グラウス共和国大統領 赤岩つぐみ
魔法革命、と呼ばれる革命が起こった。
それは異世界人であり俺のクラスメイト、大丸鈴菜が引き起こした一連の技術革新である。
そもそもこの世界、女性が差別されているのには理由があった。
女性には魔法が使えないのだ。
兵士職はもとより、技術や儀式分野でもツールとして扱われていた魔法。女性はあらゆる仕事から締め出され、単純作業の奴隷として酷使されていた。
端的に言えば、鈴菜は女性でも魔法が使える装置を開発した。
彼女が作ったブレスレットを身に着けると、魔法に必要な精霊が寄ってくるらしい。女性には絶対に近寄ってこなかったはずの彼らが、である。
これが大丸鈴菜の魔法革命である。
次に本当の意味で革命が起こった。
これも俺のクラスメイトが起こしたことであるが、詳しく思い出したくもない。
男の貴族、王は追放された。この国は女性を中心に共和国に変貌したのだった。
そして――
「……おーい、勇者の兄ちゃん。アンデッドが出た! 頼むわ」
「待ってろ、今行く」
暗い洞窟の中で、仲間の冒険者からの声が聞こえた。
ゾンビだ。
動きから見ても、そうレベルは低くない。
「天の支配者イノケンティウスよ、天光の罰、正義の雷、この地に清浄の光をもたらしたまえっ!」
俺のロングソードに白い光が集まり、暗かったはずの周囲を照らしていく。
「十字聖域」
「ぎゃああああああああっ!」
ゾンビは消滅した。
こうして、魔王傘下の敵を倒した俺は、平和に向けて一歩前進――
ではない。
そう、ここは魔王が支配する迷宮などではない、グラウス共和国(俺たちが最初にたどり着いた国)近郊の鉱山だ。
さっきのアンデッドは野良モンスター。坑道の奥で自然発生したものだ。こいつ倒したところで魔王は痛くもかゆくもないしこの世界的にも大した貢献ではない。
まあ、この辺で仕事してる労働者にとっては大助かりではあるが……。
「はぁ、俺も勇者やりたかったなぁ」
「ま、きー落とすなや勇者の兄ちゃん。お前はよくやってるよ。女なんかよりもずっとな」
バシバシと、冒険者仲間のおっさんが俺の肩を叩いた。
グラウス共和国冒険者ギルド所属、Aランク冒険者タクミ。
それが俺だ。
「そーいや兄ちゃん、官邸から呼び出しがかかってたぜ。この後行ってくるといいさ」
「うぇ……俺が?」
「安心しろ兄ちゃん、俺らもできる限りいい報告入れといたからな。ま、期待しててもいいぜ」
ニカッ、とタバコで黄ばんだ歯を光らせるおっさん冒険者先輩。
先輩、あんたは分かってないんだよ……。
鉱山を出た俺は、すぐさま目的地へと向かった。
俺は城の中へと入った。
ここは王城ではなく、大統領官邸――通称グラウス宮殿。
俺がこの世界に召喚されたとき、確かにここは王の住まう王城だった。だが革命が起こった今、王の住む城ではなくなってしまった。
この国の王は追放された。今ここを支配するのは王ではない。選挙によって選出された大統領と、彼女を補佐する数人の少女大臣によって構成される。
執務室、と呼ばれる部屋にやってきた俺。
部屋の中央、豪華な椅子に座っているのは、一人の少女だった。
鋭い視線を俺に浴びせる少女。赤い髪は少し癖のあるロングで、背は俺と同じぐらい。
大仰なマント。着ている服はブレザーの制服だが、彼女は肩から軍服っぽい黄色い紐(飾緒)を吊るしている。なんかとても偉い人感がある格好。
俺のクラスメイト、赤岩つぐみだ。
鈴菜によって技術革命が始まったのち、差別されていた女性を引きつれ革命を先導した女傑。
中でも下々の女性たちを鼓舞する彼女の演説は秀逸だったらしい。俺は革命が勃発した場所にいなかったからよくは知らないのだが……。
かくて、彼女は民衆を率いる自由と平等の女神となり、この世界の歪んだ部分を矯正した。
