つぐみの忠言
メイドに連れられた俺たちは、玉座の間へと案内された。
部屋の中は、予想通り荘厳な雰囲気の造り。
玉座に腰掛けるのは国王、アウグスティン八世。一段下がったその周囲には、大臣、あるいは貴族と思われる男たちが数人。
そして国王の、玉座にもたれかかるようにして立っている妖艶な美女。
阿澄咲。
俺のクラスメイトであり、国王の伴侶としてこの国で権勢を振るう……つぐみと対局をなす女傑。その姿を見た俺は……。
(え……エロい)
すぐに目を逸らした。
え? いやだってあれヤバいでしょ。クラゲみたいな半透明なドレスで、中の下着とか完全に見えちゃってるし。しかもその白い下着も透けてるし。あれじゃただの痴女だよ!
いや、いやいやいやおかしいだろこれ! 隣の国王とか、あと周りの大臣っぽい奴もちゃんと突っ込んでやれよ! 服ちゃんと着ましょうよ服を!
などと脳内が混乱しているのはどうやら俺だけのようだ。熟練した政治家であるつぐみは、この程度のことで動揺などしないらしい。
「お初にお目にかかります、国王陛下。グラウス共和国大統領、赤岩つぐみです。本日は盛大な歓迎をご用意していただき、感謝の言葉が絶えません。未だ治世の短い私といたしてましては、陛下のご威光に目がくらむばかりで……」
つぐみが何語か分からないような話をしている。もちろん隣でありえない服装をしている元クラスメイトのことなど完全無視だ。
「あ、あまりかしこまる必要はない、赤岩大統領。この度はわが国への助力、感謝……する」
対するアウグスティン8世は比較的若い国王。たどたどしい言動がやや耳に障るが、凡庸な国王というのが適切な評価だと思う。
二人は、適当に話をしている。つぐみが持ち上げ、国王が謙遜する。話の方向性は見えないが、友好的なムードではあると思う。
が……。
「あらあら、大統領閣下。わたくしへの挨拶はないのかしら?」
やはり我慢ならなかったのだろうか、咲が口を挟んできた。
わずかな、沈黙が続いた。
つぐみは咲をあからさまに無視していた。国王ではなく彼女に話を通すべきだと言うことは、大統領としてよく知っていたはずだ。それなのに全く意思疎通を図ろうとしなかったのは、おそらく彼女の存在を認めたくなかったからだろう。
咲は女であることを武器に国王を篭絡した。だがそれは自由と男女平等を信奉する大統領とは、まったく思想が異なるもの。
仲たがいは自明の理。
つぐみは視線を強めた。
その凛とした顔つきは革命の女傑としての彼女の顔。多くの国民が、彼女の美しく厳かなそのまなざしに惹かれ、貴族たちと戦った。
「……失礼ながら、陛下はこの娼婦のような女を妻として考えているのですか? にわかに信じがたい話です」
「なっ、大統領……それは……」
「私は国民に選ばれた大統領、陛下は神に選ばれた国王です。しかし彼女はあなたに選ばれただけの存在。国政に意見する権利などありません。今日も恥じらいもせず男に媚を売るような服を着て、私は同郷の者として情けない。国王陛下にはもっとふさわしい伴侶がいらっしゃるのではないか、と私はこの場を借りて忠言いたします」
つぐみは大統領でアウグスティン8世は国王。あまり政治を理解していない俺にとっては、大統領より国王が偉いような気もするが、だからといって国全体を蔑まれてしまっては困る。
だからこそつぐみは意見した。おそらくこの場の誰もが思っているであろう、咲と国王の関係について。
むろん、咲も国王も悪代官ではなく、現状この国は上手く回っている。別につぐみは咲を失脚させたいわけではない。ただ、国王との不健全な関係を正そうとした、ただそれだけ。
まじめな彼女らしい発言だ。
さて、随分と高圧的なつぐみの言葉に対して……。
「ぐすん」
咲は、泣いていた。
