聖剣との絆
ブリューニングの必殺魔法、〈万壊〉。
それは聖剣すらも一刀両断してしまう威力を秘めた、武器の強化魔法だった。
聖剣・魔剣は生きている。当然俺の持っているヴァイスだって、こいつと戦っていたら壊されてしまう危険がある。
直接斬撃するタイプのエリナはもっと危険だ。あのじいさんとは〈真解〉の約束もあるし、絶対に死なせてはならない。
「〈白王刃〉」
とりあえず遠距離攻撃なら、と俺は〈白王刃〉を放った。こいつは敵の周囲に複数の白刃を出現させ、一斉に攻撃させる技だ。
「うらぁっ!」
対するブリューニングは戦斧を縦横無尽に回転させ、その四方八方から迫りくる白刃をすべて弾き飛ばした。
パラパラと、白刃だったものの残骸が雪のように降り注いでいる。
「この程度か? ゼオン様風に言うなら、『鍛錬が足りん』ってところか」
「まだまだ……これからさ」
強い……。
やはり並みの魔族とは違い、爵位持ちの実力者は桁が違う。そしてその中でもこのブリューニングという奴は、突出して実力があると思う。
俺は矢継ぎ早に〈白王刃〉を放った。しかしブリューニングにとってその攻撃はさして脅威でないらしく、すぐにはじき返されてしまう。
……まずい。このままじゃあ……。
「そろそろ、覚悟はいいか?」
「……っ!」
来る。
ブリューニングは自らの脚に力を込め、ジャンプした。
高い。
まるで鳥が空へと羽ばたくように……跳躍。
太陽を背にしたブリューニングは、近くの木々へ飛び乗りながら徐々にこちらへの距離を詰めてくる。右に、左に、枝の揺れる音だけが奴の移動を知らせてくれる。俺の動体視力では全く捕えることができなかった。
逃げられない。
逃げれば、他の一般兵士たちにも被害が出る。
増援の期待はない。今もこちらに向かっていると信じたいが、ピンチの時に都合よく現れてはくれないだろう。
考えるな。
神経を研ぎ澄ませ。
たとえ今は見えずとも、奴は必ず俺に攻撃を仕掛けてくる。その巨大な戦斧を使った物理攻撃だ。なら最大限に接近してきたその時、奴の姿は俺に視界に映りこむはず。
来たっ!
俺はとっさに聖剣ヴァイスを構えた。訓練のたまものなのか、考えるよりも早く手が動いてしまった。
「――〈万壊〉」
対するブリューニングは〈万壊〉を起動。さっきの出来事を見る限り、おそらくこのヴァイスもまた……破壊されてしまうだろう。
破壊。
「…………」
俺は……白き刃の聖女と呼んでいたあの女の子のことを思い出した。
何度……あの子に助けられただろう。窮地を脱してきただろうか? 一紗からもらったこの聖剣は、俺の希望であり誇りだった。
聖剣は生きている。あの子だってアントニヌスだって乃蒼だって、みんな生きてるんだ。
壊していいものじゃない。それは彼女たちを殺すことに繋がるんだから……。
俺は……あの人たちを……。
だから……。
「ぐ、うぅ……おおおおおおおおっ!」
聖剣と斧が接触する、その瞬間。
俺は、迫りくる奴の斧を手で掴んだ。
「勇者様! 危ない!」
「血迷ったのですか!」
「おやめください勇者様! このままでは、あなた様の腕が……」
周囲の兵士たちが顔を蒼白にしながらそう叫んだ。彼らの希望を一身に背負う俺としては、耳を塞いでしまいたくなるような悲痛な叫びだ。
手を覆うのは、革の手袋だけ。刃物や鈍器をくらって無事で済むレベルではない。
これを愚かと言わずしてなんと言おうか。俺は自らの剣を庇うため……自らを差し出してしまったのだ。
「……っ!」
これにはさすがのブリューニングも驚いたらしい。しかし振り上げた斧を止めるわけにもいかず、重力にその身を任せる以外方法はない。
正気を疑ってる、って顔だな。
ああ……正気じゃないさ。俺だって何をしているか分からない。
ただ……守りたかった。
俺のかけがえのない友を。いくどとなく窮地を助けてくれた……仲間を。
「……守る!」
肩手で斧を掴み、そしてもう片方の手で聖剣を支える俺。手と聖剣、この二点でブリューニングの斧をはじき返そうとしていた。
無謀、と言わざるを得ない。俺を含めこの場にいる者のすべてが、悲惨な未来を想像していたことだろう。
だが……俺は無事だった。
手が、切れていない。
あれほどの一撃。しかも落下によって体重の乗せられた力は絶大。ましてや〈万壊〉という強化術が施された武器なのだ。俺の手なんてまるで魚の切り身かなにかのようにきれいに切り刻まれてしまう……そんな予想すらしていた。
だが結果はどうだ? 俺の手も、聖剣も無事だった。おまけに奴の重い斧を……この手で弾き飛ばしてしまった。
にもかかわらず俺の手は完全に無傷。確かに、斧の圧力をその手に感じていたはずなのだが、骨折どころか切り傷すら皆無だった。魔法で強化していたとか、重心をずらしたとかそんな器用な話じゃない。
なぜだ?
なぜ、俺の手は無事だったんだ?
まさか、そういうことなのか?
〈万壊〉、と呼ばれるブリューニングの武器強化術。その性質、そしてそれに付随する弱点……それは……。
「驚いた」
俺から距離を取ったブリューニングは、戦斧を地面に叩きつけてそう言った。
「まさかこの魔法の性質を理解していたのか? 君は。誰かに聞いたのか?」
「買いかぶらないでくれ。まったくの偶然だ。長年連れ添った剣を……焦って庇おうとしてしまった結果だ」
「ははっ、なんだそれは。君は面白いな」
ブリューニングは笑った。




