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クラスの女子全員+俺だけの異世界召喚  作者: うなぎ
悪魔王編

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166/410

元の世界、聖人ラファエルの奇跡

 

 アイルランド共和国、南部某州の町にて。


 エミリー・ターナーはどこにでもいる普通の幼女だった。両親がいて、家があって、初頭教育を受け、教会に行き、休日は大西洋岸を家族でドライブ。両親に愛される彼女の日常は、何一つ不満のないハッピーなものだった。


 だがあるとき、そんな彼女を悲劇が襲う。


 交通事故だった。


 道路を歩いていたエミリーは、信号を無視した乗用車によってはねられた。彼女の体はまるでボールか何かのように宙を飛び、近くの茂みまでふっとばされたのだ。


 木の枝が程よく衝撃を吸収し、エミリーの出血はそれほどなかった。

 しかし首を強打したエミリーの体は、頚髄を損傷し半身不随になってしまった。首から下が全く動かず、痛みを感じることもできないのだ。おまけに衝撃で両目を激しく打ち付け、完全に失明してしまった。

 どちらも、現代医学で治すことのできないほどの複雑な怪我だった。

 全盲、そして半身不随。絶望的なこの障害は、幼き彼女にとってどれだけ衝撃的なものであったか、筆舌に尽くし難い。

 

 全盲の半身不随となってしまったエミリーは、両親の介護なしには日々の生活もままならない。ベッドの上で聞きなれた鳥の声を聞きながら、何日も何日も過ごしている。


 両親の愛を一身に受けた彼女は、一人で歩けずとも、寝返りを打てずとも生活することができる。しかし彼女には、事故にあう前の日常の記憶が存在する。自由自在に歩き、綺麗なものに感動したその記憶は、今となっては彼女の心に刺さる棘でしかない。 

 そしてどれだけ心に苦しみを抱いても、体が動かなければ暴れることすらできない。


(神様……)


 彼女の頭の中では、讃美歌がいつもループしている。光を失い、体も失った彼女にとって、歌だけが心の支えであり、すべてだった。


「エミー。起きてる?」


 母親の声が聞こえた。どうやら、部屋の前に立っているらしい。


「なあに? ママ」


 ドアの開く音が聞こえる。母が部屋に入ってきたのだ。


 エミリーは目が見えないから、時計を見ることはできない。しかし鳥の鳴き声や肌から感じる気温によって、今の時間を何となくではあるが理解している。

 体を拭いたり服を着替えさせたりするのは、やや早い。なぜ母親が来たのかと、エミリーは疑問に思った。


「エミー、教会の神父様がね、あなたのことをとても心配しているわ」

「神父様?」

「神父様はあなたのために、この家に聖人様を呼んでくれたの」

「聖人様? 誰?」

「……奇跡のお方よ」


 誰かの足音が聞こえる。母ではなく、第三者のものだ。


「フヒ、フヒヒ。こんにちはぁ~」


 比較的若い男の声だ。

 ねっとりと体に絡みつくような笑い声は、聞いているものを不快にさせる効果を持つ。

 気持ち悪い人だ、とエミリーは一瞬思った。しかし神父の紹介であることを思い出し、すぐさまその失礼な感想を頭の中らから追い出した。

 

「僕の名前はラファエル。君を助けに来た、聖人だよ」

「は、初めまして」

「これから儀式を行うから、二人きりにして欲しいな。お母さんはこの部屋から出て、誰も入らないようにしてね」

「は、はい。娘をよろしくお願いします!」


 そう言って、母は出て行った。


 エミリーは緊張した。全盲半身不随になって以来ほとんどこの部屋で過ごした彼女だ。両親のいないところで誰かと二人で話をするのは、事故以来初めてだった。


「さてと、もう……いいかな」

「えっ!」


 エミリーは驚いた。

 まだ彼と二人っきりになってから一分もたっていない。彼は自分に触れてすらいないのだ。

 それなのに……。


 光が、見えた。

 もうずっと忘れていたはずの、五感の一つ。

 視覚だ。


「嘘、なんで……」


 激しい閃光のような光を経て、エミリーの目は理解した。そこに移りこんでいたのは、一年の時を経ても変わらぬ彼女の部屋だった。


 そして、さらに驚く。


 手だ。


 手が、動いたのだ。

 事故以来、どれだけ体を動かそうとしても無駄だった。

 頭に痒さを感じたとき、虫の這うような感覚を覚えたとき、いつもいつも思った。この手が動いたら、脚を自由に動かせたらと、何度も悲しみ、そして絶望した。

 だが今、エミリーは手を動かした。驚いて開いた自分の口をふさぐ仕草をしたのは、考えなくとっさの出来事ではあったが、それでも自由に手を動かしていた。


 次にエミリーは、ベッドから起き上がろうとした。両腕を使って、上半身を起こす。さらに腰と膝をゆっくりと曲げ、そのまま体を前に倒して足に体重をかけていく。あとはそのまま、脚と腰を伸ばして直立するだけ。

 これも、完全にうまくいった。エミリーは自分の脚で立つことができたのだ。


「ママ、ママっ!」


 興奮したエミリーは、大声で母親を呼んだ。するとその声が聞こえたのだろうか。しばらくして彼女がやってきた。


「ああっ、エミー、これは夢なの? 夢なら覚めないで!」


 母は両手で口を覆いながら、泣き崩れてしまった。エミリーはそんな彼女に抱き着きながら、一緒に泣いてしまった。

 エミリーは完全に回復したのだ。まるで、事故にあう前まで時間が遡ったかのように。


 あまりの嬉しさに、エミリーは先ほどまで男から受けていた不快な出来事をすっかり忘れてしまった。



 こうして、ラファエル(※洗礼名)御影新の伝説がまた一つ生まれた。

 チートスキル、〈時間操作クロノス〉は異世界でなく地球においてもその能力をいかんなく発揮した。遺伝子病以外のあらゆる病気・怪我に対して高い効果を持つこの異能を、御影は自らの欲望を満たすため使い続けている。


 その御業、まさに神の如し。いまだ現世を生きる身でありながら、世間では『聖人』と誉高い偉大な少年。

 多くのメディアが彼を紹介した。現代科学では証明できないその力は、まさしく現代の奇跡として多くの称賛を受けた。

 すでにいくつかの国で表彰されている。世界各国の幼女・・を救うその姿勢を、国としても無視することができなくなった結果だ。自分の国に聖人を呼ぶため、多くの政治家や団体が彼に媚びた。


 そして、御影の名声は高まるばかりだった。


ここで悪魔王編は終わりです。


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