激戦、ゼオン
刀神ゼオン。
侍風の出で立ちをした、この世界にミスマッチな魔族。
彼らはアスキス神聖国を攻めていると聞いていた。それがまさか、よりにもよってこの屋敷に現れるなんて……。
「それがしは刀」
咥えた木の枝を揺らしながら、ゼオンはそう言った。
「刀とは、肉を裂き骨を断つ野蛮な道具。闘争に身を置きしこの身なれば、ただ敵を葬り去るのみ」
「…………」
戦いは避けられない。そう言いたいのだろう。
場が、緊迫した空気に包まれた。
「――解放、魔剣グリューエンっ!」
まず最初に動いたのは一紗だった。炎の魔剣、グリューエンの力を解放する。
小さな火の粉が周囲に舞った。魔剣はまるで油でも塗りたくったかのように、轟々と燃えている。
「ほう、魔剣グリューエンか」
一紗の剣、魔剣グリューエンを見たゼオンがそう呟く。
「その男は稀代の放火魔でな。1000人規模の町を全焼させたことから、裁判で死刑判決を受けている」
「何の話よ?」
「その魔剣の元になった男の話だ」
魔剣、聖剣には元となった人間がいる。
ゼオンはグリューエンの元となった男を知っているのか? 偶然か、それとも?
興味深い話題ではあるが、それで手を止める一紗ではない。魔剣グリューエンは極大の炎を生み出し、遠距離でゼオンを攻撃する。
対するゼオンは板か何かを叩きつけるかのように、空中に手を振り回した。
すると、そこが割れる。
何も存在しなかったその場所に、まるでガラスが砕けたような黒い亀裂が走った。ゼオンはその亀裂に手を突っ込むと、中から一本の剣を取り出す。
緑色の宝石がはめ込まれた、ロングソードだ。
「解放、魔剣ヴィント」
「……っ!」
ゼオンの宣言と共に、彼の持つ剣が疾風を纏った。
間違いない……あれは、魔剣だ。
こ、こいつ! 魔族なのに魔剣を使い始めたぞ!
「抱け――〈火炎聖母〉っ!」
魔剣グリューエンの技、〈火炎聖母〉は俺が今まで見たことのない技だった。剣先から現れた炎の聖母が、魔法を放つように炎の塊を生み出していく。
「集え――〈風花円陣〉」
対するゼオンの攻撃は〈風花円陣〉と呼ばれる技だった。彼の周りには緑色の風を絡ませた円陣が出現し、そこから無数の風の刃が生まれていく。
同じ魔剣同士の必殺。両者の力は拮抗している……ように見えた。
だが、破れたのは一紗だった。
〈火炎聖母〉は燃え盛る炎の塊、それは多少の風の刃程度では散らすことのできない、それだけの容量を持っているはずだった。
ゼオン自身が、そこに突っ込まなければ。
彼は煮えたぎるマグマのような〈火炎聖母〉の中に自らの剣を突き出し、これを霧散させた。
敵ながら見事、としか言えないほどの一撃だった。これがただの人間であったのなら、その高温に耐えきれずひどいやけどを負っていただろう……。
「剣に頼らず、己自身が剣と成れ。修練がたりぬ」
魔剣の技を無効化された一紗は、己のグリューエンを構え肉弾戦に転身した。
俺も駆け出した、雫も矢を構えていた。
でも、一歩遅かった。
ゼオンの刀が、一紗の脇腹を捕える。
「……がっ」
魔剣の力を解放したゼオン。剣の中から無数の風の刃が生まれ、一紗の体を隅々まで傷つけていく。
「一紗っ!」
あまりの惨状に、俺は思わず目を一瞬だけそらしてしまった。スプラッタ動画を彷彿とさせる光景。直視すれば俺の心が耐えられなかったかもしれない……。
一紗は血まみれになって倒れた。
「…………」
誰もが、言葉を失った。
もちろん、一紗がすぐにこの魔族に勝てるとは思っていなかった。苦戦はするだろうし、負けるかもしれないという心構えがあった。
でも……なんだ、この魔族?
