子猫の確認
疑われている子猫を救う方法。
それは、彼女が俺の婚約者であると宣言することだ。
俺は仮にも勇者。あまり成果を強調するつもりはないが、少なからずこの国のために活躍してきたと自負している。俺が信頼できると、身内であると言えばそれだけで力になる。
だからこそテストをクリアできなかった乃蒼もあまり疑われはいない。
虚偽の婚約者宣言。子猫に関しては嘘となってしまうが、だからといって泣いてる彼女を無視することなんてできなかった。
俺の宣言を聞いた近衛隊の少女たちは、剣を下し子猫への包囲を解く。
「大変なご無礼、申し訳ございませんでした」
彼女たちが一斉に頭を下げた。
下手をすれば反逆罪とも取られる行動だ。それなりの覚悟をしていただろうし、全員で相談したんだと思う。
彼女たちをしかりつけることなんてできなかった。むしろ国が抱える勇者として、間違っていたとしても俺がもっと英断を示すべきだったのかもしれない。
「……国を思っての行動だ。誰もあんたたちを責めたりなんかしない。俺たちこそ、こそこそ隠れて魔族を探っていた件は申し訳なく思う」
「し、しかし……」
彼女たちの行動は正義だ。誰も裁くことなんてできない。
すべては、国民を不安に陥れた魔族の仕業。
「彼女たちは私が官邸まで連れて行こう。安心しろ。私もこの件を処罰したりするつもりはない。子猫のことをよろしく頼む」
つぐみは近衛隊を連れて官邸へと向かった.いろいろと気まずい空気が流れていたから、気を使わせてしまったのかもしれない。
辛い戦いだった。悪人でない者たちとの戦いは、いつも疲れる。
「ごめんな」
俺は泣き崩れる子猫の肩にそっと手を置いた。
「魔族の件は俺たちの問題だ。屋敷で働いているだけの子猫が巻き込まれたのは俺たちのせいだ。怖い思いをさせて、申し訳なかった」
「…………」
「あと婚約者なんてでたらめ言って悪かった。ああでもしないと子猫を庇えないと思ってな。忘れてくれ」
必要なことは言った。
そう思い、立ち去ろうとする俺の袖を、子猫が掴んだ。
「子猫? どうしたんだ? も、もしかして、さっきの騒動が怖くてまだ力が入らないか? 背負って部屋の中まで連れて行こうか?」
「私……を」
「うん?」
「……婚約者にして欲しいにゃ」
「……え?」
時が止まったような感覚だった。一瞬思考が停止してしまったらしい。
ゆっくりと、彼女の言葉をかみ砕いていく。
「ほ、本気か?」
先ほどまでの暗い気持ちが一気に吹き飛んだ。
嬉しい、というのが正直な感想だ。子猫はかわいい。かわいい女の子に好かれて嬉しくない男なんていない。
見ると子猫は瞳をキラキラと輝かせ、いかにも恋する乙女のようだった。先ほどまでのやりとりで、俺のことを王子様か何かと思っているようだ。
だが、と冷静な俺自身は心を諫める。
彼女は助けられたことで、気持ちが舞い上がっているのかもしれない。俺の置かれた状況を、正しく説明しなければ……。
「あ、あのさ、もう知っているとは思うんだけど、今屋敷に住んでるクラスメイトって、俺の婚約者的な扱いなんだ。八人って……はは、笑ってくれていいぞ? 子猫も、こんなファンタジー世界に浮かれてる糞野郎のことなんか忘れて、別の男を探した方が良いと思う」
「そんなの関係ないにゃ」
子猫は俺の腕を掴むと、ぎゅっと抱き着いてきた。頬は赤く、少し興奮しているように見える。
「私を助けてくれた時の匠君、かっこよかったにゃ。人を好きになるって、きっとこういうことだと思うにゃ」
「いや、今の子猫は冷静じゃないんだと思う。一度時間をおいて、またその時に話を聞くということで」
「ふにゃああああっ!」
すりすりと、子猫がその柔らかい頬を押し付けてきた。
なんてことだ。
これは、簡単に引き下がるようには見えないぞ。
こんな大変な時に何をやっているんだ、とつぐみや一紗あたりに叱られてしまうかもしれない。
「そ、それに……まだ、疑いは晴れてないにゃ」
突然、子猫がそんなことを言いだした。
「匠君は、私の事を調べてないにゃ」
「……? 何言ってるんだ? もう俺は子猫のことを疑ってなんかいないぞ。仮に子猫が偽者だったとしたら、俺たちもう終わりだろ。全部話しちゃったし」
「そ、そうじゃないにゃ」
と、子猫が顔を赤めながら否定する。
何が言いたいのか分からない。
あっ……。
そう。
俺はクラスの女子が本物か確認するために抱いた。でも子猫はまだ確認していない。
そういう話だ。
「…………」
早朝、誰もいない屋敷の門の近くで、かわいい女の子に迫られる。
そのシチュエーションに……若干の興奮を覚えてしまったことは否定できない。
「……子猫っ!」
「にゃあああ」
俺は子猫を抱き寄せ、そっとキスをした。
そうだよな、不安だったんだよな。確かに俺はみんなを抱いた。確認すると言ってみんなと触れ合った。結果として誰が偽者か分からなかったけど、俺の中では彼女たちを信じたいと言う気持ちが生まれた。
子猫は俺のことが好きだった。なら、俺も彼女のことを信じたい。触れ合いたい。
子猫の尻尾が、そしてネコ耳が快楽に身もだえるように震えた。こいつは迷宮で拾ったコスプレ用の魔具だが、装着者と神経で接続されている。刺激はそのまま伝わるのだ。
俺は子猫の尻尾を優しくつかみ上げると、そっと撫でた。
「……はうぁ、尻尾はぁ、尻尾は駄目なのにゃ……」
荒い息の子猫。
その恥ずかし気に震える姿が愛おしく、俺は彼女の頬にキスをした。
屋敷は森の中にある。正面の道を少し外れるだけで、鬱蒼とした森の中だ。視界は遮られるし、何かをしていても気づかれにくい。
早朝、誰もいない屋敷近くの茂みの中で。
俺は、子猫と…………。




