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蜘蛛の脚でゴミ箱してる人


 俺を含む4人のパーティーは迷宮へと潜った。

 入り口近くに設置された転移ゲートによって、どこかのフロアに転移する。このあたりは一紗たちもすでに探索した場所なので、移動もスムーズにいった。


「今日はこっちに行きましょう」

 

 どうやら頑張って地図を作っているらしく、一紗は紙に書かれたフロアマップを見てそう言った。左側の小さな通路のことを指しているんだろうな。

 

 俺たちは事前に決めた隊列を維持している。

 魔法使いソーサラーであるりんご、射手アーチャーである雫は言うまでもなく後衛ポジション。そして最前線に立つのは魔剣も使え魔法も使える一紗だ。

 本来ならば剣を持つ俺も前衛に立つべきなのだが、未だ慣れていないということもあり見習い扱いである。皆に守られるように、真ん中を歩いている。


「鈴菜に役立つ魔具は手に入りそうか? どこか目星は付いてるのか?」

「どこに宝があるか、なんて分からないからね。しらみつぶしに探すしかないわね。あんたも何か見つけたら、声をかけるのよ」

「ああ、初めからそのつもりだ」


 そうだよな……。宝が分かりやすい場所にあるわけないよな……。

 気の長い話になりそうだ。


「……っ! 気を付けて!」


 一紗が手を振って俺たちを下がらせた。

 聞こえる。

 何か巨大なものがうごめく音。曲がり角の先から、重い気配を感じる。


 まず一紗が剣を構えながら飛び出した。続いて、俺とりんごたちがその後ろにつく。


 うぉ……でかい。


 そこには、俺の身長をゆうに超えた巨大な毒蜘蛛がいた。

 知性を感じさせない見た目だから、魔族ではなく魔物という分類でいいと思う。

 王国近郊の洞窟に沸いている野良モンスターとはわけが違う。並みの冒険者では歯が立たないだろう。


 一紗は剣を振り、大蜘蛛の脚をはじき返す。まるで金属のような固いその外骨格に、思わず顔をしかめている。


「暗き氷の王ニブルヘイイムよ!」


 りんごが杖を構えて、魔法を詠唱する。


「凍てつく大地、停まる時、世界に冬を招きたまえ。〈嘆きの凍獄コキュートス〉っ!」


 〈嘆きの凍獄コキュートス〉。

 第10レベル、すなわち人間が扱うことのできる最強魔法だ。りんごの水魔法適性はSランク。そんな彼女をもってしても、迷宮での戦いを経ることでしか身に着けることができなかった、そんな魔法である。


 りんごの魔法は広めの通路を完全に凍らせてしまった。蜘蛛の魔物はもがいて氷漬けになることを回避したが、足の一部が凍傷によって動かなくなってしまう。


「あの気持ち悪い目、全部射る」


 続いて、雫が弓を射た。矢を取って、構えて、引く。一連の動作は流れる水のようにしなやかに、そしてその狙いは正確だった。

 8つある蜘蛛の複眼すべてへ矢を突き刺した。


 蜘蛛が悲鳴を上げるように顎を鳴らした。


「――〈白き刃の聖女〉っ!」


 一紗が放った白い刃は、大蜘蛛の体を完全に切り裂いた。

 大蜘蛛は紫色の血のような液体を周囲にばら撒き、完全に沈黙してしまった。確認するまでもなく、死んでいる。


 ちなみに俺は何もしていない。情けない話だが、俺が手を出すまでもなくすべてが決してしまった。 

 俺だって適性はあるんだ。鍛えればこいつらと同じように活躍できる。次からは、もう少し積極的に戦闘へ参加するようにしよう。


「今日のかずりんは絶好調ですな」


 りんごが上機嫌で杖を回している。

 ちなみにこの杖、別になくても魔法は使える。ただ杖があった方が魔法の方向性や威力を調整しやすいらしい。俺には細かい差過ぎて理解できないんだが、専門家はよくそんなことを口にする。


 一紗は聖剣と魔剣を鞘に納め、俺の方を見た。


「こいついると、なんか守ってあげなきゃって気分になるのよね。ほら、なんか頼りないし」

「……おい、それは遠まわしに俺を馬鹿にしているのか?」

「……匠が優だったら良かったのに」

「俺も一紗が優だったら良かったって思うよ」


 優は一紗の彼氏で俺の親友だ。気配りができて頼りになるやつだから、こういう時にいてくれればきっと心強かったと思う。男の俺がこう思うんだから、彼女の一紗はなおさらだ。

