土産物集め
正午、大統領官邸にて。
俺とつぐみは、二人で話し合いをしていた。
訓練と称したテストの結果について。
魔族と積極的に戦った鈴菜、璃々、エリナ、そしてつぐみは完全に白。
先の援軍で魔族と戦っていた一紗、りんご、雫も当然ながら白。
非戦闘員の乃蒼、子猫は戦いを行わなかった。これはテストという観点から言えば、マイナスの結果だったと思う。
しかし彼女たちにしても戦闘を嫌がってるだけで、魔族たちが倒されるのを止めはしなかった。元々の気性や戦闘経験を考えると、ごく当然の結果だったと思う。
要するに、全員の疑いが晴れたと言っていいと思う。
「……やっぱり、咲が嘘をついてたってことか?」
思い悩んだ末に、俺が出した結論はそれだった。
「……ありえない話ではない。私だってこの国のためなら、嘘の一つや二つついたりするからな」
つぐみがそれに同意した。自らの赤毛の先を指で弄る彼女の姿は、悩んでいるように不安なようにも見える。
弱さを見せてくれることが嬉しい反面、この現状の深刻さを物語っているようで俺も不安になる。
つぐみは大統領。
俺や一紗は勇者。
鈴菜は優秀な研究者。
璃々は近衛隊の隊長。
エリナは謹慎中とは言え将軍だ。
いずれもこの国にとって有用な人材。一人でも欠けてしまえば、国力を削ぐ原因になってしまう。それは同盟国ではないマルクト王国にとって、有利に働く結果となるだろう。
つまり今回の魔族騒動は、咲が俺たちの仲違いを狙って仕組んだ離間工作。
「投降した魔族が嘘をついている可能性もある。あるいは、その魔族自体が何か重大な勘違いをしている可能性も」
「実は俺たちに敵意なんてなくて、ちょっと屋敷を見てみたかっただけとか? 二~三時間程度なら偽者が来ても全然気がつかないだろうし」
「それは少し楽観的過ぎるな……」
俺たち二人は軽く笑い合った。
魔族の危険が去ったわけではない。
絶対に偽者がいないと言い切れるわけではない。
でも、ひとまずテストの結果が満足のいくものでほっとした。俺はクラスの女子たちを疑うことが……何より辛かったのだから。
疑っていた時は気が気でなかったが、ひと段落すれば違った景色が見えてくる。
ここは大食堂。今日はつぐみと璃々を除く全員がこの場に座っている。
料理を待つ俺、一紗、雫。
手伝う子猫、りんご。
片手に書類の鈴菜。
落ち着きがなく立ったり走ったりしているエリナ。
なんてことはない、いつもの風景じゃないか。
俺は考えすぎだったんだ。仮にも何度も体を重ねたクラスメイトたちだぞ(※子猫を除く)俺が間違えるはずがない。
全員が席に着き、夕食が始まった。
「うう……ごめんなさい。私、上手くできなくて」
乃蒼がしょんぼりしている。先ほど行われた訓練で上手く戦えなかったことを悩んでいるのだろう。
「誰にだって得手不得手がある。乃蒼は俺たちのためにちゃんと夕食を用意してくれたじゃないか。訓練だなんて、慣れないこと言ってすまなかったな」
「ううん、匠君。私だって……やらなきゃいけないことだったと思う。それなのに……」
「もういいから」
俺は話を切って、食卓に並べられた料理たちを見た。
ごはん、みそ汁、刺身だ。
「おお、またみそ汁か」
いいな、さすが乃蒼だ。
ここのところ和食が続いているのは、俺が褒めたからだろうか? いや、日本食は美味しいからな。いくらでも食べられるさ。
「これ何の魚だ」
「マグロだよ」
この独特の白っぽさ。まさか、この切り身は……。
お……大トロ。
なんということだ。こんな高級食材が俺の食卓に並んでいるなんて。
ひょっとすると、この異世界ではマグロを食べる文化がないのかもしれない。乃蒼が大枚はたいて高級食材揃えるとは思えないからな。
ごくり、と俺は唾を飲み込んだ。
食べねば。
そう思い、箸を前に出そうとした……が。
一紗が、鈴菜が、雫が、エリナが。電光石火の勢いで箸を振るい、大皿から大トロを奪い取っていった。
「お、お前らああああああっ! 俺の大トロを返せ! 特にエリナは吐け!」
「……君がいないときは全部私やエリナが食べていたのに」
「脂! 肉! それが正義!」
鈴菜、そしてエリナがそんなことを言った。
こ、こいつら……俺がいない間、ずっとマグロを食ってたのか? 毎日大トロ食ってたのか? なんという贅沢!
