首都圏での軍議
アスキス神聖国、首都近郊にて。
軍を進めた俺たちは、首都のかなり近くまでやってきた。
ここはいわゆる衛星都市の一つ。都市に農村からの食糧や鉱物等を送るための貿易の拠点だ。
人口は一万を超えるだろう、防壁や柵はないものの、民家や商業施設、教会等様々な建物が乱立する。南部の農村には存在しなかった、都市的な性格を帯びた町だった。
もはや首都圏と呼んでいい、そんな位置。
兵士たちはいくつかの宿、空き家へと宿泊。そして俺たちは役所の会議室に集まって議論をしていた。
いわゆる軍議という奴だ。
メンバーは以下の通り。
グラウス共和国大統領、赤岩つぐみ。そして勇者である俺。
マルクト王国国王、アウグスティン。
合流したアスキス神聖国の将軍。
投降魔族代表、ブリューニング。
その他各国の主要な軍人が数名程度。トップばかりが集まった会議だ。
「斥候の報告によれば、首都近辺に魔族の影はなし。そして難民の話を聞く限りでは、やはり刀神ゼオンは都市の中にいるとみて間違いない」
テーブルに敷かれた地図を見下ろしながら、つぐみがそう説明した。周囲にいた軍人たちが頷いたり、時には地形に関する細かい指摘をしていく。
「…………」
国王、アウグスティン8世もそれをじっと見ている。
本人の熱意は伝わってくるのだが、専門家ではなくましてや戦うこともない彼は役に立っているとは言えない。しかし兵士の士気や国家の政治的バランスを考慮すると、国王がここにいるというのはとても重要なことらしい。
そういう意味では俺も発言は少なく、彼に似ているかもしれない。大軍の指揮をとっているわけではないから、なかなか肩身の狭いところだ。
「明日、我々は四方から軍を投入し都市を解放する。熾烈な戦いとなるだろう。皆、覚悟して欲しい」
アスキス神聖国首都、セントグレアムは円に近い形をした都市だ。東西南北に大きな門が設置され、そこが主要な侵入経路となっている。
門からは中心部に向けて大通りが存在し、中央には大きな広場が存在する。かつてグラン・カーニバルの終着点として醜い祭りが行われていた、あの場所だ。実質政治の中心地である大礼拝堂もこの近くにある。
「先陣を切るのは勇者と聖剣・魔剣使いたち。匠には苦労をかけるが、目的達成のためにもよろしく頼む」
「願ってもない申し出だ」
俺たちの役目は戦場で戦うこと。戦国武将のように一番槍を望むつもりはないが、少しでも犠牲が減るのならそれが一番だ。
「俺たちはどうすればいい?」
魔族、ブリューニングが声を上げた。彼ら投降魔族は数にして五十体弱とそれほど多くないが、その戦力を考えれば重要な戦力だ。
「ブリューニング殿には都市から逃げてくる難民の護衛をお願いしたい。暴徒や魔族に襲われれば事だ」
「それが俺の仕事か。分かった」
城壁の外で働くってことか。ゼオンと直接の戦闘はなさそうだな。
まあ、あいつらもゼオンとは戦いにくいだろうしな。裏切らないとは思うけど、それが一番無難な選択だと思う。
兵士たちが攻め入る経路や各人員の配置については、これで十分だろう。
重要な案件がほぼ片付いたこのタイミングで、俺はゆっくりと口を開いた。
「少し、確認しておきたいことがある」
「なんだ匠?」
「……乃蒼と咲の件だ」
軍議で私的な事を話題に上げるのは、少し場違いかもしれない。しかし乃蒼は俺の婚約者であり、咲はマルクト王国の王妃。俺にとっても国にとっても、重要な事柄のはずだ。
「ブリューニングに聞きたい。乃蒼の剣はゼオンが持ってるんだよな? 他の剣も一緒に、何かの魔法でどこかに収納してるのか? あいつ、剣を何本も持っているようには見えなかったけど」
確か、なんだか空間っぽい魔法を使って黒い亀裂から剣を抜き出したような……。
「君の婚約者の話か」
