戦斧の一撃
目覚めると、そこは藁の中だった。
隣には亞里亞が寝ていた。すうすう、と寝息を立てる彼女を見ていると、昨日までの乱れた姿をまるで夢のように感じてしまう。
だが、この手に残る温もりは……紛れもなく現実。
俺は、やっちまった……。
聖女を、抱いてしまった。
これで俺は名実ともにアスキス教徒の敵となってしまったわけだ。教皇が生きていたら、血眼になって俺を追いかけていたのだろうか?
「……んんぅ、匠様」
そう言って、俺の胸にキスをする亞里亞。その心地よい感覚に、目覚めていたはずの頭がぼんやりとしてくる。
まだ眠っていたい。
もう少し、と思いながら藁の布団をかぶった。朝日はまだ昇ったばかりだ。兵士たちがここを発つまで、もうしばらく時間が……と思っていたのだが。
ドン、と部屋のドアを開ける音が聞こえた。
続けざまに激しいノック音が響く。古い木材でできたこの木の家が……衝撃で壊れてしまわないかと不安になってしまうレベルだ。
な、なんだ? まだ集合には早すぎるぞ?
けたたましい音とともに、木製のドアが蹴り破られた。
「三・刀・流っ! 伝説の剣士西崎エリナ! 参上!」
右手に聖剣ゲレヒティヒカイト、右手に兵士から奪ったロングソード、口には同じようにロングソードを構えたエリナが、許可もないのに部屋に押し入ってきた。三刀流を俺に見せたかったのだろうか。
口に剣咥えてるのによく喋るな。
「あ……」
と、エリナは咥えていた剣を落とした。
ベッドには全裸の俺と亞里亞。何が起こったかは、火を見るよりも明らかだ。
「……あぅ、ああわわわわああわあわ」
この光景が恥ずかしかったらしく、亞里亞は藁の布団にくるまって顔を隠してしまった。勘弁してほしい。エリナの相手は俺一人じゃ無理だ。
「ち、違いますの! これは……これは神に祈りを捧げる聖なる儀式です。けけけ、決して匠様と交わっていたのではなく、肌を重ねることによって一体感を得るためもの。い、いかがわしいお店ではありませんわ」
亞里亞、焦りすぎて何言ってるか分からないよ。少し冷静になってくれ。
「ずーるーい!」
俺たちの周囲を子供のように駆けまわるエリナ。まだ朝も早いのに元気な奴だ。
「ずるいずるいずるいずるい! あたしも匠君とセッ〇スしたいしたいししたい。うおおおおおおおおおおおおおっ!」パンパンパン!
瞬間、俺はエリナに抑えつけられ、下半身を激しく打ち付けられた。
止めろ。
お尻がいたいんだよお前のそれは……。お前が男だったらさ、俺大変な目にあってるかもしれないんだぞ? 少しは自重しろよ。
「うあああああああん! ヤダヤダあたしもするのおおおおっ! セッ〇スするのおおおおおおおっ!」
「いや、後で話はするから頼むから大声出さないでくれ」
すでにこの部屋は密室ではない。エリナが蹴り破ったドアの先から、数人の兵士たちがこちらをちらちらと見ている。皆ある程度事情は知っているわけだが、『また勇者様のハーレムか』などと片づけられる俺の心境になってほしい。嫌すぎる。
やってきたエリナや恥ずかしがっている亞里亞をなだめながら、俺は出発の準備を始めるのだった。
後日、連合軍はさらに北部へと進んでいった。
一刻も早く、ゼオンのもとにたどり着かなければならない。捕えた魔族たちから情報を得つつ、俺たちは首都を目指していった。
ここはとある街道。
かなり広く設計されたこの街道は、森林地帯を強引に切り開いて作られている。時々野生の生物が飛び出してくること以外、障害物は少ない。
広い道、と言っても軍人百人ずつ整列なんてできるわけもなく、せいぜい十人程度。それも襲われた時のためにある程度間を空けての進軍となった。
俺、エリナ、その他聖剣・魔剣使いを適切な場所に配置し、各軍団にある程度の守備力を持たせている。
広い道といっても、周囲は森林ばかりの立地だ。村もなければ人もいない、当然彼らを襲う魔族もいない。
だからしばらくは、平穏な進軍だった。だが――
……妙だな。
進行方向がやけに騒がしい。
悲鳴、馬の鳴く声、気合を入れる声。明らかに戦闘、それも苦戦しているタイプの音だ。
駆け出そうとしたちょうどその時、突如、鎧のひしゃげた兵士が前方から走ってきた。
「おさがりください勇者殿、この先は危険です」
「なんだ、何があった?」
「これまでの奴らとは比較できないほどの強力な魔族です。ここはいったん下がり、陣形を整えるべきか――」
と、兵士はその先の言葉を続けることができなかった。
吹っ飛ばされたからだ。
敵の持っていた巨大な戦斧は、人間一人を軽々しく吹き飛ばすほどの威力を秘めていた。
その戦斧を持つ、魔族の名は……。
「君か……」
「ブリューニングさん」
第八階層迷宮伯爵――万壊のブリューニング。
かつて迷宮で出会い、一紗と俺を引き合わせてくれた恩人。
スキンヘッド、浅黒い肌、黒いタンクトップ型のシャツと下はジーンズ。身長二メートルを超えるほどの厳ついおっさんだ。
遠目から見ればただの人間に見えるかもしれない。だがこれだけの戦斧を軽々と振るえるのは……魔族ぐらいだ。
「……あんたも、この侵攻に駆り出されてたんだな」
「俺は魔族だからな」
「……俺たちの、敵なんだよな?」
「俺はゼオン様から人間を殺すように命令を受けている。君たちの……敵だ」
「……そうか」
俺は剣を構えた。
ブリューニングは斧を振り回した。
いつか、こうして戦う日が来るんじゃないかと思っていた。
「行くぞ」
「来いっ!」
俺の剣とブリューニングの斧が、激突した。