吐けと言ってエリナが吐き出すはずもなく、結局は皿の大トロはなくなってしまった。
お……俺のは?
「また明日も仕入れてくるから、ね」
「ぐぬぬ、乃蒼、明日も頼む」
まあいい。食事は毎日三回、そして明日も明後日もある。俺が大トロを食う機会はいつでもあるということだ。
続いて中トロを狙って熾烈な戦いが繰り広げられたが、もはや思い出すのも億劫になるほどの激戦だった。
食べ物を巡って争ってるなんて、平和でいいなぁ。
などと、昆布だしの効いた美味しいみそ汁を口に含みながら思ったのだった。
そんな団らんとした家族の食卓に、突然の来訪者が現れた。
正面のドアを開きやってきたのは――
魔族、ダグラス。
「素晴らしい、本当に素晴らしいですな人間の世界というのは。僕はこの地上に来て以来、初めての感動を覚えています」
ダグラスはその両手に荷物を抱えていた。
モアイ像みたいな手乗りの石像。
木彫りクマ。
掛け軸、陶磁器、扇子のようなもの、タオルなどなど。
一言で言うと、土産物みたいな感じものだ。ダグラスはそれを愛おしそうに掲げると、こう宣言した。
「素晴らしい芸術品です。人間の文化と言うのは本当に素晴らしい。僕は魔族と言う出自にありながら、感動にこの身を震わせています」
「は……はぁ?」
「見てくださいこの木彫りのクマを。毛の一つ一つを彫って再現した精巧さは、いかなる魔法陣にも劣りますまい」
何この人、俺に美術品を自慢に来たのか?
ダグラスは俺の手を取ると、そのまま引っ張って立たせようとする。
「さあさあ何をしているのですか。僕にこの国の良い店を教えてください。これはこの国と魔族の友好のためでもあります」
「おいおいダグラスさん。いくら俺が暇だって言っても……今の時間を考えてくれよ」
今は午後六時頃。店が開いていないわけではないが、あちこち回るにはタイミングがあまり良くないと思う。どうせその手の店を回るなら、今日でなく明日にでもした方が無難だ。
そう思い、俺はダグラスに抗議しようとした……が。
「……いいですか下条匠」
その冷たい声に、俺は思わず冷や汗をかいてしまった。
俺の耳元まで顔を近づけたダグラスが、低い声でそう囁いたのだ。先ほどまでの陽気な雰囲気とは明らかに異なっている。
他の奴らに、聞こえないようにしている?
「彼女たちに気取られることなく、平然とした顔をしたままこの部屋を出なさい。いいですね。緊急事態です……」
なんだ。何が起きた?
気づかれるな? 緊急事態?
まさかこいつ、この場にいないつぐみの……伝令かなにかか?
……だとすると、この妙なお土産もテンションもブラフか。さすが悪魔王の副官。
彼がこの国のためにここまでお膳立てしてくれたんだ。なら俺も……その演技に乗っかるとしよう。
「……ったく、なんなんだよこの魔族。人間の文化に馴染みすぎだろ」
「匠君? 行くの?」
「乃蒼、仕方ないだろ。ダグラスさん、言っても聞かないと思う」
隣でニコニコ笑っているダグラスに、緊張感など皆無。だが俺は知っている。これが演技であることを。
「あ、そのみそ汁は後で飲みたいからおいといてくれ。レンジ……はないんだった、火の魔法で温めるからな」
「うん、行ってらっしゃい」
俺はダグラスに連れられ、部屋を出た。ダグラスは無言のまま、俺を屋敷の外へと誘導している。
一体何が、この先に待っているのだろうか?




