近衛隊の決意
早急に結論を出さなければならない。
そう決意した俺だったが、気持ちだけで何かが分かるはずもなく、結局は足踏みするばかりだった。
勇者の屋敷、食堂にて。
今日もおなじみの和食が並ぶ朝食。
だが食欲のない俺は、箸の進みが遅かった。あれほど楽しみにしていた大トロも、鈴菜やエリナたちに譲ってしまった。
「……匠君、和食飽きちゃった?」
と、隣にいた乃蒼が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
確かに、最近は和食続きだった。それは俺がおいしいと言ったせいでもあるし、ここに留守番組のエリナや乃蒼たちが和食を気に入ったせいでもあるだろう。
だが俺は決してこの食事に飽きたわけではない。毎日食べてもいい、と思ったぐらいだ。
「そういうわけじゃないんだ乃蒼。少し、俺個人の問題でな……」
食欲のなさは、和食のせいではない。俺自身の……心の悩みが生み出した問題だ。
「みんな、少し話を聞いて欲しい」
俺のことを気遣ったのか、それともただ単に話がしたかったのかは知らないが、つぐみが両手を叩いてみんなの注目を集めた。
「もう知っている者もいるかもしれないが、現在、このグラウス共和国首都ではテロと思われる爆発事件が起きている。犯行声明らしき手紙が届いて、犯人は魔族。首都で人間に化け、破壊工作を行っているらしい」
つぐみはかん口令を敷いているわけではない。近衛隊や町の人が知っているのに、この屋敷にだけその情報が流れないのは不自然だ。
隠す必要がないのであれば、この件をみんなに伝えるのはつぐみの仕事だろう。
「現在、私や近衛隊が全力で魔族を捜索している。みんなも何か知っていること、あるいは怪しいことがあれば私に伝えて欲しい」
上手いな。
この言い方なら、俺たちがみんなを疑っていることに気がつかれないと思う。
「こ、怖いにゃ……テロだにゃ」
子猫が怖がっている。無理もない。いくらかの危機を乗り越えてきた俺の婚約者たちと違って、彼女は経験が少ないんだ。
「安心してくれ子猫。俺が可能な限り守って見せる」
「……かっこいいにゃ」
まあ、実際かっこよく戦えるかどうかは分からないんだがな……。
朝食が終わり、俺とつぐみは屋敷の外に出た。
見送り、と称した相談だ。
「ダグラスがいくつかの魔法陣を発見した。いずれも無人の建物ではあったが、もし爆発していたらと思うと肝を冷やす。国民の不安が増しただろうな」
「咲に頼んで投降した魔族をこちらに連れてこれないか? 仮にも大妖狐の部下なら、いろいろと分かることも多いと思うんだけど」
「難しいな。今からではあまりに時間がかかりすぎる……」
などと、意見交換をしながら今後のことを考えている。
「……ん?」
俺は足を止めた。
甲冑を着た少女たちがこちらに駆けてきたからだ。数は十人。
近衛隊だ。
つぐみの命令か? と一瞬思ったが、当の彼女も鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているため、知らないらしい。
「なんだ? 官邸で何かあったのか?」
「閣下、そうではございません。今日私たちがここにやってきたのは、相談の上です。璃々隊長には話をしていませんが……」
「……心当たりがないな、何の話だ?」
「先日行われた、魔族の捕虜を用いた訓練のことです」
……訓練?
例の魔族を使った訓練のことか?
「ただの訓練と言うにはあまりに不自然でした。しかし先日、魔族からの手紙を読み……すべてを理解いたしました」
「……理解?」
「閣下とタクミ様が魔族探しに奔走していらっしゃったことは存じております」
「……っ!」
まずい!
近衛隊はこの前行った訓練兼テストに参加していた。
そして今、例の手紙によって魔族の情報が流されている。
もし、彼女たちのうち誰かが気付いたとしたら? 『あれは魔族を炙り出すための試験だったのではないかと』と、感づいてしまったとしたら?