 

 一紗は周囲を確認するように歩き始めた。大蜘蛛がいた場所だ。何か隠された宝があるかもしれないと思ったのだろう。

 しかし、思うようなものは見つからなかった。どうやら蜘蛛は守っていたとかそういうのではなく、本当にただここにいただけらしい。

 一紗はがっかりした表情で項垂れていたが、ふと、何かを思いついたようにあるものを拾い上げた。

 大蜘蛛の脚だ。

  

 何か変な鼻歌を歌いながら俺にすり寄ってきた。まるで恋人がそうするかのように、腕を組んで体を密着させる。

 一紗の綺麗な形をした胸が俺の腕に当たってる。胸当てだけど。


「ねーねー匠、これ、食べる?」


 どう見ても食べられそうにない紫色をした肉を持つ巨大な脚。焼いても煮ても食えそうにないから当然生でも駄目なただのゴミだ。


「当然のように蜘蛛の脚を突き出してくるのは止めてくれないかね一紗君。俺の口はゴミ箱ではないのだぞ」

「匠がゴミ箱してるところ見たい人、手をあげて!」

 

 さっと手を上げたのは一紗と雫。りんごは苦笑いを浮かべながら頬をかいている。


「賛成2中立1反対1によりこの法案は民主主義に則り可決されました。蟹は蜘蛛の仲間らしいわよ。案外、口にしてみればおいしいかも?」

「なら自分で試してくれ、俺はやらない」

「ねえ、ちょっと味見してみない? ちょーっとだけ、先っぽだけでいいからさ」

「いやです」

「ちぇー」


 一紗は蜘蛛の脚を投げ飛ばした。もちろん彼女は本気ではなく冗談を言っている。俺は長い付き合いだからそういうことはよくわかっていた。

 しかし、それでも蜘蛛の脚を頬にくっつけられるのはいい気分がしない。冗談でも勘弁してほしい。


「頬にねちょねちょしたのが付いてるんだが、一紗、舐めとって――」

「食え」


 雫は笑いながら俺の口に蜘蛛の脚を突っ込んできた。話していた俺は口を開いていたため、見事に蜘蛛の脚を加えこんでしまう。


「……くくく、お前には残飯処理がお似合いだこの犬野郎」


 2本、3本と蜘蛛の脚が雫によって俺の口へぶっ刺される。


「あががががが……」

「ちょっと雫、止めなさいよ。病気にでもなったらどうすんの?」


 いや、先に話題振ったのはお前なんだけどな。冗談でもこの子にネタを与えた罪はある。反省しろ。


 俺は蜘蛛の脚を吐き出した。ちょっと液体が喉に入ってしまったかもしれない……。

 ……ひどいめにあった。あんまりだよ。


「たっくんこれお水」


 心優しい女神のようなりんごが、俺に水筒を差し出してくれた。俺はそいつを使って口をゆすいだ。


「みんなたっくんがいるから舞い上がっちゃって……。この前まではりんごが冗談言ってもなーんにも反応してくれなかったんだよ。ひどいよねー。みんな男の子大好き、絶賛ってわけだよ君! ハーレムだよ!」

「ちょっとりんご、余計なこと言わないで。こいつ調子に乗るから」

「りんごが言うなら訂正すれば許すが、こいつが言ったなら問答無用でぶっ殺す。血反吐をぶちまけて死ね」


 ……あ、はい。


 まあ、こんな奴等だけどしっかり魔物は倒してしまったわけで。実力は本物だったということだ。その点は安心していいだろう。

 俺は絶命した大蜘蛛を見て、改めてそう思った。


「お前らホントすごいよな。これまでずっと三人で頑張ってきたんだもんな、そりゃ成長もするよな」


 と、褒めたつもりだった。

 しかし、一紗は俺の言葉に反応し、顔を曇らせる。


「……そうね、ホントは4人だったんだけどね」


 一紗がぼそりと呟いた。

 ……しまった、少し配慮の足りない台詞だった。


「……ごめん、俺が考えなしだった。一紗たちにとっては、大切な友達だもんな。苦楽をともにしたあの子のことを、思い出させてすまなかった」

「いいのよ、悪気はないってわかってるから」


 本当は、もう一人いた。

 いわゆる戦士・剣士系統の少女。クラスの女子であり、一紗の友達でもあり、そして俺とも何度か話をしたことのある彼女。

 本来であれば、前衛は彼女と一紗が務めていた。今、前衛が一紗一人の負担になりアンバランスなのはそのためだ。

 今はもう、ここにいない人。

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