俺のクラスメイトが奴によって剣にされてしまったことは、すでに話をしてある。ゼオンと近い立場にいたブリューニングは、その収納場所について心当たりがあったらしい。
「あれはゼオン様の魔具でな、『籠ノ鞘』と呼ばれるアイテムだ。あの方はいつも木の枝を咥えているだろう? あれがアクセスキーになっていて、異空間に剣を収納できる」
異空間に剣を収納するマジックアイテムか。
「それは、ゼオンしか扱えないものなのか?」
「そんなことはない。魔法とは違い魔具は誰にでも扱うことができる。君たちも魔族から奪ったいくつかの魔具を使っているだろう? あれはそういうものさ」
「子猫も持ってるもんな……」
つまり俺たちが全力でゼオンを倒したあと、その『籠ノ鞘』とかいうレアアイテムを奪えばいいということか。
たとえゼオンが素直に剣を返してくれなくても、ある程度はあてができたということだ。元々手加減してどうにかなる相手じゃない。全力で戦えると言うことは、戦闘にとってある程度有利に働くはずだ。
「咲については何か聞いてるか?」
「王妃さんの話は直接聞いたわけじゃないが、おそらく丘の上の修道院だろうな」
「修道院?」
たしか、亞里亞が修道院の話をしてたな。聖職者の性奴隷を閉じ込めてる建物らしいが……。
咲は大丈夫だろうか?
……この状況で事に及ぶほど、聖職者たちも愚かではないと信じたい。
「偉い人は全員そこに閉じ込めてある、と聞いている。今も生きているかどうかは保証できないが、まずはそこを探してみるといい」
「枢機卿たちもそこにいるのか……」
顎に手をあて、考える仕草をしながらつぐみが独り言を呟いた。
そういえばつぐみは枢機卿たちをどうするつもりなんだろう? 亞里亞の件もあるし、元のままというわけにはいかないと思うが……。
まあ、俺には政治的な駆け引きは難しい。今は全力でゼオンと戦いたいしな。その辺りは上の人間に任せるとしよう。
「私からも一つ、ブリューニング殿に尋ねたいことがある」
そう言ったつぐみは、懐から一枚の紙を取り出し、ブリューニングに見せた。
少女の顔が描かれた、手配書のような紙だ。
「この張り紙に心当たりはあるか? 難民が持っていたものなのだが……」
描かれた少女は、俺にとってもつぐみにとっても見覚えのある人物だった。
「小鳥?」
草壁小鳥。呪われた魔剣ベーゼによって狂ってしまった一紗たちの友人。
紙には小鳥の顔が描かれていた。アスキス神聖国で指名手配になっているのか? と思ったがそうではない。その紙には発見時の報奨金とともに……ゼオンの名が記されていたから。
ゼオンは小鳥を探しているのか? セントグレアムの市民を使って?
手配書を見たブリューニングは、少しだけ口元を緩めて笑った。
「まあ、昔からの話さ。あの方は自らの武を極めるため、常に力強い相手との戦いを望んできた。中でも多くの魔族たちを屠り、『黒き災厄』という異名まで与えられたあの女には並々ならぬ執着を抱いている。まあ、ゼオン様ほどじゃないが、俺も機会があれば手合わせ願いたいと思っていたしね。常に強さの高みを目指す。そんなあの方に、憧れていたんだがな……」
ブリューニングの顔に影が差した。人質を取り、民間人を虐殺している今のゼオンは、彼にとって尊敬に値しないと言うことだ。
小鳥たちは俺たちも探しているが、今のところ目撃情報はない。大都市に現れたなら俺たちの耳に入っているはずだし、まだグラウス共和国の森をうろうろしているのかもしれない。ここにいるゼオンが彼女をすぐに見つけることは不可能だ。
いずれにしても、決戦は避けられないということだ。
その日、いくつかの重要な取り決めを決定した俺たちは、軍議を終了した。
明日、首都を攻略する。
乃蒼、咲、ゼオン。
不安と恐怖に少しけ緊張しながら、明日の激戦にそなえ……俺はゆっくりと寝床についたのだった。




