四面楚歌
強姦祭――グラン・カーニバルの主役が亞里亞だと聞かされた俺は、すぐに彼女を救出しようとした。
だが会談の地からアスキス神聖国の首都まではどれだけ急いでも二週間かかる。そしてグラン・カーニバルが始まるまでは一週間だった。
正攻法では絶対に間に合わなかった。
俺は無い知恵を絞っていろいろと考えた。しかしそんな焦った状況でいいアイデアが思い浮かぶはずもなく、途方に暮れてしまった。
そんな中、つぐみが妙案を思いついた。
――レグルス迷宮を使えばいいのではないか?
レグルス迷宮。
かつて魔族たちの本拠地であったその迷宮は、地上に点在する転移門と呼ばれる場所から入ることができる。グラウス共和国はもちろん、神聖国の領地にもそういった出入口が存在するのだ。
俺はグラウス共和国側の転移門からレグルス迷宮に入り、神聖国側の転移門から出た。一種のワープだ。
神聖国側の転移門は、他国ということもあり場所がはっきりとしていない。だから俺は転移門をしらみつぶしに探すしかなかった。
多少の運に任せたやり方だ。だがこうでもしないと間に合わないものは間に合わない。
転移門近くに立っていた兵士を問いただし、見事神聖国入りしたことを確認した俺は、すぐさま首都へと向かった。時間的にはもう間に合わないかもしれない、そんな懸念を胸に抱いて……。
だが、俺の見る限り祭りはまだ始まったばかりのようだ。
俺は……間に合ったのだ。
エリナや他の聖剣使いも別の転移門へ向かったはずなのだが、俺が一番乗りらしい。
「――〈白刃〉!」
俺は〈白刃〉を放ち近くの石膏像を破壊した。群衆を遠ざけるためとはいえ無関係の人を傷つけるわけにいかない。
飛び散った破片が人払いの役割を果たし、俺は見事亞里亞のところまでたどり着いた。
「大丈夫か? 亞里亞!」
「匠様! 匠様ぁ」
泣きじゃくる亞里亞が俺に抱き着いてきた。
そして俺のことを敵意ある視線で睨みつける男がいる。
この身なり、こいつが教皇か?
「あんたが教皇か? 祭りはもう終わりだ」
「…………」
それを理解しろ。
次に俺は、この広場へと集まっていた民衆に語り掛ける。
「なあ」
しん、と静まるこの場は俺の声が良く響く。誰もが、乱入者である俺に困惑しているのだ。
「お前らさ、ホントにこれでいいのか?」
「…………」
「亞里亞は泣いてた。他の女の子たちもだ。寄ってたかって女をいたぶって、あんたらそれでも人間か? 俺の言葉を少しでも理解してくれるなら、もうこんなことは止めてくれ! 俺はこの野蛮な祭りを……止めるために来たんだ!」
俺の気持ちを、素直に言葉にしたつもりだった。
こんなひどいことが許されるはずがない。普通の市民なら俺の気持ちを理解してくれる。そういった打算があった。
だが――
「黙れっ!」
声が、聞こえた。
俺は一瞬、反論したのは聖職者かと思ってしまった。そう思いたかったと言ってもいい。
だが実際俺に文句を言ったのは、ついさっきまで白装束の女の子を押し倒していた……民衆の一人だった。
「邪魔すんなよこの糞野郎!」
「こっちは何日我慢したと思ってるんだ」
「部外者が、さっさと出ていけ!」
矢継ぎ早に帰ってきたのは、耳が痛い罵声だった。
「……嘘、だろ」
どこかで、悪の王と虐げられた民みたいな構図を思い描いていた。農夫の件を知っているならなおさらだ。
助けてくれるとは思ってなかったが……まさか……罵声を浴びせられるだなんて。
俺は呆れてものが言えなかった。聖職者だけじゃない、この都市の住人もまた……毒されているなんて。
「――余は民に選ばれた王」
観衆が味方したことに気を良くしたのか、教皇は上機嫌で口を開いた。
「理解が足りませんね異世界人。あなたは五穀豊穣を願う神の祭典を邪魔したのです。我々は数年に一度行われるこの祭りを、大変楽しみにしています。子を孕むことは豊作への祈り。これは聖アントニヌスの時代より続けられた、我らの伝統! 部外者が勝手な正義感で口を出してよいものではありません! 神罰が下りますよ!」
饒舌の教皇。そしてそれに呼応するように彼を喝さいする民衆。
なんてことだ……。まさか……ここまで周りが敵だらけとは……。
「我が民たちよ! この異教徒に何か言うことはありませんか!」
「聖女を差し出せえええええええっ!」
「一人で出ていけっ!」
く……。
「グラウス共和国では民が王を選ぶと聞いています。あなたも共和国の作法にならい、我が国の民の声に耳を傾けてみては? 聖女を置いて惨めに帰れば、神の名のもとにその罪を許しましょう」
「この土人どもめ! いい加減にしろ!」
怒りに任せて切り殺してしまいたかった。
だが俺は勇者だ。この剣は敵の魔族を倒すためにあり、むやみやたらに人間を殺すものではない。
が……人を傷つけないなんて甘いことを言うつもりはない。
「――〈白王刃〉」
無数の白い刃が一斉に観衆へと降り注いだ。一応ある程度殺さないように調整はしたが、鋭利な刃が彼らの薄皮を切り裂いていく。
「ぎゃあああああああああああ!」
「こいつ! マジで俺たちを殺す気か!」
俺は片手で剣を構え、もう片方の手で亞里亞を抱き寄せた。そのまま民衆の佇む広場の外へと進んでいく。
「どけ。――切るぞ」
身の危険を感じたのか、観衆は我先にと逃げ出していった。
所詮は軍属でないただの民間人。強く出れるのは女にだけというクズたちだ。
「お、お待ちください!」
観衆が逃げ出した後の道を歩いていた俺を呼び止めたのは、白装束の少女だった。先ほどまで襲われていたらしく、衣服のところどころが汚れている。
「私たちも……」
後ろには、同じような少女たちがいた。
俺は一瞬迷った。
亞里亞一人ならともかく、この子たち全員を逃がすなんていくらなんでも無謀だ。兵士たちが追ってきたら、何人かは捕まってしまう。
「わかった、一緒に来てくれ」
無理なのは分かっている。あまりよくない結果が訪れることは想像に難くない。
だが、見捨てられるはずがなかった。
俺は少女たちを引き連れて剣を構えながら進んだ。先ほどの凶行を見ていた人々は我先にと逃げ出すが、これがいつまで続くかは分からない。やがて本当の軍人や警察たちとの戦いになるだろう……。
ともあれひとまず、俺は亞里亞と他の白装束少女たちを連れて、その場から逃げ出したのだった。




