雫一級コーディネーター、マエストロりんご
勇者の屋敷、雫の部屋にて。
俺はりんごに呼ばれて雫の部屋へとやってきていた。特に何をするとか何を頼まれるとか聞いたわけではない。謎の呼び出した。
雫の部屋はりんごの部屋の隣。必要最低限の物しかおいてない、面白みのない部屋だったと記憶している。
「入るぞー」
適当にノックして部屋の中に入る。
部屋の中に入った俺は、すぐに足を止めることになった。中の光景があまりに異様だったからだ。
大きめの椅子にロープで縛りつけられた雫が、部屋の中心でもがいている。
いつものような制服姿ではなく、どこかの王侯貴族の令嬢か何かのようなフリフリヒラヒラのドレス。それでいて、ネコミミカチューシャに肉球っぽい刺繍の施された手袋を身に着けている。
いろいろな服を試したかったのだろうか、床にはワンピースやソックスやタイツやパンプスロングスカート鎧メイド服修道服水着パンツブラが散乱している。カオスすぎて何も言えない。
そしてそんな彼女のそばでニコニコと笑みを浮かべている少女。
森村りんごだ。
「ようこそたっくん! しずしず秘密の花園へ!」
「う……うん」
哀れ雫。りんごの着せ替え人形になっていたか。
「りんご! なんでこいつを連れてきた! 私は許可していない!」
「たっくんにも、しずしずのかわいいところ見てもらいたくて」
今日はりんごが雫を愛でる日。俺にも付き合って欲しいらしい。
しかしどう考えても雫自身はこういうイベントを好まないだろう。ならば奴の弱みを握ると言う意味でも、俺がこの場に居合わせるのは良いことだと思う。
「はぁ……しずしずかわいいなぁ」
うっとりと頬を赤めるりんご。彼女は女の子だから許されてるが、これがどっかのおっさんなら即通報事案だ。
俺もかわいいと思うが、あからさまにほめるとこいつが調子に乗りそうだから黙っている。ちょっと恥ずかしいからと言うのも付け加えておこう。
りんごが握り締めているのは、いかにもなレースのリボン。どうやら満足の服を着せ終えた後は、髪型を整えるつもりらしい。
「ああぁ……かわいいよぉ。かわいいよぉしずしず。キスしていい?」
「駄目だ」
「駄目にゃん、って言わないとキスする」
「え、りんご?」
「にゃんは?」
目が笑っていない。これは本気だ……。
「…………駄目……にゃ……ん」
「ふあああああああっ!」
りんごが頬ずりした。一応キスはしなかった形だが……雫が頬を引きつらせている。
「ほらたっくんも、一緒にしずしずの髪型をコーディネイトしよう!」
「えっ、俺女の子の髪なんて結んだことないぞ」
「やればできるチャレンジ一年生!」
なんだよその謎理論。
まあ、試してみるか……。
「あるー日、森の中♪ しずしずにー、出会った♪」
などとよく分からない替え歌を歌い始めたりんご。
追いかけるクマは雫じゃなくてりんごの方だろ。その方が構図的にはしっくりくる。
りんごは、雫の髪を三つ編みにしていた。
「なあ、三つ編みってどうやってやるんだ?」
俺はりんごの手を見た。
雫一級コーディネーター、マエストロりんごの手さばきはまさに神業。彼女の銀髪をまるで織物か何かのようにきれいにまとめていく。
対する俺は見様見真似で雫の髪を掴んだが……わかんね……。左側から青、赤、黄色と染色して編んでくれないだろうか? そうすれば俺にも流れが分かって楽なのだが。
でもそんなどこかの欧米国旗みたいな髪をした雫なんて、見たくないな。
とりあえず、髪を三つのラインに分けて交差させて編んでいけばいいわけだ。なんとかなる……なんとかなる……はず。
俺は黙々と雫の髪を編んだ。
ぐぬぬぬ……三つ編み、ムズイ。
上手くまとまらない。でも思いっきり引っ張ったら雫が痛がったりするかもしれないしな。髪が抜けたらどうしようか、などという心配もある。
鏡越しに雫と目が合った。
「ククク、やはりお前は不器用だな。りんごを見ろりんごを。同じ時間でこれだけ見事な髪型を完成させたのに、何たる様だ。やれやれ、これは後で罰を与える必要があるな」
「黙れ、うんこみたいな髪型にするぞ」
などと悪態しか付けない模様。
しばらく時間がたち、俺は手を止めた。
一応、三つ編みっぽい形状にはなっているのだが、ところどころ毛先がはみ出たり、髪の太さにばらつきがあって歪になっていたり、途中から髪が足りなく『三』ならぬ『二』編みになったりなど、かなりきわどい出来だ。
俺はがっくりときた。人間頑張ってもできないことってあるんだな。
「……悪いな。やっぱりうまくできなかったわ。これは解いておくから、残りはりんごにでもやってもらってくれ」
そう言って、俺はリボンを解こうとしたのだが、雫に手をはたかれてしまった。
「……雫?」
「ふ、ふんっ! 別に解いてもいいんだが、お前に言われたからリボンを外すなんて癪だからな。今日はずっとこの髪型でいる! お前はこの不出来な三つ編みを今日一日中眺めながら、心の中で猛省しろ」
なんと、雫さんは俺が作った出来損ない髪型そのままで今日一日を過ごすらしい。それは中々……俺にとってのダメージだな。髪のことを聞かれるたびに、彼女は俺の悪口を言いふらすのだろうか。
と、やや憂鬱になるようなことを思い描いていた俺だったが、りんごは全く別の考えだったらしい。ニヤニヤと笑いながら、肘で雫の肩あたりを小突く。
「あれ~、しずしず。たっくんに結んでもらったリボン、外したくないの?」
「…………っ!」
雫が顔を真っ赤にして暴れだそうとした。しかし椅子に縛り付けられているため、せいぜい足をじたばたさせるぐらいしかできない。
「りりりりりりり、りんごは乱心したのか! そっそのような世迷言は勝手な妄想であるぞ! 考えを改めよ」
雫、なんか口調がめっちゃおかしいぞ……。大丈夫か?
「しずしずかわいい!」
りんごが抱き着いた。
ふ、仲がいいのは良いことだ。
さてと、用事は終わったみたいだし、そろそろ俺はお暇することにしよう。軽い気持ちで来てみたが、髪を結ぶって難しいんだな。
「……?」
部屋を出て行こうとした俺の袖を、りんごが掴んだ。
「次はたっくんの番だよ?」
ほへ?
「ふふ、ミーナさんに着せたい服があったんです」
へあ?
なぜか部屋に入ってきた璃々が、両手にいっぱい女物の服を持っている。
「今日はよくももてあそんでくれたな、覚悟はいいか?」
縛られていたはずの雫が、ドアのカギを締めた。
いつの間にか、攻守逆転していた。俺は逃げ出そうとしたが、剣も何も持っていない状態で三人相手はきつかった。
気がつけば、その後ずっと着せ替え人形させられていた。
悔しい。




