テストその2
夕暮れ時を過ぎ、太陽が沈んだ夜。
俺はとぼとぼと大通りを歩いていた。
旧王城へとつながる大通りの夜は、道の広さに呼応するように大賑わいだ。あちこちにかがり火が焚かれ、露天、店舗問わず客の呼び込みが激しい。深夜になるまで店じまいをするところは少ない。
しかしその喧噪に反比例するかのように、俺の心は沈んだままだった。
つぐみからいろいろ聞いて、ダグラスさんが魔法陣を探しに行くのを見送り、俺はただ一人屋敷へ帰るのみだ。
魔族を探す、その難しさに頭を抱えるだけ。
どうすればいいんだ? どうすれば、俺は屋敷にいる彼女たちの潔白を証明できるんだ。
「……ん?」
ふと、目の前に見慣れた人物が立っていることに気がついた。
そこは大通りに面した建物。
ラ・ネージュ。
かつて子猫が働いていた場所だ。
ほとんど閉店状態のその店の前に、メイド服を着た子猫が立っていた。目立つ服装に、ネコミミと尻尾だ。周りから少々浮いている。
「どうしたんだ?」
「なんか、爆発あったって聞いたにゃ。この店かもって思って、つい……」
「…………」
なるほど、近衛隊の誰かに聞いたのか?
例の爆発があった場所は大通りに面していない。正確な場所を理解していたなら、これほど心配する必要もなかっただろう。
しかし人づての情報とは不確かなものだ。場所がぼんやりと説明されたため、自分の店ではと思ってしまったのかもしれない。
「今は人がいなくても、思い出の場所だもんな。爆発なんてなったら、確かにあまりいい気分はしない」
「そうにゃ。思い出の場所にゃ」
「料理、おいしかったもんな」
在りし日のラ・ネージュを思い出す。
俺があそこに行ってた時は、まだ、いろいろ大変な時期だったからな。まさかこんな形で無期限休業になってしまうとは、夢にも思っていなかったが……。
「匠君の屋敷は暖かくて好きにゃ。居心地ばっちりにゃ」
「…………」
まさか水面下で魔族を探しているなんて言えるはずもない。俺やつぐみのピリピリとした感情は、どうやら上手く隠せているらしい。
俺の沈黙をどうとったのかは知らないが、子猫が申し訳なさそうに口を開いた。
「こないだは、すまないにゃ」
「何の話だ?」
「訓練。犬が怖くて……何もできなかった」
「気にしなくていいさ。子猫はここに来たばっかりだからな。むしろ突然訓練に付き合わせて、申し訳なく思ってるぐらいだ」
「強いにゃ……匠君は」
「そんなことないさ」
俺よりも一紗とかの方が活躍していることが多いと思う。つぐみだって鈴菜だって頑張ってる。なのに俺は……こうしてこそこそと偽者探しをすることしかできない。
「まあ、冒険者ギルドとか行ってたし、多少はできる。でも多少だ……そんなに強くない」
「匠君が戦ってるところ、見てみたいにゃー」
「巻き込まれたら危ないぞ?」
「きっとかっこいいにゃ」
不意に、子猫が背中を預けてきた。
不安だったんだろうな。店の建物が無事だった安心感が、そうさせたのかもしれない。
彼女は俺の屋敷のメイドだ。なら、メンタルのケアもまた、俺が気遣うべきことなんだと思う。
「恋人みたいだな」
「猫は気まぐれにゃ」
そういう気分の日も、あるか。
しばらく、恋人のような体勢で大通りを歩いた。
少しだけ、仲良くなれたような気がした。
その後、気休めに程度の話だが近くの住宅街を見回した。ダグラスさんほど良い目を持っていない俺にとっては、何の変化もないただの街に見えた。
無駄足だ。
なお子猫は近衛隊の兵士に任せ、先に屋敷に送ってもらった。
そして俺は一人、屋敷へと帰る途中。
子猫との遭遇を経て、考える。
やはり、どう考えても自然にやり取りできている。話をしていて少し気分が良かったし、人間臭い会話だったと思う。
これが魔族か? 本当に?
彼女が偽者じゃないとすれば、次に可能性が高いのは乃蒼か?
屋敷前の夜道を歩いていると、乃蒼が小走りでやってきた。
突然出て行ったから、どうやら心配させてしまったらしい。外で待っていたようだ。
「帰ったぞ」
「おかえりなさい、匠君」
彼女の声を聞くと、帰ってきたんだなって気持ちになる。
「匠君、遅かったね。いっぱいお店に寄ってたの?」
……っと、俺はダグラスさんとお店巡りしてた設定だったな。忘れがちだが話を合わせておかないと……。
「す、少しな。外でテロ事件があったみたいで、大騒ぎだったんだ。そのせいでダグラスさんとはすぐに別れた」
「そうなの? 大変だったね」
他人事のように言う乃蒼だけど、まさか自分が容疑者の一人だとは思っていないだろうな。
偽者の話題を彼女に出すわけにはいかない。
……気が重い。
「最近はいろいろと物騒らしい。乃蒼も外に出るのは止めた方がいいかもしれない。俺を出迎えるためでも……」
「……匠君がお外で頑張ってるって思ったから、つい。ごめんね」
たとえどれだけ危険であったとしても、こうして気を使われて嬉しくないはずがない。
俺は彼女を無性に抱きしめたくなった。でも、偽者である可能性を考えると……少しだけ躊躇して……。
「……乃蒼」
……そうだ。
俺は何を悩んでいたんだ? 何を考えていたんだ?
俺には思い出がある。ずっとずっと、彼女たちと肌を重ね、愛を囁いてきた思い出があるじゃないか。
この記憶に勝る証明があるだろうか?
それこそが、最高の確認なんじゃないのか?
「たまにはさ、二人で。いいだろ?」
「…………うん」
フクロウの鳴き声が聞こえる、夜の庭の隅で。
俺と乃蒼は…………。