「先の訓練において魔族を攻撃できなかったのは、島原乃蒼様と須藤子猫様。しかし島原乃蒼様はタクミ様の婚約者であり、心を通わせたお相手。とても魔族が化けているなどとは信じられません」
「確かにいろいろな角度から調査をしていることは認めよう。しかし、私たちの知り合いが犯人などとは考えて……」
「その方が、近日この辺りを騒がせている爆破事件の犯人なのでは?」
近衛隊の少女は、剣先を屋敷の門へと向けた。
「にゃ?」
タイミング悪く、門の前で掃除をしていた子猫が驚いたような声を上げた。
「……っ!」
言って、しまった。
俺やつぐみは子猫の知り合い。だからこそ証拠を固めるまで判断を先延ばしにしてきた。
「ひ……ひぃ、な、何にゃ? 何が起こってるのにゃ?」
近衛隊の十人が、武器を構えて子猫を囲んだ。彼女は逃げることもできず、震えながらその場にしゃがみ込む。
彼女たち近衛隊はそれほど強くないが、それはあくまで俺や一紗視点においての話。非戦闘員である子猫にとって、完全武装の兵士たちは魔族に引けを取らないほどの脅威なのだ。
「最近この都市で爆破事件を起こしている魔族は、あなたなのでしょう? 正体を現しなさい!」
あの手紙には魔族が大妖狐マリエルだとは書かれていない。ただの弱小魔族であるなら、近衛隊十人で囲めばそれなりに戦えるとは思う。
だが魔族の大幹部ともなれば話は違う! ここにいる全員が殺されてもおかしくないし、そもそもまだ子猫が偽者と決まったわけではない。
「ち、違うにゃ! 私は私! 魔族だなんて、知らないにゃ!」
……なんだこれは?
強引すぎる。こんなやり方が許されていいのか?
俺は二人の間に割って入った。
「ま、待ってくれ! 魔族は俺たちが捜索中だ。子猫が偽者って決まったわけじゃない。時間をくれないか?」
「……確かに、この方が魔族であると断言できる確証はありません」
「そうだろ? だったら」
「……ですがこれは国家の一大事なのです! 保留では済まされない! 勇者様。どうかこの国の、いえ世界のためにご理解ください!」
「…………」
その瞳に光るのは、揺るがない正義の心。民を守るそのためなら、たとえ誤認逮捕となってしまっても構わないという気迫すら感じる。
おそらく彼女たちも自分が強引であることを理解しているのだろう。爆破事件の影響か、それともその前の究極光滅魔法の影響か。疑わしきは罰せよ、とでも思っているに違いない。
はっきりと、彼女たちを間違っているとは断言できない。俺たちは子猫と同郷で、どうしても彼女目線で考えてしまうところがある。国家の安全を考えるのであれば、この近衛隊の少女たちの行動は、多少浅はかさはあったとしても正しいとは思う。
だが……だからといって認めるわけにはいかない。
子猫が……泣いている。
甲冑装備の兵士から剣を突き付けられているのだ。戦闘員でもない少女にとって、それがどれだけ辛いことかは言うまでもない。
俺は気分が悪くなった。こそこそと探し回っていた前と違って、今や件の偽者はテロリストの大犯罪者だ。人々から受ける恨みの量は桁違い。
確かに、俺は少し子猫を疑っていたかもしれない。今も、絶対偽者じゃないとは言い切れない。
けど……それでも。
目の前で震えている彼女を無視することなんて、できない!
「こ、子猫は犯人じゃない。お前らは、彼女のことを勘違いしている」
一つだけ。
一つだけ、この場を収める策がある。それは勇者でありこの屋敷の主である俺にしかできない……唯一の奇策。
俺は涙を流す子猫を抱きしめ、こう言った。
「こ、子猫は、俺の婚約者なんだあああああああっ!」
彼女を救うには、これしか……ないんだ。




