三か国会談へ
アスキス神聖国大使との会談は、不快感を残すだけで終わった。
だが話ができないからといってあの国を無視することはできない。あの地を攻める刀神ゼオンは俺の仲間たちを痛めつけ、そして多くの人間を殺しているのだから。
俺はアスキス神聖国へと向かうことにした。
もちろんグラン・カーニバルとかいう例の祭典を見物するためではない。奴に攫われてしまった乃蒼を助け出すためだ。
勇者の屋敷、自室にて。
俺は旅立ちの準備をしていた。
体は本調子ではないが、盗賊程度なら十分に返り討ちにできるレベルだ。もうこれ以上、待っている必要なんてない。
路銀の確認をしていると、部屋に誰かが入ってきた。
つぐみだ。
「……悪いニュースだ」
悪いニュース? 乃蒼が攫われたこの状況で、これ以上何を聞いても驚きそうにないんだが……。
「咲が刀神ゼオンに攫われた」
「……っ!」
「護衛の兵士は全滅。国王であるアウグスティン八世は見逃されたが、妃である咲は捕らわれてしまったらしい」
「ま、待ってくれ! あいつらは乃蒼を連れて行ったあと、神聖国に戻ったんじゃないのか?」
「それは私たちの勝手な想像だったということだ……」
つぐみは頭を抱えた。
これは確かに悩みが増える問題だ。俺たちの国だけではない、世界規模の話になってくる。
「咲は剣にされていないらしい。そのまま攫われたようだ」
「…………」
そのまま、攫われた?
乃蒼は剣にされてしまった。それは奴が聖剣・魔剣を集めていたからだ。
そもそも俺は、乃蒼が攫われたのはそれが原因だと思っていた。レアな剣だから、珍しいからと、収集家のような気質が働いた結果だと。
だけど咲は剣にされなかった、そしてそれにも関わらず攫われた。後で剣にするつもりだった? それとも、はじめからそれが目的ではなかった?
咲は国王の妃。乃蒼は俺の婚約者で、つぐみともそれなりに話をする。まさか奴は要人を捕えて、俺たちに身代金でも要求するつもりなのか?
「……この事態を受けて、私たちは三か国会談を開くことになった」
「三か国会談?」
「咲が攫われたことはマルクト王国側にとっても由々しき事態。共同で出兵をし、神聖国で彼女たちを助けようということだ」
「……本当に神聖国にいるんだろうな?」
「今度は間違いない。目撃情報も多かったからな」
「…………」
最初の襲撃からそれなりに時間もたっている。多くの情報が伝達された今となっては、目撃情報を集めることはたやすいか。
「会議はグラウス共和国北西部。すなわち参加国の国境にほど近い都市で開かれる予定だ」
「神聖国は誰が来るんだ? またこの前の大使みたいなやつが来たら、話どころじゃないぞ?」
「外務大臣に相当する司祭が来る予定だ。私も何度か話をしたことがあるが、あの大使と違って話の通じる男だと理解している。国の利益を代弁する、政治家のような男という印象だ」
「…………」
ちゃんとした政治家が来るってことか。この前のような無礼な振る舞いがないというなら、話し合いの利益はあると思う。
「匠が神聖国に行きたがっていることは知っている。しかし単身で乃蒼を探すよりも、兵士たちを引き連れていた方が効率的だ。私たちと一緒に来てくれないか?」
情けない話だが、俺たちはゼオンに負けてしまった。
一人では勝てなかった。乃蒼だってどこにいるか分からない。この状況で、俺だけ神聖国に突っ込んで何の価値がある? 何の意味がある?
「……行こう」
多くの兵士が犠牲になるだろう。
でも……それでも俺は……乃蒼を……。
「俺一人では太刀打ちできなかった。マリエルの時と同じだ。また、みんなの力を借りたい」
「匠……」
つぐみが笑った。
俺は追い詰められている。自暴自棄になりかけていた俺を、彼女は心配していたのかもしれない。
その気持ちを……少しだけ心地よく思った。
「……匠君」
と、明るい空気になっていたちょうどその時、部屋にエリナが入ってきた。
エリナはゼオン襲撃当時屋敷にはいなかったから、五体満足で無事だった。しかしそのことは若干彼女の心を傷つけたらしく、今までと違ってかなり大人しくなっていた。
「この……聖剣」
と、エリナは俺に聖剣を差し出した。
「聖剣がどうしたんだ?」
「……呼んでる」
「は?」
「……連れていけって、言ってる気がする」
……まさか、エリナにも聖剣の声を聞く〈同調者〉の資質が?
と、思った俺だったがすぐに考えを改める。なんてことはない、聖剣ゲテヒティヒカイトは目に見えて震えていた。まるで何かを訴えかけるように。
「少し貸してくれ、鈴菜のところにいけば何かわかるかもしれない」
俺はそう言ってエリナから剣を預かり、部屋の外に出た。
そして俺は、一本の剣を手に取る。
聖剣ゲミュート。
この剣は対象の感情をコントロールすることができる。俺に備わっている剣と会話する力――〈同調者〉は感情の昂ぶりがないと発生しないからな。
この剣、聖剣ゲレヒティヒカイトそのものである白い老人――アントニヌスを呼び起こす。
かつてエリナの危機に現れた白い老人が、俺の目の前に現れた。
「……神聖国に行きたい、ってことでいいんだよな?」
「あの国は私の祖国なのでね……。少し思うところがある」
「そうか、なら俺からつぐみに話をしておこう」
「助かる」
どのみち、戦力がいるのは確かだ。エリナが来てくれることは心強い。
それにしても祖国? アントニヌス?
うーん、どこかで聞いたことがあるようなないような。俺の気のせいだろうか?
こうして、俺、つぐみ、エリナは三か国会談へと向かうことになった。
目指すはアスキス神聖国。会談はそのための布石。
良い結果に終わるといいのだが。




