匠様は神
進軍は滞りなく進んでいった。
アスキス神聖国はあまりに弱すぎた。だからゼオン率いる魔族軍は戦線が拡大しすぎ、散り散りになってしまって上手く連携が取れていない。孤立した魔族たちを打ち取ることは、それほど難しいことではなかった。
何より集団としての魔族たちにも積極的に俺たちを倒そうとする意志がないように見える。個々の魔族は勇敢に立ち向かってくるものの、協力してとか策を練ってとかそう言った努力が見られない。
結果として、俺やエリナが大活躍して多くの村が解放された。つぐみたちと合流してすでに二週間が経過したが、軍は南部から中部へと移動していた。
国単位でみれば順調だと思う。だがまだ首都までの道のりは遠く、ゼオンに至るのはしばらく先だろう。
乃蒼、それに咲の身が心配される。
ここはアスキス神聖国中部、とある村。
この辺りはそれほど人が住んでいなく、豊かな自然に覆われた立地。村は森林の一部を切り開いて作られたらしく、閉鎖的な田舎といった印象だ。
だがこういった資源に乏しい場所だからといって、魔族がやってこないわけではない。そもそも奴らにとって富などあまり関係ないのだ。村の住民は魔族の侵攻により逃亡、無人となったこの村を連合軍が使用することになった。
夜、皆が寝静まった深夜。
俺は眠れなかった。
いろいろ理由がある。
まずは寝床。
ベッド、ではなく藁で敷き詰められた雑な寝床だ。つぐみや被害者の少女たちに良い部屋を譲ってしまった結果だった。
森からは聞いたことのないような動物のなき声が聞こえる。鳥か、あるいは猿か狼かは知らないが情緒を通り越して不気味なぐらいだ。
――コンコン。
と控えめにドアを叩く音が聞こえた。こんな時間に、来訪者だろうか?
「……亞里亞?」
ドアを開くと、そこには亞里亞がいた。
修道服の上に、白っぽい外套に身を包んだ少女。夜の森の寒さに当てられ、吐く息が白くなっている。
「……眠れないのですわ。よろしければ、少し雑談をと思いまして」
彼女は聖女として各地を動き回ってはいたものの、あくまでそれは教会騎士付きの重鎮扱い。こうして軍を近くにして廃村に泊まることなど、これまでなかったはずだ。
俺が助ける前の件もある。いろいろな意味で、疲れがたまっていたのかもしれない。
「入ってくれ」
俺は彼女を招き入れた。
田舎、しかも捨てられた廃村だ。気の利いたもてなしなんてできないし、そんな用意もなかった。
亞里亞は敷き詰められた藁の上に正座した。
「俺が助けた他の女の子たちはどうしてる? 合流するまで、かなり重労働だったと思うけど……」
「共和国の兵士様方には大変よくしてもらっていますわ。皆、心から安心してものを食べたり熟睡したり。あんなことのあった日が、まるで遠い過去のよう……」
「…………」
過去、というにはあまりにショッキングな出来事だったはずだ。なぜ彼女がこんな不幸な目に合わなければならなかったのか?
思い出すのは、まだ昔の勇者の屋敷に暮らしていた時の事。司祭の甘言に騙され、亞里亞が屋敷を出て行ってしまった……あの日。
「俺がもっとしっかりしていれば、亞里亞を止めることができたかもしれないのにな……。みすみすカルト教団に手渡してしまってすまなかった。俺がもっと……あの時止めていれば」
「でも、匠様はこうしてわたくしを助けてくださいましたわ。それだけで、もう十分」
「亞里亞……」
俺たちはとりとめのない話をした。
クラスメイトのこと。
仲間になった魔族のこと。
鈴菜が妊娠したこと。
しばらく離れていた俺たちだったから、話題に事欠くことはなかった。
気がつけば、肌寒さがさらに増していた。一時間だろうか、二時間だろうか。随分と話し込んでしまったものだ。
「もう夜も遅い。俺が建物まで送っていくよ。確か広場を挟んで反対側の家だったよな?」
「…………」
「亞里亞?」
「……ん」
瞬間、唇に感じたほのかに甘く柔らかい感触。
亞里亞が、俺にキスをしていた。
「ど、どうしたんだ亞里亞?」
「匠様の、温もりを感じたくて」
頬を赤め距離を縮めてくる亞里亞。ここまでくれば、さすがの俺でも状況を理解できた。
俺は躊躇した。
亞里亞は短絡的になっているのかもしれない。たまたまた助けたのが俺だから、こうなったんだ。
それに俺には……。
「亞里亞、聞いてくれ」
言わなければ、ならないことがある。
「俺には……婚約者が九人いるんだ。今、俺の屋敷に住んでいるクラスメイト全員だ。……俺はあの教皇と大して変わらないクズなのかもしれない。だから亞里亞……、君の願いには」
「わたくしに……魅力がありませんこと?」
そう言って、亞里亞は修道服を脱ぎ始めた。
おそらく教皇が用意したのだろう、聖女にふさわしくない蠱惑的な下着を身に着けている。
粉雪のように白く、そしてシミ一つない肌はまさに芸術。スタイルのよい体形は……なるほど、確かに教皇が目を付けて当然だ。
周囲がキラキラと輝いていてもおかしくない、まさに聖女にふさわしい美を持った少女だ。
「匠様はわたくしにとって神そのものですわ。十人、いえ百人婚約者がいても不思議ではありませんの。いえ、むしろそれだけの価値のあるお方」
修道服を脱ぎ捨てた亞里亞は、そのままもたれかかるように俺に抱き着いてきた。
彼女の吐息が頬を撫でる。
俺は体が熱くなっていくのを感じた。ドクン、ドクンと心臓の脈打つ音が脳内に木霊する。
いけない……このままでは。
そう思いながらも、亞里亞の声が……感触が愛おしくて、動くことができなかった。
「どうかわたくしにお情けをくださいまし。願わくば十人目の末席に……」
彼女の頬が胸元に触れた瞬間、俺の理性は吹き飛んだ。
「亞里亞っ!」
「ひゃん!」
俺たちを拒むものは何もなかった。
俺は亞里亞を藁の上に押し倒した。彼女の綺麗な金髪が、藁の上に乱れ散る。
亞里亞の胸が、太ももが触れるたびに、言葉に荒らさせないような快感があふれ出てきた。
くちゃくちゃと、互いの舌を絡ませた。
唾液を流しこむ。
「匠様! 匠様!」
俺たちは藁に絡まって互いを求めあった。
あんな事件があった後なのに、傷心の少女に手を出す主人公。
……許すな!




