千刃翼
〈真解〉。
それは聖剣・魔剣の命を賭して放たれる、一世一代の大技。
俺はエリナの聖剣、ゲレヒティヒカイトで〈真解〉を放った。タイミングは完璧、その力は完全にゼオンへと叩きこまれた。
瀕死のゼオンを前に、俺はただとどめを刺せばいい。それだけだったはずだ。
しかし――結果は失敗。
奴が乃蒼の聖剣ハイルングを使い、瀕死の体を治したから。
すべてが……振り出しだった。
五体満足のゼオンと満身創痍の俺。すでに聖剣ゲレヒティヒカイトは〈真解〉によって破壊されてしまった。俺の手に残るのは……聖剣ヴァイスのみ。
俺はどうすればいいんだ? このヴァイスで〈真解〉を……。
いや、何を言ってるんだ。そんなことをすればこの子が死ぬ……。同意もなしに勝手に彼女を殺すなんて、そんなことはできない。しかもそれでゼオンに勝てなかったら、また無駄死にだ……。
「ぬうんっ」
完全復活したゼオンが、聖剣を俺に叩きつけていた。油断していたし、たとえそうでなかったとしても結果は変わらなかったかもしれない。
彼の力に逆らうことができず、俺はふきとばされてしまった。
「ぐ……うう……」
「なかなか、面白いものを見せてもらった。数多の人間と剣を交えてきたそれがしではあるが、〈真解〉をこの身に受けたのは今日が初めて。素晴らしき日だ。この喜びと感謝を剣に乗せ、それがしの力をお見せしよう」
ゼオンは籠ノ鞘を起動し、一本の聖剣を取り出した。まるで宝石のように青く光り輝く刀身を持つロングソードだった。
ゼオンは剣を中段に構え、こう言った。
「――〈真解〉」
瞬間、青色の光が爆ぜた。
「馬鹿なっ!」
巨大な青い宝石の柱。天を貫くその光景は、先ほど俺が放った〈真解〉と瓜二つだった。
ゼオンはあの聖剣を犠牲にして、〈真解〉を使ったんだ。
「……な、んで……」
ゼオンは聖剣・魔剣の生みの親だから、〈真解〉のことを知っていてもおかしくない。そこまでは俺も予想していた。
しかし、使えるのはおかしい。
「〈真解〉は聖剣・魔剣と使用者の心が一つになっていないと使えないはずだ! 魔族であるお前と剣にされた人間が、どうして心を一つにできる?」
「ふっ……、知れたことを。それがしと聖剣、考えていることが同じであったからに決まっているではないか」
「なんで……なんでそいつはお前に協力したんだ! 何が望みなんだ」
「……それは、死」
「なっ……」
俺は言葉を失った。
死。
聖剣自身の死とは、すなわち自殺。
自殺したい聖剣・魔剣と〈真解〉を使いたいゼオン。なるほどそれならば……確かに使えるかもしれない。
盲点だった。力を合わせないと使えないなんて、俺の思い込みだったということか。
どれだけの聖剣・魔剣が死にたいと思っているのかは分からないが、決して少なくない数だろう。魔族に従って延々と奴隷のように使われてしまうより、自ら死を選ぶ方が楽なのかもしれないから。なんとなくではあるが、そういった諦めの気持ちは理解できる。
「さて、美しき剣劇もこれ以上は興覚め。幕引き役はこのゼオンが受けようぞ」
ゼオンは〈真解〉された聖剣を振るった。そこにいた百人以上の兵士たちは、一瞬にして消失してしまった。
「あ……ああ……ぁあ……」
なんてことを。
ゼオンは、本当に戦いを終わらせようとしている。先ほどまでの余興的な雰囲気を一切切り捨てた、殺人者のような目になった。
「ぬぅん!」
そしてゼオンは籠ノ鞘を起動させる。
現れた剣は、数多。百、いや千に近いほどに見える。
その剣は宙に浮いたまま、ゼオンを取り囲むように並んでいる。それはまるで、彼が巨大な翼をはためかせているような……荘厳な光景だった。
「――〈千刃翼〉、とそれがしは呼んでいる。この戦いの終幕を飾るにふさわしい、奥義である。いざっ!」
ゼオンは駆け出した。
…………。
…………。
…………。
時間にして、一時間にも満たないと思う。
俺たちは真の絶望を見た。
ゼオンは聖剣・魔剣使い千人分の仕事を、ただ一人でやってのけてしまったのだ。〈千刃翼〉とは、彼の背後に設置された千の聖剣・魔剣を同時発動させる技だった。
もはや言葉で表現できないほどの力が、俺たちを襲った。
台風にも勝る暴風を前にして、人間はあまりに無力。ただの棒きれみたいに吹き飛ばされ、ちぎられ、そして散っていった。
俺たちはゼオンに負けた。
死屍累々。
俺は壊れた建物の隅で倒れこんでいた。
ぎりぎり体を動かせるが、力を入れると激しい痛みが走る。数か所、骨にひびが入ってるらしい。
このまま死んだふりをしていれば、生きたまま共和国へ帰れるかもしれない。
「……ぐ、あ……」
しかし、そんな無責任なことはできない。
じいさんは死んだ。
多くの兵士が倒れた。
そして乃蒼は……まだ救われてない。
俺は勇者だ。守るべきものがある。こんなところで……逃げ出すわけにはいかないんだ。
俺は近くに吹き飛ばされていた聖剣ヴァイスを掴み取り、再びゼオンのもとに歩き始めた。
すでに一般の兵士・聖剣魔剣使い問わず立っているものはいない。離れているところで戦っている援軍がこちらにやってくる気配はないし、仮にどれだけ兵士が増えたとしても結果は変わらないと思う。
この場に立つのは、俺とゼオン。
「その勇気、感嘆に値する」
ゼオンは立っているだけで精いっぱいの俺を見て、笑った。
「望むなら聖剣として第二の人生を歩んでみるつもりはないか? そなたが望むのであれば、この場で剣にしてやるが?」
「……お前にこき使われるなら死んだ方がましだ」
「残念無念。自殺願望のある使い捨て聖剣は足りている。ならば武人らしくそれがしの剣の錆となるがよい」
ゼオンが剣を振り下ろしてきた。
特に聖剣・魔剣としての力を解放していない。普通の力技。しかし体が十分に動いていない今の俺は、その動きについていくことができない。
ゼオンの力に、耐えられそうにない。
〝――くれ〟
意識を失いかけていた俺の耳に、何者かの声が聞こえてきた。
誰だ? 倒れている兵士の声……か?
〝――助けて、くれ〟
いや、違う。
この脳に直接響いてくる感じ。誰かが口を開いて空気を震わせているタイプの音じゃない。
この声は、まさか。
聖剣?
あけましておめでとうございます。
この小説も気がつけば60万文字超えと、ラノベ5~6冊分といったところでしょうか。
物語的には中盤の真ん中ぐらい。
今年も頑張りますのでよろしくお願いします。




