付き合ってください!
聖剣、ゲテヒティカイトがその力を解放した。
エリナは、もはやかつての憂鬱な表情ではない。元気に、激しく、悪と戦おうとするその姿は、この世界にのまれる前の彼女そのものだった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
エリナが激しい掛け声とともにゾンビたちを薙ぎ払っていく。彼女の力は遠距離攻撃ではないのだが、駆け抜けるその姿はまさしく閃光のよう。
エリナの力を受けた敵が、まるで木の葉か何かのように宙に吹っ飛んでいく。まるで某無双シリーズのプレイ動画を見ているかのようだ。
そこから先、俺はずっと眺めているだけだった。
エリナは完全に腐乱ゾンビを倒してしまった。それほど強くない敵ではあったものの、これまでの彼女のメンタルを考えるならよくやったと思う。
もともと、メンタル面に特化した敵だったのかもな。冷静にやりあうと、途端に弱くなる。
「ビクトリイイイイイイイイイっ!」
エリナが抱き着いてきた。弾丸のように飛び込んでくるものだから、俺は衝撃のあまり地面に倒れこんでしまう。
「ははっ、嬉しいの分かるが自重してくれ。俺の体土まみれだし」
「匠君匠君匠くうううううん! 勝った! あたし勝った! 全部全部! 匠君のおかげだ!」
うんうん、俺もよく頑張った。エリナもよく頑張った。誰も文句のつけどころのない完全勝利だった。
……さあ、見ていたか悪魔王イグナート! 俺は完全に勝利して、エリナを救出したぞ! わかったらさっさと俺たちを元の世界に戻せ!
…………。
…………。
…………。
「……ん?」
あ、あれ?
戻ら……ない?
いや、だって敵だって倒したしエリナだって助けたし、ここ、どう見ても元の世界に戻れるタイミングだろ? こう、ばりーんってこの世界が砕け散ったり、霧が晴れるように例の森に戻ったり、はっとして目が覚めたり、そういう感じの演出!
え、嘘! ほんとに戻れないの? あのイグナートって魔族、倒したら元に戻るっていってたのに!
「…………」
戻れない。
すでにあの白い老人が剣で世界を割った影響はなくなっている。地面も空も引っ付いて元に戻ってしまった。世界は、あの強姦魔と被害者の女性を除いて何もかも元通りに見える。
正直、全くこの展開を予想していなかったわけではないが、可能性は低いと思っていた。あの悪魔王は翼だって魔法だって使わなかったし、俺はエリナを救いたかった、時間を稼ぎたかった。
時間は稼げたし、エリナは救えた。あとは元の世界に戻れたら……すべて終わりだったんだが……。
……こんなことなら、あの白い老人にもっと詳しく話を聞いておけばよかった。
いろいろ意味深な発言をするからついつい関係ない話をしてしまったが、一番重要なことを聞いていなかった。ここを出るにはどうすればいいんだ? エリナを助けて終わりじゃなったのか?
「ふんふんふーん! 大勝利~♪ あたしと匠君でー、愛と勇気と友情のビクトリー」
俺の右腕に抱き着きながら、変な歌を歌っているエリナ。幸せそうなのは結構なことだが、この状況を何とかしてほしい。
隣で歌っているエリナを尻目に、俺はこれからのことを考えるのだった。
しばらく時間をおいてみたが、俺たちが元の世界に戻れることはなかった。
そして、世界がループすることもなくなった。俺たちは延々と、ここに閉じ込められているだけだ。
隣には俺の腕に抱き着いているエリナがいる。例の変な歌を歌いながらだ。
「…………」
さて、どうするか。
まずあの白い老人を再び召喚するのがベストだと思う。というかそれ以外思いつかない。
どうすればあの人がここにやってきてくれるのか。
俺は考えた。
思い出したのだ。これまで、俺が〈白き刃の聖女〉と呼んでいるあの子と出会った時のことを。
鈴菜の処刑式。
祭司ミゲルとの戦い。
そして、雫とともに戦った転移門の前にいた魔族。
ピンチ、激しく怒ったり焦ったり感情が揺らいでる時だ。
とりあえず、自分がピンチだったり悔しかった時のことを思い出してみるか? もう目の前に敵はいないわけだし、感情を刺激するにはそれしかない。
むむ……むむむむ……。
「匠君?」
……どうやら、考えるだけではどうにもならないらしい。
今はとりあえず、エリナの相手をしよう。
「今日は、助けてくれてありがとう!」
「まあ、クラスメイトだからな。そういえばエリナ、俺が助けたことは覚えてるのか?」
「全部、この世界であったことは全部覚えてる。匠君があたしを助けてくれた。何度も何度も慰めてくれた。本当にありがとう!」
「いや、俺なんて何回も失敗して。正直さ、とても褒められたやり方じゃなかった」
「それでも、匠君は偉い! すごく偉い!」
まあ、あの白い老人が現れるまで散々だったけど、エリナに感謝されるのは嬉しいな。俺ももがいたかいがあったというものだ。
「そ、それで、ね」
「うん」
エリナは頬を赤めながら、俺の手を握った。
柔らかく、それでいて少しだけ熱を帯びたその手。少し汗ばんでいて、彼女の心臓の鼓動まで聞こえてきそうだった。
「あ、あたし、嬉しかった。すっごく嬉しかった! だから、た、匠君!」
「え、エリナ?」
「す、好きです! 付き合ってください!」
そう、エリナが俺に頭を下げてきた。
「え?」
付き合ってください。
初めて言われた。
そう、今までそんな順番をすっ飛ばしてあれこれイベントがあったわけで……。こんな、高校青春マンガの一ページみたいな光景は、想定していなかった。
緊張している様子のエリナは、明らかに本気。冗談でもなければ気の迷いでもなく、返事を待っている。純粋なまでの彼女の気持ちが、心に突き刺さる。
話さないわけにはいかない。
今、俺が置かれている特殊な状況を。
「……エリナ、落ち着いて聞いて欲しい!」
「うん! 落ち着いた!」
「俺、今、勇者の屋敷に住んでるって知ってるか? あ、俺たちがこの世界に来た時に住んでたところじゃない、新しくつぐみからもらった屋敷なんだけどな」
「うん、知らない!」
「そ、そうか。今、俺と、使用人と、それからクラスの女子が七人。一緒に住んでるんだ」
「う?」
「それで、その、……婚約ってことに、なっててな。七人と。あ、もちろん合意の上だぞ合意!」
「…………」
「何言ってるんだって思うかもしれない。でもこの世界で、いろいろあって……って、あれ? エリナ?」
「…………」
ぷすぷすぷす、と頭から知恵熱っぽい湯気のようなものを発しているように見えるエリナは、そのまま地面に倒れこんでしまった。
「え、エリナあああああああっ!」
エリナが、気絶した。
「だ、大丈夫かエリナ! しっかりしろおおおっ!」
「…………きゅぅ」
好きな人がクラスの女子とハーレム作ってました、ってやっぱりショックだよな。俺も乃蒼がクラスの男子七人と付き合ってたら死にたくなる。
俺はエリナを介抱するため、近くの民家へベッドを探しに向かった。




