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魔法革命の少女

 

 大衆浴場で汗を流した俺は、許可証を持って大学のある都市へと向かった。

 メヒナ州、と呼ばれるこの行政区間は、俺たちが住んでいる首都の隣に存在する。州都の中央部には、魔法を研究する大学があった。


 グラウス共和国、国立魔法科学研究大学だ。

 

 綺麗な大理石で作られた建物群に、よく整備された樹木が並んでいる。講義室、研究棟、学生寮、食事のためのカフェテリア、資料集めの図書館。機械が存在しないということを除けば、現代の大学とそう変わらない設備だと思う。


 以前はここに通える者は貴族の男子たちだけだったらしい。だが、革命が起ると庶民はもとより女性も学ぶことが可能になった。俺が歩いている時も、何人か女学生が歩いていたからな。

 ただ、未だ教授たちはすべて男性だ。このあたりは今後の課題、といったところだろう。


 俺は研究棟へと足を運んだ。廊下を歩くと、研究成果の記されたパネルが張り出されている。


 精霊の可視化について。

 〈清き水キュア・ウォーター〉を使った農業用水の創出。

 邪悪な魔剣ベーゼの呪いについて。

 聖女アリアの布教とその地域分布。


 などなど。


 俺ごときが内容を見て理解できるものではないから、読もうとも思わない。


 俺は鈴菜の研究室へと入った。

 汚い場所だ。

 いくつもの書類と試験管、用途の分からないガラス器具が散乱している。日光を嫌う薬品があるのかどうかは知らないが、カーテンが閉められて薄暗い。 


「やあ、匠君」


 奥の椅子に、一人の少女が座っていた。制服の上に白衣を身に着けた美人で、俺と同じ異世界人。 


 大丸鈴菜。


 手にはびっしりと文字や図形の印刷された紙。おそらく研究に使用しているものだろう。


 彼女と話すのは久しぶりだ。

 もちろん、かつては俺の奴隷(仮)ということでメイド服を着て勇者の屋敷で働いていた。メイドとしての仕事ぶりはそつなくこなしていたと思う。

 しかし、共和国が成立すると彼女はこの大学に行ってしまった。都市から出る自由のない俺は、呼ばれた時しかここに来れなくなってしまったのだ。


「呼ばれた、って聞いてここに来た。どんな用事だ?」


 鈴菜はかつてのつぐみみたいに俺を敵視したりはしていない。しかし、意味もなく俺を呼んだりはしない人だ。


「君の助力のおかげで、〈プロモーター〉が完成した」

「完成? どういう意味だ?」

「光魔法も使えるようになった、ということだ」


 え?

 光魔法使えるようになったの? お、俺……そこだけは優秀だから冒険者ギルドで仕事いっぱいという生活だったのに。


 女性は男性のほぼ同数の人口。単純計算、Sランクは二倍に増えるということになる。それは俺のレア度が下がり、ひいてはもらえる報酬が下がることを意味していないだろうか? 俺は自分を、そして乃蒼の生活を守れるのか?


「…………」

「渋い顔だね。自分の仕事が取られたと思ったかな?」

「……痛いところを突くな。まあ、そういうことだ」

「そう考えるのは早計だよ。技術はすぐに広まるものではない。同タイプの〈プロモーター〉を準備するには時間がかかる。おまけに、女が全員魔法を使えるようになったとしてもSランクは1万人に一人の逸材。そして適性があっても熟練度を積み上げるためにはしばらく時が必要。僕の試算では君に対抗し得る女性が登場するまでは3年かかる。これは社会的な地位や魔法の熟練度取得の手間を考慮しての計算。当面、君の面子は保たれるというわけだ。安心してもらえたかな?」


 ご丁寧に言い訳まで考えてくれてたわけか。俺の考えなんて見透かされてるな。

 うーん、つぐみとも険悪な雰囲気じゃなくなったし、これから強い魔物と戦えば俺の熟練度だって上がる。そうなればこの懸念は消える……か?

 

「君も惜しいことをしたね」


 悩んでいる俺へ語り掛ける鈴菜。


「もう少しうまく立ち回れば、君がつぐみのようになれていたかもしれないのに」

「俺が革命起こして王様になってたってことか? どうやって?」

「虐げられ不満を持つ者がいる。彼らに取り入って、反乱を起こす。これはつぐみではなくて君でもできたことだ。大活躍で男を見せるべきだったね。おっと、『男を見せる』なんて言葉を使ったらつぐみに怒られるか」


 つぐみの今の立ち位置は、俺でもなれたという仮定の話か。

 無茶言わないで欲しい。この国で革命なんてこと、普通は考えないだろ。俺なんて普通の一般人なんだ。せいぜい魔族と戦おうとかいう気持ちが精いっぱいだ。


「そうすれば異世界でクラスメイトとハーレムが築けたかもしれないよ? 一紗だって、つぐみだって、他の女子だってきっと君の事を……」

「鈴菜はどうなんだ?」

「人間の感覚など不確かなものさ。僕が君に絶対惚れないなどとは言わないよ」


 これはあれだ。科学者だから証明できないことは完全に否定できない、とかそういう意味。


 まあ俺には乃蒼がいるからいいんだけどな。


「さて、余談が長くなってしまって申し訳ない。本題に入るよ」


 これまでは全部前座だったらしい。っていうか結局なんで呼ばれたか聞いてないよな、俺。


「少し本物のSランク適性を持つ人間を調べたい。そのために君を呼んだ。このブレスレットを着けて魔法を使ってもらえないかな?」


 新しく完成した〈プロモーター〉の実験を行いたいということか。


 まあ、俺の地位が失墜しちゃうわけだけど。鈴菜はこの世界に住んでいるすべての女性のために頑張っているわけで、つまりは絶対正義。

 邪魔したりとか、そういう選択肢はない。


「分かった、すぐに終わるのか?」

「うーん、少し長く時間はかかるだろうね。もちろん、それ相応の報酬は約束するよ。僕も少なからず利益を得ているからね」


 あー、時間かかるのか。

 今日乃蒼のところに帰れるかな? 早く帰りたい。俺には乃蒼がご飯作って待ってくれてるんだ。昨日の夜の続きも……その、足りなかったし。

 あー乃蒼乃蒼乃蒼乃蒼。


 などと変に苛立っていたら、どうやらその様子を鈴菜が察してしまったらしい。人差し指をこちらに向け、こう指摘した。


「君は今、一紗か……もしくは乃蒼のことを考えているね?」


 なんだと……。


「さすが天才! 俺の思考を読み取るとは……」

「あ、いや、今のは鋭い洞察でも推理でもなくただの予想だ。一紗や乃蒼の名前を出したのは、君が良く気にかけていたのを知っているから。それ以外はなんの根拠もない。当たってたのかな?」

「あ……そうですか」


 なんだ、つまらないな。


「安心してくれ、長く時間がかかるといっても2時間程度だよ」

「それは助かる」


 俺は〈プロモーター〉を身に着け、鈴菜の実験に付き合った。

 

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