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クラスの女子全員+俺だけの異世界召喚  作者: うなぎ
大妖狐編

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生物濃縮


「あ、ああ……あああ……あ」


 鈴菜が、脚に刺さった聖剣を見て震えている。白衣は鮮血に染まり、そのままでは出血死してしまうようにも思えてしまう。 

 だけどその心配はない。この女は鈴菜なんかじゃないからだ。

 そう…………。


「魔族が化けた偽者はお前、だろ?」

「え?」

 

 なぜ自分が疑われているのか、とでも言いたげな顔の偽者。どうやらしらばっくれるつもりらしい。

 なら、しばらくはその茶番に俺も付き合ってやろう。


「生物濃縮って知ってるか?」

「な、何の話だ匠? 生物……濃縮?」

「いいから答えろ」

「……っと、自然界において……特定の物質が、食物連鎖を経て捕食者の中で濃縮されていく現象の……ことだろう?」

「そうだ」


 やはり単語の意味は知っているか。


「ずっとずっとマグロ食ってたろ? 美味しいけどさ、あれあんまりよくないんだぜ。水銀が溜まるからな。あと昆布出汁もヨウ素が胎児に良くないから控えた方が良い。鈴菜が……一か月前に言ってたことだ」


 もちろん、このグラウス共和国に化学工場なんて存在しない。だからちょっと川魚を食べたぐらいですぐに有害物質で公害病になるわけではない。

 でもこの世界にだって鍛冶や錬金術くらいは存在する。鉱山や金属精製、そして大学に至っては本当の意味で化学的な実験を行っているところもある。そしてそもそも自然界に有害物質がないわけではない。

 胎児という観点においては、ある程度配慮があってもよかった。自分でそう言ってたならなおさらだ。


 だから俺は、彼女が怪しいと思った。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 痛みをこらえながら、と言った様子で鈴菜が大声を出した。


「確かに僕はお腹の子供に対してすまないことをしたかもしれない。しかしそれだけで魔族扱いなんて、あんまりじゃないか!」


 彼女の言うことはもっともだ。

 鈴菜だって俺たちと同じ人間だ。不注意、ど忘れ、勘違い、何かの拍子にミスをしてしまうのはあり得ないことじゃない。

 少なくとも俺は、それだけのミスで剣を脚に突き刺したりしない。


「それだけじゃないとしたら?」


 俺は偽者の指を掴んだ。  


「これだよ」

「ぼ、僕の指がどうしたんだ? 何の意味があってそんなことを……」

「指紋だ」


 指紋。

 十人十色の形を持つ、指の模様。よく推理小説とかで犯人を特定するために使われる。

 こういった科学的な捜査の話は、鈴菜の側から出てきてもおかしくない話だった。彼女を疑い始めてから思いつくなんて、とんだ皮肉だ。


「アルミニウムの粉末と顕微鏡を用いてお前の指紋を調べた。分かるか? 指紋だ。頭の中の知識を検索してみろ」


 これで結果が出てくれて助かった。もしダメだったらどうやってDNA鑑定をしようかという話になっていた。

 水面下で鈴菜の指紋を採取し、鑑定した。本物の鈴菜の指紋は彼女の衣類や研究資料から、偽者の指紋は食事の皿などから採取。鑑定は魔法大学の職員にも手伝ってもらった。

 ちなみにこの指紋による照合を提案したのはつぐみだ。俺では……こんな方法を思いつかなかった。


「お前は鈴菜の記憶をコピーした。彼女が妊娠していることも知っていたし、生物濃縮の話も知っていただろう。でも、それだけだ。お前自身の頭が良くなったわけじゃない」


 そう。

 どれだけ優れた万能辞書を持っていたとしても、大妖狐マリエルはこの世界の住人だ。


 水銀って知ってる? ヨウ素って知ってる? と聞かれれば辞書に書かれたような答えは出せるだろう。

 しかし彼女は俺たちの体の一つ一つが細胞でできていることを知っているだろうか? その中には遺伝子の役割を持つDNA、種々のたんぱく質があることを知っているだろうか? 脳で物を考え、神経伝達物質を経て体を動かしていることを理解しているだろうか?

 

 おそらく、用語は知っていても仕組みまでは理解していない。

 科学はこの世界の知識を根底から覆す事実だ。単語の意味を知っている程度では、物事の仕組みを理解するには至らない。

 彼女は、俺たちの世界観を受け入れることができなかった。


 理解していないから、食事にまで気を使うことができなかった。もう少し監視していれば、さらにおかしなところが見つかったかもしれないが、今となってはどうでもいい話だ。


 鈴菜の姿をした偽者は、押し黙ったままうつむいている。恐怖におびえているようには見えるが……これは……。

 笑って……る?


「言えっ! 本物の鈴菜はどこにいる!」


 俺は聖剣を握り締めながらそう怒鳴った。剣の力をこのまま解放すれば、いかに強力な魔族といっても刺さったままの脚は無事では済まない。


 鈴菜を、助けなればならない!


「ククク……」


 その声は、いつも鈴菜が発するものとは違った。いつも冷静で知的な印象を受ける彼女の声とは違い、どこか男に媚びた……妖艶な声色だった。


 鈴菜の姿が歪む。変化の魔法が解け、己の真なる姿に戻っているのだ。


 誰もが、息をのんだ。

 鈴菜以外の全員に、今回のことは伝えてある。魔族に怪しまれないよう、非戦闘員である乃蒼や子猫までここにはいるのだ。

 彼女たちは鈴菜が偽者であることを事前に知っていた。それでもなお、仲間と全く同じ姿をした魔族の行動には……思うところがあったのだろう。


「まさか、まさかこうも早く我の正体を見破られるとは。もう少し遊んでいたかった、というのが心残りではあるが」


 大妖狐マリエル。

 魔族三巨頭の一体。キツネ耳を生やした妖艶な美女。

 聖剣を脚に突き刺したまま、彼女は俺を見て笑ったのだった。


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