

 焼かないまま魔物の肉を食べていた、という報告もある。

 当然ながら話も通じない。


 俺たちは彼女を元に戻したい。しかし魔剣ベーゼに関する研究はあまりはかどってはいないし、そもそも対象である小鳥がどこにいるのか分からなかった。だから今までずっと、地団駄を踏んだまま放置状態になっていた。


 こんな形で、遭遇するとは思ってもみなかったな。


 そして、確認するまでもない。一紗を、りんごを、そして雫を攻撃したのはこの魔剣による力だ。


「あはぁ、ちょっと待っててね匠君~。すぐ終わるからぁ」


 そう、小鳥は言った。これまでの狂気を微塵も感じさせない、『ノート取り終わるまで待って』とでも言ってしまいそうな……軽い口調。そしてそのまま、人型魔族の上腕骨を引き抜いた。


 狂気だ。


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