違う。
今まで、俺たちは魔族の幹部たちと戦ってきた。イグナートも、マリエルも、俺たちと敵対したし多くの人間を殺した。
でも、こうじゃなかった。俺たちと戦うのはついでというか、余興と言うか、そう言った本腰入れてないゆえの余裕や油断みたいな感覚が存在した。
しかし、こいつは……。
刀神ゼオンは殺意を持っている。
マリエルやイグナートは俺たち殺すかもしれない攻撃をしてきたが、本当の意味で殺したいとは考えていなかったように思える。
俺には分からない。一紗が生きているのか、それとも……死んでいるのか。それほどまでに、ひどい怪我だった。
「かずりんっ!」
いち早く混乱を脱したのはりんごだった。即座に杖を構え詠唱を始める。
が――
「――脆弱な人間の脆弱な魔法」
一瞬でりんごへと肉薄したゼオンは、そのまま彼女の杖を無造作につかみ上げ……折った。
「あ……あぅ」
「それがしは人間の魔法が好きではない。我々の魔法と比較し、遥かに劣るお前たちの魔法はあまりに幼稚。なぜそのようなもので歯向かおうとするのか、理解に苦しむ。そんなものを練習する暇があったら、少しは魔剣や聖剣を扱えるよう努力してみようとは思わないのか?」
「りんごっ!」
杖を折られ、これほど接近を許した状況で、魔法使いであるりんご対応できるはずもない。
ゼオンは『刀神』の異名に似合わず、その拳をりんごの腹部へと打ち付けた。
激しく殴られたりんごの体は、まるで風に舞う木の葉のように吹っ飛んでいく。
「…………」
やばい……やばいだろあれは。骨折れてるってレベルじゃないぞ? ちゃんと……生きてるのか?
なんてことだ。やっぱりこいつ、俺たちを……本気で殺すつもりだ。
もはや一刻の猶予もない。俺と雫は自然と目で合図をし、互いにそれぞれの武器を構えた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
俺が近接、雫が遠距離支援。それがこの状況で最も優れたフォーメイション。
「〈白刃〉っ!」
俺は聖剣による攻撃。後ろからは黒い魔法で強化された雫の矢が飛んでいる。
聖剣の攻撃がゼオンを捕えた、まさにその時。
「は?」
ゼオンが、消えた。
「――娘よ、面白い戦い方をするな」
どっと、冷や汗がにじみ出るのを感じた。
刀神ゼオンは俺ではなく、ターゲットを雫に定めたらしい。聖剣の攻撃など全く意に介することなく、奴は雫の背後に立っていた。
「だが鍛錬が足りぬ。冥土の土産に、魔族流の戦い方を伝授しよう」
雫は矢を手に持って、ゼオンの顔面へと叩きつけようとした。
しかしそれは、彼が持っていた剣によって防がれる。魔剣ヴィントではない。彼が新しく生み出したその剣は……。
黒い剣。
それは魔族の魔法によって生み出される黒い霧とよく似ている。雫がいつも己の矢を強化しているあれだ。
しかし雫が生み出す黒の刃とは、明らかに出力の違うそれ。剣の形を維持できるほどにあの魔法を完成させた人間は……いない。
「ぬぅん!」
ゼオンは黒い剣を振るった。
雫はその小さい体を十分に生かし、右に、左に、ダンスするように彼の攻撃を避けた。
しかしとうとう……黒の刃が、雫を貫いた。
「あああああああああああああっ!」
肩を貫かれた雫の体は、そのまま屋敷の壁に貼り付けられてしまった。見るからに痛々しいその光景に、俺は思わず小さな悲鳴を上げてしまう。
「今のは下級魔族がよく扱う魔法剣。その目に、焼き付けておくがいい」
皆、倒された……。
俺だけが……残った。




