お見舞いの花束
俺は倒れこんだ鈴菜を抱きかかえ、檀の下へと降りた。
近くに控えていたつぐみの先導に従い、彼女を運んでいった。
広場は官邸に近い。そこに控えている医師に、鈴菜を任せることにした。
そして、一日が経過した。
グラウス共和国大統領官邸、医務室にて。
いくつかの薬品とベッドの並べられた清潔な部屋。俺は白い椅子に座り、ベッドにいる鈴菜と話をしていた。
「君には感謝しなければならないかもしれないね」
ベッドから上半身を起こし、鈴菜はそんなことを言った。
やや青い顔、黒い髪は少しだけ寝癖を残している。憂いを孕んだその瞳は、俺のことを見ているようで見ていない。
「倒れた僕を運んでくれたと、つぐみから聞いた。すまないね。僕は重くはなかったかい?」
「重いとか重くないとか、そんなこと考えてる暇もなかったからな。とにかく、無事でよかった」
「君はいい人だ。つぐみは文句ばかり言っているけど、僕は理解してるよ。ここに召喚されたときも、奴隷にすると言って僕たちを守ってくれたんだよね? 君のそういうところ、嫌いじゃない」
腕からの出血は止まっている。しかし、彼女の手首はなくなったままだ。
縫合手術なんてものはこの異世界には存在しない。仮に存在したとしても、爆発によって断面が歪になり焦げてしまっている手首を縫合することは至難の業だろう。
そして、回復・再生系の魔法なんてものは存在しない。
つまりは手詰まりだ。
俺でさえ何となく察しのつくことだ。頭のいい鈴菜ならなおさらだろう。
「正直、手の事は残念だったと思う。かける言葉もない。でもさ、それほど悲観することはないと思うぞ」
「僕が悲しそうに見えたかい? まあ、未来に悲観してはいるが……」
「鈴菜はさ、すごいことしたと思う。この世界のすべての女性に、力を与えたんだからさ。その名声はこれからもずっと消えないし、俺何かよりもずっと未来がある」
と、俺は思っていることをそのまま鈴菜に語り掛けた。しかし彼女は、そんな俺の言葉に満足しなかったらしい。
「もう手遅れなんだ」
「手遅れ?」
「同じ型のものが、いくつも地方に出荷させている。おそらくは……もう……」
は?
同じ型?
爆発してしまうブレスレットが、他のところにも出荷? それは……さすがにまずいんじゃないか? 鈴菜に起こったようなことが、他の地域でも?
「なんでそんなことをしたんだ? いや、こんな大事故誰も予想してなかったから、文句を言っても仕方ないけどな」
「そうする必要があったのさ。つぐみの政治的な思惑も大きい」
つぐみの奴、余計なことを。
つぐみは国民の支持を得て、今、大統領の地位についている。
すべての女性に魔法を。それが彼女の目指してきた理想であり、支持の原動力だった。多くの地域に〈プロモーター〉を配布したのはそのためだ。
だがその気遣いが完全に裏目に出てしまった。同じ型のブレスレットは、おそらく……光魔法の使用に反応して爆発する。
ここはインターネットどころか電気すらない田舎世界だ。何か事件があっても、すぐには遠くに伝わらない。警告を発するのは遅れてしまうし、大事故があっても情報がこちらに届きにくい。もし、地方でも同じように手首爆発事故が起きてしまったとしたら?
いや、ひょっとするともう報告が入っているのかもしれない。鈴菜の現状を鑑み、つぐみが情報を握り潰しているとしたら?
暗い空気が流れてきた。俺は嫌なことを考えているし、俺より察しのいい鈴菜はもっと気持ちのよくないことを考えていると思う。
いけないな。これじゃあ何のために見舞いに来たか分からない。
俺は気分転換をするかのように周囲を見渡した。すると、テーブルに置かれていた花束を見つけた。
「あの花束は?」
「教授から、お見舞いの花束だと聞いている。私もいろいろと混乱していたからね、すっかり忘れてた」
「俺、花瓶に活けるよ」
別に、花を見たところで手首が元に戻るわけじゃない。ただ、手持ち無沙汰に何もしていないこの状況が耐えられなかっただけだ。
俺は花束を握り、空の花瓶へ水を入れようとして……。
「……?」
気が付いた。
花束の持ち手部分に、変な違和感がある。何か、花の茎や葉ではない異物が……。
俺はそいつを確認しようと、ブーケを開こうとしたが、上手くいかなかった。
ぼとり、とそれが床に落ちた。
「……は?」
そこには、手首があった。
血のように真っ赤な液体に塗れた手首が4つ、花束の中から落ちてきた。それはまるで、ブレスレットの爆発で切断された手首のような。
「な、なんで……こんなものが、ここに?」
俺は混乱のあまり、花を床に落としてしまった。
散乱した花の中に、一枚のメッセージカードを見つけた。何かが書かれている。
――替えの手首をお探しですか? よろしければどうぞ。
心優しい公爵より。
その文章を見た瞬間、俺はすべてを察した。
「あいつっ!」
俺は頭に血が上っていくのを感じた。
ブレスレットが爆発して誰が得をする? 決まってる! それは魔法革命によってその地位を追われた貴族たちだ!
