偽者探索、簡単な身元証明
援軍としての役目を終えた俺たちは、すぐにグラウス共和国へと戻ることとなった。
もっと手伝って欲しい、教えて欲しい、と引き留める声は数多あったが、俺は当初の予定を貫いた。
もちろん、例の偽者情報の真偽を確認するためだ。
馬車に揺られ来た道を戻り、俺たちグラウス共和国へとたどり着いた。
つぐみは官邸へ向かい、俺と一紗たちは屋敷へと戻ることになった。
「匠君!」
門の掃除をしていた乃蒼が、大急ぎで駆け寄ってきた。メイド服にほうきを持ちながら、掃き掃除をしていたらしい。
「おかえりなさい」
「…………お、おう、ただいま」
上手く言葉が出せただろうか?
俺はほうきを持ってこちらを見上げている乃蒼の顔を見た。
何度もキスをして、愛を囁いたその顔。
酷な話だ。
この子も、疑わなければならないなんて……。
「ただいまー」
一紗たちが俺の隣を通り過ぎていった。
俺は一緒には行かない。彼女に話があるからだ。
「ん、匠君。何か私の顔についてる?」
「いやーごめんごめん、かわいいからつい見とれちゃってな」
「……ううぅ」
乃蒼が恥ずかしそうにほうきで顔を隠した。
「……いや、しばらく会ってなかったからさ。乃蒼の顔を見て……ここに戻ってきたんだなーって実感した。昔の俺はさ、この都市から出るのも難しかったからな、こんな感覚にあまり慣れてなくて」
「私も、昔は前の屋敷でお掃除してばっかりの一日だったから、匠君と同じ、かな?」
「覚えてるか? 俺たちがさ、昔暮らしてたあの小さな部屋を」
「あの頃は、鈴菜さんと三人だけだったよね」
「あの部屋には庭も門もなかっただろ? 掃除だって、今よりずっと簡単だったから、申し訳ないと思ってな」
「そんなことないよ。こんな大きなお屋敷に住まわせてもらって、私、本当に申し訳なくて……」
乃蒼が申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ないなんて、乃蒼が気にする必要はない。乃蒼は俺の婚約者なんだから、この屋敷は乃蒼のものでもあるんだ。もっとびしっと他のメイドたちに命令してもいいんだぞ。一紗を見てみろ。あいつ料理や掃除を手伝ったことあるか? 一人で起きられないし暇があれば買い物行ってるし、俺たちのこと考えてないよな。あれぐらいわがままで行くんだ、俺が許す」
「あはは……私は、お掃除してるの好きだから」
「まあ、屋敷に来る前の部屋でもそうだったからな……」
俺はあの当時の部屋を思い出す。
小さくて、古くて、そして金がなかったあの頃。今と比べれば……生活は雲泥の差だった。
「俺の部屋、乃蒼が来るまで汚かったからな。金もなくて、いろいろと苦労を掛けたと思う。たとえば……俺が持ってたフライパン。ぼろぼろだっただろ? 乃蒼も何度か使ったことあるやつ」
「あ、あの取っ手の部分が曲がってるフライパンだよね」
「そうそうそれそれ。いやー、あんなの使わせてすまなかったな。あの時はいろいろ大変で、金がなかったんだ」
「穴の開いてる靴下もあったよね」
「はは……」
俺たちは過去の思い出に笑い合った。
乃蒼が来て、鈴菜が来て、つぐみが来て。この大きな屋敷に住んでいる今となっては、信じられないような厳しい生活だった。
「……あのね、匠君、話したいことがあるから、後で時間をもらえるかな?」
「ん? なんだ。後じゃなくて今じゃまずいのか?」
「まだ帰ってきてないから。夕方ごろにまた」
帰ってきてない? 何の話だ?
まあ、乃蒼がその時話をしたいなら、それに合わせるのがベストか。
「ああ、分かった。夕食の時でいいんだな。食堂に行けばいいのか?」
「ううん、時間になったら、部屋に行くから」
「部屋で待ってればいいんだな。分かった」
何の話だろ?
夕方、自室にて。
天蓋付きのベッドに腰掛けながら、俺は物思いに耽っていた。
周囲には誰もいない。
マルクト王国より帰ってきてすぐ、俺は全員と少し多めの会話をした。
一か月以上他国へ旅立っていたのだ。思い出話もたくさんあるし、寂しいと思っていたのは俺も彼女たちも一緒。長話してしまうのは、むしろ自然な流れだったと思う。
この長話の過程で、俺は彼女たちに簡単な問いかけをした。
『覚えてるか? これ~』、『そうそう、この間の~』、『懐かしな、あの~』、とか言って話を繋げ、過去の記憶を問いただした。
俺と彼女たちに共通するはずの記憶。それも一か月以上前のものであれば、偽者が経験したことがない。よほど運が良くなければ、取り繕うことはできないはずだ。
しかし会話を進めた結果、分かったことがある。
何も矛盾は存在しなかった。
全員の受け答え、つまりは記憶の整合に全く矛盾は存在しなかった。
「……どういうことだ?」
俺はベッドに倒れこんだ。頭を働かせていたため、体を楽にさせたかったのだ。
……つまり変化の魔法を使った大妖狐マリエルは、かつて偽者として現れた優と同じように、本物の記憶をコピーしていることになる。
容姿は瓜二つの上に記憶まで継承。これで一体……どうやって偽者を見つけろっていうんだ?
「…………」
手詰まりだった。
俺はこれまで、何度か苦しい事件を解決してきた。しかしそれは、偶然や仲間、加えて聖剣ヴァイスの力によるところが大きい。正義の心や勢いだけでうまくいってしまったことだってある。
決して俺の頭脳で解決できたわけではない。
もとより、偽者探しなんて俺にとって荷が重すぎるのだ。
「……仕方ない、か」
俺は決断した。
リスクを背負わねばリターンは得られない。
まず、手札を一枚切ろう。




