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クラスの女子全員+俺だけの異世界召喚  作者: うなぎ
大妖狐編

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174/410

咲の寝室で……


 会談は終わった。


 いくらかの政治的なやりとりがあった。

 俺たちがこの国を助けることへの見返り。グラウス共和国としての報酬と、俺や一紗たち個人に対する褒賞。

 後日、この国に展開する軍の配置や部隊の特性などを聞く予定だ。なんでも、かつて優や春樹が集めた聖剣・魔剣がそのまま流用され、国としての専門部隊が創設されたらしい。

 この辺りは俺たちグラウス共和国と非常によく似ている。ピンチになると、みんな考えることは一緒なのだなぁと思った。


 そして、俺は咲に呼ばれるがまま、指定の場所へと向かった。

 時刻は夜。招かれたのは一つの部屋だった。

 

 広い部屋だ。壁に掛けられた仰々しい絵画と黄金の装飾が施された柱、そして中央には大きなベッドが置かれている。俺の屋敷にあるやつと引けをとらないぐらいだ。

 ここは……ひょっとして咲の寝室なのか? いやむしろ、国王と咲の?


 ベッドに腰掛けた咲が、両手を広げながら俺を出迎えた。


「ようこそ、下条君。わたくしの寝室へ」

「そ、それで何の用だ? つぐみたちには話せないことなのか?」

「いやだわ、分かってるくせに」


 咲は俺の右手に抱き着くと、その柔らかい胸を押し付けてくる。香水らしきその甘い香りに、俺は一瞬だけ動揺してしまう。


 だが今回は心の準備ができている。色仕掛けで動揺するほど、俺も馬鹿ではない。

 ……まあ、つぐみや一紗に散々言われたからなんだけどな……。浮気みたいなことはするなと。


「咲、気持ちは嬉しいんだが俺にそんなつもりはない。婚約者もいるんだからな。それが今回の用事だというなら、この件は俺の胸にしまって……このままここを立ち去る」

「…………」


 咲は、体を動かさないまま固まってしまった。俺の言葉が予想外だったのか? いや、それとも……何かを探ってる?


「ごめんなさいね、試しただけよ。監視されていないかどうか」

「監視?」

「そうそう」


 …………。

 監視、か。

 まあ、この状況で咲が迫ってきたとして、監視されてるならそいつが止めに入るだろうな。それがグラウス王国側かマルクト王国側かは分からないが、今、この場で俺と咲が関係を持つことは両国にとって好ましくない。


 ……でもさっき玉座の間で押し倒してきたのは本気だったんだろうな。あそこで俺を試す意味なんてないだろうし……。


「それで、下手な演技までして監視を確認したのはなぜだ? そうまでして他人に知られたくない、その話の内容は……」

「……来なさい」


 と、咲が言った。

 すると窓のカーテンに隠れていたそいつが、ゆらり、姿を現した。

 その姿を見て……俺は。


「……っ!」


 とっさに距離を取り、腰の聖剣を抜いた。


「どういうつもりだ咲! こいつは!」


 二本足で立つその姿は、ただの人間。だがその容姿は、明らかに俺達とは異なっている。

 あえてファンタジー風に表現するなら、ワーウルフといったところだろうか。犬のように全身に生えた黒い毛、頬まで裂ける口から鋭い犬歯が飛び出している。


 魔族。


 獣人、と魔族との区分けは中々難しい。が、総じて獣人はかなり人間臭い身なりをしている。尻尾と耳以外はほぼ人間と言っても差し支えない。

 今回のこいつは獣人にありがちな耳と尻尾だけ獣姿な人間とは明らかに異なっていたため、すぐに魔族だと断ずることができた。

 しかし中には獣人そのものの魔族も存在するから厄介だ。もっとも、まるで人間にしか見えないような魔族も存在するから、見た目で分けようということ自体が愚かな行為なのかもしれないが。


 ともかく、俺の前に魔族が現れた。咲の呼びかけに応じて、だ。

 とても今ここに侵入してきた不審者には見えない。咲がここに連れ込んだ、と見るのが自然。

 

 ……まさか咲が人類を裏切ってこいつらを?


「落ち着いて、彼らに敵意はないわ」


 ワーウルフ風の魔族は、そのいかにも好戦的な容姿とは裏腹に、両手を上げて無抵抗のポーズをとった。


「我が名は魔族、フーゴ。落ち着け。お前はダグラスと話をしたはずだ。まずはそれを思い出せ」


 と、魔族フーゴは言った。


 ダグラス?

