式典の案内
鈴菜の実験を終えた俺は、すぐに首都へと戻った。
そのあと、乃蒼と夜を明かしたことは言うまでもない。俺はこれまでよく我慢した、ホント我慢した。だから夜はいいんだ、乃蒼と一緒ならいいんだ。
翌日、俺は大統領官邸……という名の城へと赴いていた。昨日、帰って早々つぐみから呼び出しをくらったからだ。
門の前へとやってくると、腕組みをしながら待っている甲冑姿の少女がいた。
つぐみの取り巻き筆頭、近衛隊長の柏木璃々だ。
「こっち」
ポニーテールを揺らしながら俺を先導する璃々。
「お、元気になったな璃々。心配したんだぞ」
フェリクス公爵の姦計に嵌り操られていた少女。俺の〈操心術〉にかかり言いなりになっていた。術を解かれたあとも、そのショックで少し落ち込んでいたように見えたのだが……。
「…………」
璃々は俺に冷たい流し目を一瞬送ったが、すぐに前を向いて歩き始める。
無視ですか、はいそうですか。
しばらく進むと、執務室が見えてくる。
扉を開けると、そこにはつぐみがいた。
俺は挨拶の言葉を出そうとしたが、璃々の方が早かった。俺のことなどまるで無視してつぐみに駆け寄り、その腕に抱き着いた。
「お姉さま! こいつやっぱり殺すべきです! さっき私のことをいやらしい目で見てきました! 汚らわしい、クラスメイト達にガーターベルトとメイド服着させる変態に生きてる価値なんてありません!」
俺への敵意をむき出しだが、今は操られていない。彼女はいつもこんな感じだ。
ちなみにつぐみのことをお姉さまと言ってるが年齢は一緒だ。まあつぐみの方が、指導者らしくこう威厳というか年上っぽさ的なやつがあるがな。
「璃々、彼は君を助けたんだ。その点は考慮していいのではないかと思うのだが……」
「お姉さま、なんてお優しい」
璃々は頬を赤めながら恍惚の笑みを浮かべた。そういうのは勝手にやってくれていいが、俺をダシに使わないで欲しい。
璃々と話を終えたつぐみが、改めて俺へと向き直る。
「今日呼んだのはほかでもない、式典の話だ」
「式典?」
「鈴菜の〈プロモーター〉が完成したからな。そのお披露目をかねて盛大な式典を開くことになった」
「ずいぶんと仰々しいな」
「それだけの成果だ。大統領としては、見合う舞台を用意する必要があるだろう?」
男女平等を掲げて民の支持を得ているつぐみにとって、鈴菜の発明は重要だ。それを祝うと言うことは、彼女にとっても重要な政治的パフォーマンスなのだろう。
「貴様も何度か実験に付き合っていた協力者だ。鈴菜からの申し出もあり、必ず出席させるようにと言われている。特等席を用意してあるから、そのつもりでいろ」
「鈴菜が……」
そうか、俺のために鈴菜が。
鈴菜ちゃん……偉い!
あの子は頭がいいからな。こうやって俺に気を使ってヘイトを貯めないようにしてるんだろうな。この辺がつぐみとは違うよな。
「分かった、俺も鈴菜の頼みなら断れないからな。詳しい日程が決まり次第教えて欲しい」
「そうだな、当面は――」
と、そこでつぐみは言葉を切った。正面の扉から、一紗が入ってきたからだ。
制服や胸当ての端が少し汚れている。迷宮に潜ってから、すぐにこちらへと戻ってきたのだろう。
「一紗か、何の用だ?」
「これ、今日の成果」
そう言って、一紗はあるものを机の上に置いた。
レグルス迷宮には希少な宝物が存在し、その中には特殊な力を持つものがある。
それは魔剣や聖剣のように武器の形を取らず、様々な特殊効果を生み出す。
あるものは、触れるものをすべて黄金に変え。
あるものは、木の芽を一日で大木に変え。
またあるものは、遠く離れた場所の映像を映し出す。
この世界の人々は、この特殊道具のことを魔具と呼ぶ。市場にもごく少数ではあるが流通しているものの、かなりの高級品として扱われている。
冒険者や兵士たちがこの宝を求めて迷宮に潜ることはない。魔王レオンハルト傘下の魔族はかなり強く、ただの人間であれば軽々と殺されてしまうからだ。
迷宮へと潜り魔具を探し当てるのは、魔王と戦う異世界人――すなわち『勇者』の仕事。
一紗と、それと俺のクラスメイト2人は今その役目を担っている。最初は俺だけで潜るはずだったのだが、革命のとばっちりで未だ迷宮に行ったことはない。
今回一紗が用意してきたのは、ネクタイピンのような金属だった。
「これはどういった魔具なんだ? 一紗」
「身に着けると、声を自由に変えることができるの。パーティーグッズとしては面白いんじゃないかしら?」
つまりは、それほど役に立たないということだ。
有用な魔具はごく少数。大抵は面白おかしい効果が付与されているが、実用性に乏しいものばかり。
だが、この魔具こそ俺たちの唯一にして絶対の希望。『異世界に帰る』という効果のある魔具を探し当てることこそ、俺たちの至上命題の一つだ。
実際に、そういうものが存在するという話を賢者たちから聞いてる。それが本当なのか、嘘なのかは分からないが……。
雲を掴むような話だ。冒険者として生計を立てている俺も、この国を変革したつぐみや鈴菜も、もはや元の世界に帰ることにそれほど強い期待を抱いていない。この世界で生活することを考え始めている。
一紗はそうでもないみたいなんだが。彼氏の優がいるからな。
「それでつぐみ。匠はもうあたしたちに合流してもいいのよね?」
「いつの話だ一紗? 私はその件に関してもはや文句を言うつもりはないぞ? 君に預けている聖剣や魔剣も、渡してしまって構わない」
隣の璃々が嫌そうな顔をしたが、彼女にはこの件に口を出す権限などない。
そうか、俺もいよいよ勇者の一員として迷宮に潜れるのか……。なんだか、これまでの経緯を考えると感慨深いな。
「今まで悪かったわね。この剣、返すわ」
そう言って剣を差し出した一紗。魔剣グリューエンと聖剣ヴァイス。かつて俺のものとして貴族たちから渡された勇者の剣だ。
「いや、それはいい。迷宮の魔族は強いんだろ? お前が俺に剣を渡して、そのあとすぐに負けたなんて話になったら寝覚めが悪いからな。俺が迷宮に慣れるまでは一紗が持っててくれ」
「ごめんなさい。確かに、この剣があればずいぶん楽になるわ」
適材適所。魔剣や聖剣に関し素人な俺がいきなり超人的に活躍できるとは思っていない。まずは一紗の近くで使い方をじっくりと学んでいくことにしよう。
「それに、俺もすぐに合流ってわけにはいかないからな」
俺だってこれまで冒険者ギルドで働いてきた身だ。いきなり迷宮潜ります、なんて話になったら空いた穴はどうするんだってことになる。しばらくは調整時間が必要だろう。
その後、適当な雑談を終えて俺は家に帰った。