と、そこまでで話が終われば美談だったのだが、なぜか俺までもやり玉に挙がってしまい、一時期は一緒に追放すべきだと主張されていた。
そして俺は与えられていた聖剣魔剣を取り上げられ、冒険者としてこの都市で生きることを余儀なくされたのであった。
「来たぞ、何か用か?」
だんっ、つぐみは机を叩いた。
「この裏切り者がっ!」
「う、裏切り者? 何の話だ?」
「貴様のように女を性のはけ口としか見ていない者を見ると虫唾が走るっ! 死刑だ! 即刻死刑にするべきだっ!」
ギリギリと砕けてしまいそうなほどに歯を食いしばるつぐみ。その瞳は憤怒に彩られ、とてもではないが冷静ではない。
「ちょ、ちょっと落ち着けって。俺だってこの辺の人たちのために頑張ってるんだぞ? それを裏切り者とか、殺すとか、そんな言い方ないだろ。俺たちさ、一緒に授業受けたクラスメイトじゃないか? 少しは俺の言葉を聞いて……」
「黙れ黙れ黙れっ! 腐った男は皆殺すべきなんだ」
先輩、やっぱりこの人駄目だ。話聞いてくれない。
彼女の中で、俺はクラスメイト全員を性奴隷にしようとした卑劣漢らしい。これまで何度かここを訪れたことがあるが、そのたびに言い争いになってる。
まあ、これは想定の範囲内。今日もダメだったということで、さっさと冒険者ギルドに戻るとするか。
そう思い、まだグチグチと文句を言ってるつぐみを無視して帰ろうとした……のだが。
女性兵士たちが部屋に入ってきて、俺を取り囲んだ。
「旧王族との内通、および反乱の疑いであなたを逮捕・拘束し、裁判にかけます。ご同行を」
「は?」
ブレスレットを装備した彼女たちは魔法も使える。聖剣魔剣を取り上げられた俺では、とても敵わない相手だ。
「お、おい……冗談だろ?」
「連れていけ」
つぐみがそんなことを言った。
どうやら、彼女がここに兵士を呼んだらしい。
こ……この女。本気で俺の事を逮捕して死刑にするつもりなのか? いくらなんでもやりすぎだろ?
だが、もう取り囲まれてしまった。こうなってしまえばどうしようもない。
「分かった、大人しくするから威嚇しないでくれ」
両手を上げて不戦アピール。悔しいが、ここで争っても俺に勝ち目なんてない。
「こちらへ」
女性兵士たちの誘導に従い、俺は部屋を出ようとした。
その時。
ひゅん、と一陣の風が舞った。
一人の少女だ。
ブレザーの上からガンドレットと胸当てを身に着けた身なり。両手に二つの剣を持った二刀流だ。
「解放、魔剣グリューエン」
少女の右手に握られた大剣が、赤い炎を纏った。
魔剣。
それはこの世界に存在する、特殊な力を持った剣の事。一紗の持つグリューエンは、炎の力を宿す勇者の剣なのだ。
「お、おやめください一紗様。私たちはあなた様と争うつもりなどありません」
勇者、長部一紗。
レグルス迷宮に潜り魔王傘下の魔族たちと戦う、俺の代わりとなった勇者である。
「下がれ一紗。そいつはこれから裁判にかける」
「つぐみ、まだそんなこと言ってんの? 匠はあたしたちを助けようとしてくれたのよ。奴隷なんてホントに信じてるの?」
一紗は俺と兵士たちの間に割って入り、両手を広げた。
「匠はあたしが守るわ。これ以上彼に手を出したら、あんたでも容赦しないわよ」
きゃあああああああああああ、一紗しゃま!
マジカッコいい。惚れた。今のあなた様になら抱かれてもいいです。
「ふん、お前たちはいつもそうだ。女女といつも馬鹿にしているくせに、こういう時は素直に助けられる」
つぐみが手を振ると、兵士たちは俺の事を諦めて部屋から出て行った。
「お前は必ず処刑してやる。あの腐った王や貴族たちと一緒にな」
どうやら、この場はなんとかなったらしい。
俺は一紗と一緒に部屋を出た。
ううーランキングランキングぅ、と祈るようにポイントを眺めている作者さん、