フェリクス公爵。今回の事件は……奴が裏で糸を引いてるんだ。
「違う」
「鈴菜?」
「ち、違う……んだ、ぼ、ぼっ僕は……皆のために」
血に塗れた手首を見た鈴菜が震えている。目を見開き、まるで壊れたロボットのように小刻みに揺れていた。
尋常でないその様子。俺は彼女の震える手を乗せ、語り掛けた。
「……許してくれ、た、頼む」
「お、おい、落ち着けよ鈴菜。安い偽物だ。この手首は動物の皮か何かで作った紛い物。ほら、見ろ、手首が焦げてない……」
「うああああああああああああああ……ああ……ぁ……」
駄目だ、完全に冷静さを欠いている。
自分の手首がなくなった後にこれだ。どれだけ頭のいい彼女でも、心を突かれればもろく弱い。
俺は彼女の手を握った。手首が残っている方のだ。
「君は……」
「不安なのは分かるが、落ちついてくれ。鈴菜がそんな様子じゃ、俺だってつぐみだって生きた心地がしない」
「君の手は……暖かいな」
俺は怯える鈴菜を宥めながら、しばらく部屋で過ごした。
しばらくすると、鈴菜は安心したように眠ってしまった。
それを見計らって、俺は部屋外に出た。
外には、つぐみがいた。
「暴動が起こっている」
「暴動? 何の話だ?」
「手首をなくした者とその親族たちが主導している。開発者であるマイスター鈴菜への直接抗議を求めている」
「それにしても、暴動? ちょっと話が飛躍し過ぎやしないか? 鈴菜は別に圧政を敷いてたわけじゃないだぞ?」
「人なんてそんなものだ。不幸が起これば、誰かに怒りをぶちまけたくなる。そしておそらく……この暴動は仕組まれている」
仕組まれている、か。
例の花束の件もあるからな。
「ブレスレットの圧縮機構――いわゆる、『ヨハネスの蛇』と呼ばれる綿密な立体構造が問題だ。光精霊の反射作用を利用して……」
つぐみが〈プロモーター〉の仕組みについて話を始めた。だけど素人同然の俺には何を言ってるのか全く分からない。
これだから頭のいい奴は困る。
「……というわけだ、分かったか?」
「分かるわけないだろ。でも、要するにブレスレットに細工されてたってことだろ?」
「まあ、端的に言えばそうなるな。おそらくは協力者の教授が細工をしたのだろう」
教授に取り入ってブレスレットに細工をし、各地で暴動と反乱を扇動できるだけの実力者。
「やっぱり、フェリクス公爵か」
「おそらくは……」
つぐみも頷いた。
「厳しい戦いだ。貴族たちの扇動もあり、被害も抗議の声もうなぎのぼり。どこかで、落としどころを見つけなければならないぞ」
「鈴菜を犠牲にするのか?」
つぐみは目を瞑った。苦しそうな表情だ。
分かってる。
こいつは今までクラスメイトの女子を傷つけたことなんてない。女子は全員彼女の味方なんだ。
そんな彼女にとって今の状況がどれだけ酷であるか、想像に難くない。国を統べる大統領として、時には非情な決断もしなければならないのだから。
「誰かが、どこかで腹を切らなければならない。最善の努力は約束するが、彼女にも何らかの負担を強いてもらわなければならないかもしれない。貴様はどうする?」
「俺は……迷宮へ潜る」
そう。
それがずっと考えていた、俺なりの解決方法。
「そうだな、それもまた一つの希望か」
つぐみは自嘲気味に笑った。
クラスメイト、大丸鈴菜。
彼女という架け橋のおかげで、俺とつぐみは……やっと心が繋がった。
勝手にランキングのINとOUT。
OUT多過ぎでしょ。
これはあれですか? この小説のタイトルに惹かれてクリックをしてみたものの、中身があまり期待通りではないためすぐに読むのを取りやめ投票しない人が多い。こういうことですか?
あれですよね、まじめな話過ぎたんですよね。
軽くハーレムする感じが良かったんですかね。
でもまあ、もう戻れないのでこのまま突っ走っていきますよ。
目指せクラスメイト全員ハーレム。
まあ、作者のやる気との戦いにはなりますが……。