 そこで、俺は思い出した。

 ダグラス。主である悪魔王イグナートに反旗を翻し、平和のため俺たちに降伏した……あの魔族の事を。


「我々は、降伏した」


 なるほど。

 どこの国でも同じということか。レグルス迷宮からの大侵攻は、多くの魔族にとって戸惑いの多い大事件だったらしい。

 また、こうして人類と平和的な共存を望む者が出てきたとしても……おかしくない。


「わたくしの国は、かつて時任君が集めた聖剣・魔剣を効率的に運用し、魔族たちと戦ってるわ。その成果は上々。すでに王都近郊の魔族たちは全部倒してしまったわよ」

「……じゃあ、俺たちの支援が欲しいと言うのは嘘だったのか?」

「そんなことはないわよぉ。あの剣には限りがあるし、使い手もあなたたちに比べて遥かに未熟。この国全体を言えば、魔族たちの脅威は未だ衰えてないわ。下条君には新米兵士のお手本となって、戦い方を見せて欲しい。そういう願いもあるわ」


 そういうことか。

 聖剣は一朝一夕で使えるものじゃない。適性があっても使用限度があるし、自分の限界を知りながら戦うことも必要とされる。

 使い慣れた俺や一紗なら、十分に手本となるだろう。


「じゃあ、ここに俺を呼んだのはなぜだ? 魔族と俺を会わせたかったなら、つぐみたちが一緒でも何も問題ないと思うんだが……」

「お前はあの日、迷宮宰相ゲオルクを殺した男だな?」


 突然、魔族フーゴがそう問いかけてきた。


「ゲオルク? ああ……確かに」


 一紗を助けたときの話だ。あの時は大量の魔族に囲まれてコロシアムで死闘を演じたからな。こいつにも見られていたのかもしれない。


「あの時、最後に出て来たゼオンという魔族を覚えているか?」

「ああ」


 あの、いかにも幹部です風の強キャラ感出てた魔族か。ちょっとしか会ってないけど、あのサムライ風の姿は未だに覚えている。


「我々魔族社会は、魔王陛下を頂点とした階層構造で成り立っている。その陛下の真下に位置する三幹部の一人が、あの魔族だ」

「三幹部」

「ああ……」


 悪魔王イグナート。

 大妖狐マリエル。

 刀神ゼオン。


 それが、魔族三巨頭。であると魔族フーゴは俺に教えてくれた。


「このうちこの地域、お前たちがマルクト王国と呼んでいるここは、我ら大妖狐マリエル様が率いる魔族たちの管轄だ」


 大妖狐、と言うからにはきっとキツネ風の魔族なんだろうな……。


「我ら獣人寄りの魔族たちを家族のように扱い、同胞を大変思いやる心優しいお方。それがなぜこのような無謀な絶滅戦争を命令したのか、俺にとっては理解に苦しむばかりだ。何があの方を変えてしまったのか……」

「…………」

 

 心変わりはイグナートの件と少し似ているな。

 それで人類いい迷惑なんだがな。


「それで、その愚痴を言いたくて俺をここに呼んだのか? 悪いが俺は、見ず知らずの魔族を慰めるほどやさしくはないぞ」

「……ここからは、俺がここにやってきた原因にもつながるのだが……」


 フーゴは周囲を警戒し、声も低くした。


「数週間前のことだ。この地で命令を下していたあのお方……マリエル様が、突然いなくなった」

「いなくなった? 行方不明ってことか。それともこの国の兵士に倒されて……?」

「馬鹿を言うな。多少聖剣・魔剣を使えるようになった雑魚が、あのお方に勝てるはずがないだろう。ことあのお方に限って、人間の力など全くの無意味」


 俺たちも悪魔王イグナートに大苦戦だったからな。しかも倒したとは言えないような勝ち方だった。同じ幹部級の大妖狐マリエルが、素人の聖剣ごときで殺されてしまうとは考えにくい。

 じゃあ自発的にいなくなったってことか。


「……俺は面倒な会話が嫌いだから、単刀直入に言う。あのお方はお前の仲間? 学友? クラスメイト? その中に紛れ込んでいる」

「は?」

 

 面倒な会話が嫌い、というだけで端折られてしまうにはあまりに密度の高すぎるその事実に、俺は開いた口がふさがらなかった。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。紛れ込んでるってなんだよ。意味わかんねーよ。俺全然そんな不審な魔族見たことがないぞ。そのマリエルさん、俺たちのそっくりさんか何かなのか?」

「あのお方は変化の魔法を心得ている。その姿は親しい者が見ても全く区別がつかないほどだ」


 変化?

 ああ、キツネが化ける的な話か。

 待てよ待てよ待てよ。ってことは、つまり……。


「つまりお前はこう言いたいのか! 俺たちの中に、その魔族が変身した偽者が紛れ込んでるって!」「その通りだ……」


 俺は、言葉を失った。

 偽者?

 

 信じられない彼の言葉に、俺はただ混乱が増していくばかりだった。


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