朝メラ
『朝チュン』という言葉をご存知だろうか?
朝起きると、小鳥がチュンチュン鳴いている状況のことだ。大抵は半裸の男女などが描写されて、不純異性行為の隠喩となっている。
自慢じゃないが俺は毎日クラスの女子たちと寝ている。そしてこの勇者の屋敷は森の中で、鳥たちも多い。
お分かりいただけるだろうか? 俺は毎日が朝チュンなのだ。
ベッドの中で寝ている俺。そう、璃々とつぐみと熱い夜を過ごし、そのままぐっすりと眠ってしまったんだ。
ぽかぽかと、体が温まっていく感覚。
朝だ。
美しい小鳥たちの声をBGMに、俺の目覚めは始まる。
さあ、今日も鳴き声を聞かせておくれ。
――メラメラ。
ん?
あれ、なんかいつもと鳥の鳴き声が違うような?
――メラメラメラ。
珍しい鳥だな。
あれ、違うぞこれ。なんか、熱い。すっごく熱い。尋常じゃないぐらい熱い。
じっとりとした汗の感触に、俺は思わず目を開けた。
そして眼下に飛び込んできたのは、赤、赤、赤。メラメラと空気に揺らぐそれは……炎。
「燃えてるううううううううううううっ!」
俺は思わずそう叫んでしまった。
ベッドが、燃えてた。
「うわわ……うわ……」
「研究室から煙? いや違う……」
「なんだ、何が起こった?」
「お姉さま、大変です。火が……」
「おかーさん、冷房付けて」
「…………」
「ここここ、〈嘆きの凍――」
「ばか、りんご! この部屋全体を凍らせる気かっ!」
大混乱の俺たちは、すぐにベッドから飛びのいた。寝ぼけている一紗は俺がぶん投げた。
燃えかけの天蓋付き巨大ベッドは、りんごが〈蒼き氷槍〉で即座に消火した。
この間、約一分。
「良かった、みんな大丈夫か?」
こくり、と頷く少女たち。
あれ、そういえば一人……足りな……。
はっとして振り返ると、そこにはエリナがいた。
ベッドの近く。両手にメラメラ燃えるたいまつを持って、二刀流剣士のように構えている。
いや、分かった。何も言ってないがもう分かった。ベッドを燃やしたのはこいつだ。こいつ以外に誰がいるんだって話だ。
だが見て欲しい彼女の顔を。これが放火魔で殺人未遂の女の顔だろうか? 否、断じて否。骨を拾ってきました褒めてくださいご主人様、的な犬の顔をしている。
俺は心の中で頭を抱えた。どうやら彼女はこれだけの大災害を引き起こしたにも拘わらず、自分が善い行いをしたと思っているらしい。狂気の沙汰だ。
普通なら怒鳴りつけてしまうと思う。でも俺は彼女の残念な頭にすごく苦しい気持ちになった。
正義を愛し、多くの人を救ってきた彼女の志は本物。俺のことを好きな気持ちだって疑うつもりはない。ならば頭ごなしに怒りをぶつけるのではなく、彼女の気持ちを探っていくことが大切だと思った。
とりあえず、言葉を選んで刺激しないようにしよう。
「あの、エリナさん? たいまつなんか持ってどうしたのかな? オリンピックの聖火リレーごっこやりたくなっちゃいましたか?」
「匠君のキン〇マを元気にするの!」
やべーやべぇこいつ、マジで何言ってるかわかんねー。
もうこの間の件で理解してしまったことだが、彼女とまともに会話しようとしてはいけない。これまでどれだけ俺が恥をかいたことか。
彼女は爆弾だ。怒ってはならないし、それで爆発させてはならない。
そう、凶悪犯にはタフネゴシエーターが必要なのだ。
俺は菩薩のような笑みを浮かべながら、エリナに話しかけた。
「うんうん、そうだねエリナさん。元気がないって、とても悲しいことだね。でも感性豊かなエリナさんと違ってね、俺は自分のキン〇マから声なんて聞いたことないんだ。才能のない俺でも分かるように、何が起こったのかかみ砕いて説明してくれないかな。とりあえず、どうして俺のキン〇マが元気ないって思ったんだ?」
「昨日、匠君の〇〇〇が元気なかった!」
うん、そうだな。
確かに元気がなかったことは認めよう。しかし俺の体は不老不死でもなんでもない。昨日はつぐみや璃々相手に頑張りすぎたため、どうしても元気がなくなってしまう。っていうかそういうものなのだ。
俺は頑張った。それなのに空気を読まず猿みたいになってたエリナが悪い。
「元気がなかったから、そのたいまつなのか?」
「この炎で匠君のキン〇マを温めるの!」
「は?」
「えいっ!」
瞬間、俺の下半身にたいまつを突き出してきたエリナを華麗に回避。
ああああああ、危ない。今のは俺じゃなかった普通にくらってた。食らって袋にすっごいやけど負ってるところだった。
だが今ので、俺はすべてを察した。
なるほどなるほど。俺の股間を温めようとしたら、ベッドも一緒に燃えちゃったと。それは仕方な……いわけがない。意味わかんねーよむしろ余計に頭が痛くなってきたし!
「あのなエリナ……」
口調を元に戻した。もう優しい気持ちにはなれない……。
「ここはとてもデリケートなんだ。俺たちの肌や臓器と何も変わりない。そもそも冷やすためにあんな形になってて、しかもそんな燃え盛る棒を押し付けたら俺の分身オタマジャクシ死んじゃう」
「寒い時にストーブの火にあたると、気持ちいい! 匠君のオタマジャクシも気持ちいい!」
「いやだから、温めると死ぬんだって……」
「…………?」
分かってないな、こいつ。
しかし一体どうすればいいのだろうか。この世界の学校に連れて行って性教育をするか? いや、この世界の医学レベルではあまりあてにならないかもしれない。
ならつぐみか誰かにお願いするしかないな。彼女はこの国に必要な人材なんだから、少しぐらい頭の方を気遣ってやっても……。
などと悶々と一人で悩まし気にしていたのがいけなかったのかもしれない。
「気合が足りない! 元気注入!」
「ぎゃああああああああああああああっっつい! 熱い熱い熱い!」
こ、こここいつ! 本気で俺の下半身を温めるつもりかっ! 今ちょっとふれちゃっただろうが! やけどするぞやけど!
俺は逃げようかと思ってたが、そんな心配はいらなかった。我に返った璃々や一紗たちが、すぐに彼女を捕まえてくれたからだ。
とりあえずエリナは屋敷の地下牢に放り込んだ。まさかこんな形で使用することになるとはな、暗い石畳の部屋で、ゆっくりしっかり猛省して欲しい。
……エリナ。まさかここまでの女だとは。
俺は、とんでもない魔獣をこの屋敷に招き入れてしまったのかもしれない。
女性読者の皆様は絶対にマネしないように!
まあ、女性読者がいるのかどうか知らないですが……。