目元に手を寄せ、涙を拭うその姿は、絶世の美女風の姿とは異なり、まるで年端もいかぬいたいけな少女のよう。俺ですら彼女の着ている性的過ぎる服の事すら忘れて、思わず同情心を抱いてしまったほどだ。
泣いている咲は、そのまま倒れこむように玉座に座る国王の膝へ倒れこんだ。
「悲しいわ。悲しいわ陛下。ねぇ、わたくし、そんなに悪女かしら? このドレスも、下着も、陛下がお気に召したから用意したもの。それを恥かしい、娼婦のようだなんて……。ああっ、みんな陰でわたくしのことをあざ笑っていたのね!」
「そんな、咲! そんなことはない! 誰もそんなことは思っていない!」
「そうよね」
その回答で咲は満足したらしい。
咲は国王から目線を逸らし、改めて俺たちへと向き直った。
「うふふ、下条君。お久しぶりね。元気だった?」
咲がこちらに近づいてくる。
や、止めろって、その服のまま俺に近づいてくるなって……。
「あ、ああ……いろいろあったが、俺は元気にやってたぞ」
「あらあら、どうしたの下条君。ちゃんとこっちを見て。わたくしのカ・ラ・ダ、感想を聞かせて欲しいんのだけれど」
「はっ……はははっ、少し俺には刺激が強すぎるっていうか」
「下条君は、屋敷で女の子たちにこんな格好させないのかしら? 仕方ない子たちね。お堅い子ばっかりで、下条君がかわいそうよ……」
当然、俺の屋敷のことも調べ済みというわけか。
「俺は魔族たちと戦うために来た、それでいいんだよな?」
「うふふ、この国を救ってくれる勇者様。もちろん報酬は弾むわ。期待してるわよ。それと……」
「それと?」
「これから二人きりで、お話したいことがあるのぉ」
二人で?
「つぐみや一紗たち抜きで、俺と二人っきりで?」
「そう、そうよ。とっても重要な話なの。あなたとわたくし、二人だけで、誰もいない誰にも聞かれない、そんな場所でお話よ」
「…………」
俺と密談?
何のために? それほど咲と接点がなかった俺だぞ?
まさかこの国に引き抜きたいなんて話じゃないだろうな? だとしたらすぐにでも断るが……。
と、あれこれ考えていたら、ふと、俺の顔をじっと見つめている咲に気がついた。
「……下条君、しばらく見ない間に……いい男になったわね」
「は?」
瞬間、咲が俺に体重を預けてきた。
跪くようにしていた俺の体は、大した力を入れられるはずもなく容易に咲によって組み倒された。
そこから先は、まるで流れるように。
咲の豊満な胸が、手が、足が、まるで蔦のように俺の体へと絡まっていく。全力を出せば逃げることはできたが、彼女の体を傷つけることを恐れた俺は……強い力を入れることを一瞬だけ躊躇してしまった。
その間、約十秒。
体を絡ませ濃厚なキスを迫る咲に、俺は体を任せるしかなかった。
ちょ、ちょっ!
「貴様あああああああああああっ! 匠になんてことをする! 死刑にしてやる!」
激昂するつぐみ。
「解放、魔剣グリューエン」
魔剣を構える一紗。
「…………」
「…………」
無言のまま、笑顔で弓と杖を構える雫とりんご。
こ、これが修羅場と言うやつか? こ、怖い……。
正気を取り戻した俺はゆっくりと咲の体を押しのけ、その場に立った。
「あんっ」
「おおお、おちつけつぐみ、俺は大丈夫だ。あまり外交的な問題に発展する言葉は慎んでくれ」
「…………」
怒りを沈ませたつぐみ。一紗たちも武器を収めた。
「……話があるというなら聞くけど、俺はグラウス共和国を祖国だと思っている。国に利さないことは、同意しないぞ? それでもいいのか?」
「うふふ、それでいいわよぉ。お話だけ、聞いてもらえればそれで」
……何を言われるか分からないが、話だけというのなら。咲はクラスメイトだ。悪いようにはならないだろう。
しばらく政治的な話が続いたのち、俺たち全員と咲の会談は終了した。
その後、俺は咲とともに別室へ向かった。




