魔族侵入を想定した訓練
魔族侵入を想定した訓練が開始された。
屋敷近くの森にはエリナと璃々が、中庭には乃蒼と鈴菜と子猫、それにつぐみがいる。
この配置は偶然ではなく、訓練のため俺たちが誘導した結果だ。
そして、訓練の肝となる魔族の手配。
クマのような魔族が一体、リザードマン二体、少し毛深い程度でほぼ人間なのが二体、合計五体。
いたるところに傷跡があり、見るからに弱っている。おまけにダグラスの隷属魔法がかけられており、彼の命令に従うようになっている。
俺でさえ哀れに思ってしまうほどだ。仲間である大妖狐マリエルであれば、なおさら動揺してしまうと思う。
話を聞いたときは『なんて残酷な……』なんて思ってしまったが、なるほど、これは確かに合理的なテスト方法かもしれない。偽者をあぶりだすにはもってこいだ。
急に魔族がやってきても不自然なので、適当にストーリーをでっち上げた。
マルクト王国から侵入した魔族が、この近くに潜んでいるかもしれないという情報を伝えておいたのだ。先の戦争による被害を身近に感じている今なら、この言葉だけでも十分緊張感が増す。
俺や一紗たちは運悪く不在。したがってエリナと璃々が警戒のため周囲を巡回し、乃蒼たちは屋敷近くで待機。
こんな状況だ。
そして、今。
茂みに隠れるのは俺、ダグラス、そして一紗だ。
「始めるぞ」
一紗には訓練のことは伝えてあるものの、偽者に関しては伝えていない。念のためだ。
「何かあったらすぐに出ていくわ」
「おれもそのつもりだ」
俺が合図を送ると、木の影から甲冑の傷ついた近衛隊が現れる。魔族遭遇を伝える伝令役だ。
――まずは、エリナ。
「い、異世界人様。大変です、魔族がっ!」
つぐみが手配した近衛隊の人が、絶妙な演技で魔族来訪を伝える。
「なぬっ! こんなところに……」
屋敷の周囲を巡回していたエリナは、その報告に驚きの声を上げた。
しかし幾多の山賊、魔物、そして魔族をその手で打ち取ってきた彼女だ。体が動きを覚えているらしく、流れるような動作で腰の剣を抜いた。
「……あ……ああ……あ……」
瀕死の魔族は言葉にならない声を上げながら、ゆっくりとエリナに近づいていく。
攻撃禁止、とダグラスに命令されたその魔族は、近づいて声を上げることしかできない。それを知っている俺だから安心できるが、何も知らないエリナにとってはただの敵だ。油断するはずがない。
「光り輝け我が聖剣、明日の平和を守るため! 勧善懲悪正義執行! スーパァアアアアジャスティスッ!」
素早い動き。リボンで結ばれた金髪が大いに乱れるが、彼女の戦闘において身だしなみなど気にしない。
エリナは聖剣ゲレティヒカイトを使い見事魔族を倒した。
「ビクトィイイイイイッ!」
エリナが剣を掲げ、勝利宣言。
…………特に問題はなし。
――次に、璃々。
エリナと同様に魔族の来訪を告げられた璃々。二人は離れたところにいるため、先ほどまでの戦いに全く気がついていない。
「う……ううう……」
璃々は、震えていた。近衛隊独特の甲冑が、カタカタと鳴っている。
無理もない。これまで不審者や暴徒ばかり相手にしていたんだ。先の戦争でも近衛隊が陣取るところまで敵は来なかった。
つまり、魔族と言うカテゴリにおいて、璃々は今日が初陣なのだ。
(璃々、頑張れ!)
助けに行きたい、という気持ちを抑えつつ、俺は彼女を心の中で応援した。
魔法を使えば楽に遠距離攻撃できるだろう。しかしそうしないのは、おそらく緊張のため頭が働いていないからだ。
「ミーナさん、私に力を」
両目を瞑った璃々。震えからくる甲冑の音が消え、そして――
一刀両断。
呼吸を整えた璃々は、素早く前足を進めて剣を振りかぶった。熟練とは言えないその動きではあるが、弱った魔族にはそれで十分だったらしい。
見事、魔族を打ち破った。
璃々、成功。
――続いて、非戦闘員。乃蒼、鈴菜、子猫。
魔族侵入の偽情報を流した際、彼女たちにはヘルハウンドの召喚方法をレクチャーした。
なお魔法陣作成に必要な魔族の皮は、ダグラスの仲間に脱皮するタイプの魔族がいたため、容易にそろえることができた。
エリナや璃々たちとは違い、つぐみを含めて四人全員が固まっている状態。投入される魔族の数は三体と一体少ないが、彼女たちの力を考えれば十分だろう。
「――召喚!」
まずは事情を知るつぐみが召喚。光輝く魔法陣の中から、黒い犬のような魔物が現れる。
ヘルハウンドだ。
「いけっ!」
ヘルハウンドはつぐみの命令に従い、魔族へと駆けて行った。
だが慣れないつぐみの力では一体を呼ぶのが精一杯。かつてダグラスが複数召喚したようにはいかない。
つまり、新たな援軍が必要ということだ。
「――召喚」
続いては鈴菜。
知的で冷静な彼女の動作は無駄な動きが一切ない。さすが魔族研究の第一人者。まるで本物の魔族みたいな動きだ。
生まれ出たヘルハウンドは一体。つぐみの物よりやや大きく見るのは、彼女が召喚に慣れているからだろうか。
「行けっ!」
鈴菜が命令すると、ヘルハウンドは迂回するように左側から魔族の側面を攻撃した。元々弱っている魔族に抗う術などなく、そのまま吹っ飛ばされてしまう。
さすが鈴菜の召喚魔族。なんだか知性を感じさせる動きだな。
「ひ、ひぃ、犬ぅっ!」
そしてなぜか子猫は現れた魔族ではなく、鈴菜たちが召喚したヘルハウンドに劇的な感情を示した。
「いいいい犬は嫌い、嫌いにゃ! あっちいけっ! ひうううううううううっ!」
どうやらつぐみや鈴菜が召喚したヘルハウンドが怖かったらしく、座り込んで泣き出してしまった。
犬……嫌いなのか。
そういえばレクチャーの時から様子がおかしかったよな。我慢してたのか……。それはすまんかった。
「あ……あぁ……あ……」
そして、震える乃蒼。
手が、宙に浮いたまま固まっている。魔法陣を描こうとしているらしいが、体がついていかないのだ。
乃蒼……怖いよな、そうだよな?
これが結果だ、もう……十分だろ?
「みんなっ! すまない!」
俺は乃蒼の様子に耐え切れなくなり、その場から飛び出した。
「匠……早すぎる」
「匠か」
「犬が、犬がぁ」
「た……たく……み、君」
ヘルハウンドと共同で、弱っていた魔族たちをやっつける。後ろからやってきた一紗もそれを手伝ってくれた。
訓練と称したテストはこれにて終了。
全員が集まったのち、俺は彼女たちにこれが訓練であることを告げた。




