ヴァイスとの対面
勇者の屋敷、食堂にて。
俺の家である勇者の屋敷は、かなり広い。
食堂だってその広さはかなりのものだ。正直言って、最初のころは広い部屋で食事をすることがなんだか空しかった。
だが、今は違う。
俺、乃蒼、鈴菜、つぐみ、璃々、一紗、りんご、雫、エリナ(牢から解放済み)。
大家族に相当するこの人数。食卓はずいぶんと賑やかになり、無駄なスペースが減った。屋敷を持て余してる感が徐々に解消してきている。
料理は主に乃蒼が用意し、りんごや俺も手伝った。
今日は海藻サラダや焼きサバ、貝と言った海の幸をふんだんに使った朝食だ。正直朝食と言ってしまって申し訳ないくらいのボリュームと豪華さがある。
昆布出汁の効いた海藻入りみそ汁っぽい飲み物まである。
「みんな、聞いて欲しい」
適当に食事を進めながら、俺は言葉を切り出した。
「俺たち勇者パーティーとつぐみは、しばらくマルクト王国に向かうことになる。あそこは未だに魔族たちがうろついてる、戦地だ。危険だから俺たちだけでいくことになる。ということでいいよな? つぐみ?」
俺たちが行くといくということは、乃蒼たちは留守番ということ。他の戦える子がどうするのかは、詳しく聞いていないけど……。
「……璃々は近衛隊としての仕事を全うしてもらいたい。それとこの国の防衛を兼ねて、エリナにも残ってもらう。乃蒼と鈴菜は匠の言う通り、屋敷に待機していてくれ」
「かしこまりました、大統領閣下」
「任された! 悪は残らず殲滅する!」
「あ、はい……分かりました」
「問題ない」
四人は返事をして、食事を再開した。
「うおおおおおおおおおおお! うおおおおおおおおおお!」
エリナが流しこむようにご飯を口の中に放り込んでいる。今は食欲の方がはるかに勝っているらしく、俺のことなどまるで見ていない。
まあ、ご飯に集中している分は平和でいいよな。そのまま食ってろ、ずっと食ってろ。
エリナから視線を逸らして、何となく雫の方を見た。彼女はご飯をすでに食べ終え、みそ汁を飲み干している最中だった。箸をもう置いて食べ終える気らしいが、皿に盛りつけられた魚が手つかずのまま置いてある。
「雫、魚が嫌いなのか? ダメだぞ好き嫌いは?」
「ふっ、何を言うかと思えばそんな話か」
やれやれ、とでも言いたげに、雫は両手を広げてジェスチャーする。
「くくく、いいかこの愚か者。馬鹿なお前にも分かるように説明してやる。この魚は小骨が多い。骨を取るなんて無駄な時間を費やすのは、限られた人生において浪費でしかない。私は日ごろ何も考えず生きているお前とは違って、一分一秒を大切に生きているんだ。こんな無駄な食べ物は食べない。それが私の人生だ」
「しずしずはね、昔魚の骨がのどに刺さっちゃったみたいで、怖くて食べられなくなっちゃったんだって」
「こここここっ、怖くなんてない! りんごはすぐ嘘をつく! 私のようなインテリジェントな人間は、食事一つでも時間の効率を考えるんだ!」
「いやいや落ち着けって、別に責めてるわけじゃないから。怖いなら無理やり食べさせたりしないって……」
「違ああああう! 怖くない怖くない怖くないいいいい!」
強がって箸を近づけようとするが、その手が震えている。まるで見えない透明なバリアに阻まれているかのように、箸が前に進んでいない。
嫌いなら素直にそう言えばいいのに。誰も無理なんてさせないんだからさ。俺に弱みでも握られたと思ったか? さすがに食事みたいなデリケートな問題はネタにしない……と思う。たぶん。
不憫になったので、俺は雫から目線を逸らして鈴菜を見た。
彼女は海藻やみそ汁に手を付けている。
「美味しいな乃蒼ちゃん。毎日食べてもいいぐらいだ」
「あ、ありがとうございます」
みそ汁とか海藻って健康にいいもんな。妊娠中の鈴菜ならなおさらだ。
「魚とかみそ汁って、健康に良さそうだもんな。鈴菜は毎日食べた方が良いんじゃないのか?」
「それはいい。乃蒼ちゃん、明日から毎日頼めるか?」
「えっと、はい……」
「何っ!」
突如、和やかな会話の中に割り込んできた奇人。
エリナだ。唇の周りに髭のような形でご飯粒をくっつけている。どうやって食ってたら、あんな感じでご飯粒がついてしまうのだろうか。
「おいしいごはんとみそ汁はあたしのもの! 正義の味方は腹が減る! うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
エリナが鈴菜のご飯を奪おうとしたので、俺が羽交い絞めにして阻止した。
まあ、地下牢は勘弁してやろう……。
