総力戦
正体を現した魔族、マリエルと対峙する俺。
彼女の脚には俺の聖剣が突き刺さっている。
「…………」
「言え、鈴菜はどこにいる?」
俺は剣に力を込めてそう言った。僅かに揺れたその刃先に呼応するように、マリエルの表情が苦痛に歪む。
人に近い姿をした魔族だ。あまり残虐なことをしたくないという気持ちはあるが、鈴菜を助けるためなら俺は鬼にでもなる。
「…………っ!」
瞬間、マリエルが動いた。
躊躇なく立ち上がった彼女。
俺が聖剣を突き刺した脚は幻なんかじゃない。剣は彼女が座っていた椅子に突き刺さったまま、鮮血にその刀身を濡らしている。
血で真っ赤に染まったドレスを整え、一本足でぎこちなく立つマリエル。聖剣によって引き裂かれたその傷口は、たとえ人間でなくとも痛々しいことこの上ない。
……足を犠牲にしたか。
大した決意だ。
「この身に痛みを覚えるのは……何百年ぶりのことか」
根元から赤く引きちぎれた足を眺めながら、マリエルは感慨深げにつぶやく。
「全く、血も涙もない男よ。あれほど深く、激しく愛し合ったのに……」
……こいつ、よくよく考えてみれば俺に抱かれてたんだよな。
性欲は獣の本能。化学物質や体の仕組みと違って、理解することは簡単だったに違いない。
俺は……騙されてしまった。記憶をもとにトレースされた演技を、見破ることができなかった。
……だが、俺は彼女を見つけた。
今度は、逃さない。
「その足で逃げられるのか?」
「笑止」
逃がすと思うか?
マリエルは椅子を杖代わりにして歩くと、壁を破壊した。決して速い動きではなかったのだが、俺はあえてそれを見送った。
壁が壊れ、屋敷の外が見えるようになったことで、マリエルは己の置かれている現状を理解した。
庭、森、門、壁を固めているのは。グラウス共和国正規軍。いまだこの首都近郊に残っていた第一、第二軍団に緊急招集をかけ、屋敷を囲ませた。彼らの中には少数ではあるが聖剣使いもいるため、何の抵抗もなくやられたりはしないだろう。
さらに森の周囲は近衛隊で囲み、一般人が入らないようにしている。
要するに、俺たちはもうすでに包囲網を完成させていたのだ。今更逃げることなんて、不可能だ。
「弱き者ほどよく群れる」
大妖狐マリエルはその出血と傷にもかかわらず落ち着いている。キセルを構え、ふぅ、とタバコの白い煙を周囲に充満させた。
一瞬、この白い煙は何かの魔法じゃないかと疑ったが、どうやらただのタバコらしい。煙がこちらに向かって伸びてきたりとか、眠くなったり混乱したりといった様子はない。
警戒する俺たちは、距離を取りながら彼女を威嚇するだけだった。しかし何の動きもなく、彼女はただ煙をふかしているだけ。本当に休憩を取りたかっただけなのかもしれない。
この怪我、この緊迫した状況の中で大した奴だ。魔族もここまで大物となれば、怠惰な行動すら一種の貫録に思えてしまう。
くるり、とマリエルは指でキセルを一回転させた。
「――では次の策」
彼女は屈んだ。足元に力を込めているらしく、地面が少しだけ陥没している。一本しか脚の残っていない状況ではあるが、人間離れした筋力を使って跳躍しようとしているのもしれない。
「……っ!」
しかし、マリエルは大きく態勢を崩した。
槍だ。
一本の槍が、尾を狙うように投擲された。ドレスへと突き刺さったため、跳躍態勢をとっていた彼女がバランスを崩してしまう。
「……裏切り者が」
大妖狐マリエルは空を見た。
そこには、ダグラスがいた。
ダグラス率いる魔族たち。悪魔王に連なる悪魔という種族の魔族たちは、コウモリのような羽をもち、空を飛ぶことができる。
陸だけではない、空の包囲もまた……完成していた。
俺たちは彼女の正体を知った。
何の対策もなしに、馬鹿みたいに偽者を特定したりはしない。多くの協力者を集め、可能な限り非戦闘員に被害を出さない状況を作り上げた。
「解放、魔剣グリューエン」
「聖剣ゲレヒティカイト」
炎を纏いし魔剣、グリューエン。
光り輝く正義の聖剣、ゲレヒティカイト。
一紗とエリナが同時に剣を構えた。
雫が弓を構え、りんごが杖を構える。
乃蒼と子猫はすでに退避済み。彼女たちを守っているのは璃々だ。
「大妖狐マリエル! お前に逃げ場はない!」
持てる限りの力をすべて集結させた、最終決戦。
「クク、クククク……」
何が楽しいのか、四面楚歌のこの状況で彼女は笑う。
「あまり大騒ぎをすべきではない。下手に魔法や聖剣を使えば、お前の屋敷が壊れるぞ」
「怖気づいたか大妖狐。俺はこの屋敷がぶっ壊れてでも、お前を倒してみせる!」
「そうそう、鈴菜だったか。あの女」
脈絡なくでた彼女の名前に、俺は思わず息をのんだ。
「あの女はこの屋敷の地下牢に捕えている」
「馬鹿なっ! 俺はこの前つぐみと地下室に行ったけど、誰もいなかったぞ!」
「我の魔法を持ってすれば、人間の存在を秘匿することなど朝飯前。安心せよ。我が食事を運んで飼っていたゆえ、命に別状はない。今は……の話ではあるが」
「…………」
俺だってつぐみだって、そしておそらく乃蒼だって掃除するために部屋の中に入っている。誰か不審者がいるならすぐに気がつくはずだ。
だがダグラスさんを牢屋の中に入れたことはない。本当に魔法で秘匿されていたとすれば、気がつかなかったかもしれない。
「お前は愛しい婚約者を足下に、我を抱いておったのだ」
「……言いたいことはそれだけか?」
冷静さを欠いてはならない。
嘘か本当かは知らないが、鈴菜の居場所を知ることができた。このまま彼女と話をしていても何の意味もない。
可能なら捕えて、無理なら殺す。
「解放、聖剣ヴァイス!」
俺は聖剣を天に掲げ、力を解放した。
その瞬間。
四方、そして空を囲んでいた俺の仲間たちが、一斉に動き出す。
俺たちはマリエルに突撃した。
これがグラウス共和国の、総力戦だ!