こうして平和に食事ができるのも、明日までか。
明日、俺たちはマルクト王国へ旅立つ。
そこには新たな戦いが待っている。援軍扱いとはいえ、危険も伴うだろう。
でも俺は必ずここに帰ってきてみせる。
この、彼女たちが笑って暮らせる大切な空間で、癒されたいから。
********
深夜、ふと目覚めた俺はベッドから上半身を上げた。周りでは他の女子たちが寝息を立てている。
絡まった手や足を解きながら、俺はゆっくりとベッドから出た。近くにかけてあったガウンを羽織り、ベランダに出る。
俺はウッドチェアに腰掛けた。
夜の闇が広がる庭と、森。遠くから小さな鳥や虫の鳴き声が聞こえる。
熱くなった体に、冷たい夜風が染み渡る。気持ちいい。ベッドじゃなくてここで寝てた方がいいんじゃないかと思えてしまうぐらいだ。
「…………」
ぼんやりと、何気なく部屋の中が気になって覗き込んだ俺は、驚いて椅子から転げ落ちそうになった。
幽霊のような少女が、俺の背後に立っていたからだ。
白い着物を着たその女の子は……そう。
「君は……聖剣ヴァイスなのか?」
かつて何度か遭遇したことのある、俺が〈白き刃の聖女〉と呼んでいた少女。
聖剣と対話する〈同調者〉という俺の能力。感情が高ぶると発現するらしいが、ついほんの少し前までベッドで行っていたことを考えれば……納得だ。
「こんにちは」
明瞭に声が聞こえる。
話をするなら、今だ。
「話を聞きたいことがあるんだ」
「何?」
「俺は君を道具のように使っている。魔族を殺して、戦争の道具に使って。あまり褒められた主ではなかったと思う。でも、俺には力が必要だった。昔も、そして今も。だから俺は、敵を倒すために君を使わなければならない。たとえ君がそれを嫌がってたとしても……だ。それを、許して欲しかった」
「大丈夫」
少しだけ震えていた俺の手を、少女が握り締めた。
「もう人であったのは遥か昔。その時の感覚なんて、とうに忘れてしまった。魔族を殺すことも、敵を倒すことも、何も問題ない。あなたのやりたいようにやればいい。それが私の、ううん、私たち〈白き刃の一族〉の希望」
もともと、魔族に無理やり剣にされてしまった人だ。魔族に変な同情心を持っているはずがない。
すべては俺の杞憂だったか。
「そう言ってくれると助かる。いろいろと聞きたいことがあったけど、それが聞けただけで今日は満足だ」
「…………」
「俺の能力、聖剣と話す〈同調者〉っていうんだっけ? 自分でもうまく制御できないみたいで、感情がうまく高ぶった時に発現するらしいんだけど……」
その言葉を聞いた少女が、空中に手をかざした。すると彼女の手が、まるで太陽か何かのように光り輝き始める。
光の中から生まれたのは、一本の剣だった。
「聖剣ゲミュート。心を操り、感情を操作する剣。これを使えば、あなたはいつでも〈同調者〉としての力を使えるはず」
感情を操る剣か。魔族たちにどの程度通用するか分からないが、今の俺にとっては役に立つ剣だ。
「前にも聖剣を生み出してたよな? これはどうやってやってるんだ? この聖剣も元となった人間がいるのか?」
「聖剣ヴァイスは私一人でなく、複数の聖剣。その聖剣は、私の一族から生まれたもの……」
……ぬぬぬ、一人じゃない? じゃあこの聖剣ヴァイスには人がいっぱい封じ込められているということか?
よく理解はできなかったが、とりあえず新しい聖剣が手に入った。
「これで君と簡単に話ができるようになったな。他の魔剣や聖剣とも。あっ、たとえば、一紗のグリューエンとか」
「それはあまりお勧めしない」
と、女の子は否定する。
「なんでだ?」
「長部一紗が持つのは、魔剣。聖剣は清き心の人間、魔剣は心悪しき人間が元になっている。いたずらに対話を試みようとすれば、あなた自身の心が闇に引きずりこまれることになるでしょう」
「…………」
俺は小鳥のことを思い出した。
彼女が魔剣の声を聞いていたのかそうでないのかは知らない。ただ、あんなおぞましく危険な剣の元となった人物が、全うであるとはどうしても思えなかった。
聖剣と魔剣の分類について、俺はこれまでよく理解していなかった。何を基準に分けているのか前から疑問だったのだが、人の心というのは意外な結論だ。これを鈴菜に話したら、学説か何かにして大学で発表してくれるのだろうか?
ともかくこの日、俺は自らの相棒と初めてまともに対話をした。
とても有意義な時間だった。俺の迷いを、吹っ切ることができたのだから。
明日からは、もっと強く戦える。
だんだん冗談じゃ済まされない文字数になってきてますよね、この小説。




